15.3、2、1
廊下に出て、ロイシュテバの背中を追って歩く。
この世界の構造は、結局わたしたちにはわからずじまいだった。
先導を受けて、石造りの廊下を歩くばかり。
でもその廊下にはたくさんの扉があって、どこがどうつながっているのかがさっぱりわからない。
今回の移動は、結構長かった。
ニ十分ほど、あまり話もせず歩いた。
わたしは若干、緊張していた。
運動会の日、短距離走のスタートを待つ気分と似ていた。
やがてわたしたちは、とある扉を抜け、六畳ほどの狭い部屋へとたどり着いた。
もちろん全体が石造りの部屋だ。
部屋の左右には長いテーブルが置かれている。
部屋の正面には、入ってきたのとは別な扉がどこかに繋がっている。
右側のテーブルには本橋くんの使う白い鞘の剣が、左側のテーブルにはわたしの使う魔法の杖が乗せられていた。
そしてそのそばには、あのイヤホン代わりになる、丸くて柔らかい小石も置かれている。
「ここで最後の準備をお願いします」ロイシュテバが言う。「耳には石を忘れないでください」
わたしたちはすぐに準備をした。
といっても、難しいことじゃない。
昨日と同じように、耳に石をセットする。
モーファが、手の中にある石に向け、「あ、あ」と声を出す。
耳の奥にしっかりと音が届くのを確認し、わたしはモーファにうなずいてみせる。
すべてが終わるのを確認して、再びロイシュテバが言った。
「準備はいいですね。……では、ぼくたちが一緒に行けるのはここまでです。以前にお話ししましたが、あとはお二人で、竜に立ち向かってもらうことになります」
「指示はどこで出すんだ? 俺たちの様子って、そっちでも見えるのか?」
「ええ、ご心配なく。それでは、ぼくたちも所定の場所に移動します。着いたら、指示を出しましから、それまではここでお待ちください」
そう言ってロイシュテバと、キーファ、モーファは部屋を出ていった。
わたしがじっとその時を待っていると、不意に本橋くんが言った。
「下妻、緊張してる? なんだか、口数が少ないぞ」
わたしは笑顔を作ってみせたが、ちょっとぎこちなくなった。
「本橋くんだって」
そう言ってはみたものの、本橋くんは落ち着いているように見える。
「そうだなあ。深呼吸でも、するか」
ラジオ体操の最後にあるように、両手を広げてわたしたちは深呼吸した。
何度か繰り返しているうちに、突然、耳の中に声が届いた。
「お待たせしました。こちらの準備も大丈夫です」
ロイシュテバの声だった。
どうやら彼の声もこちらに届くらしい。
「それでは、部屋の正面の扉を開けてください。大丈夫、すぐに竜が出るわけじゃありません」
本橋くんが身長に扉を開く。
そこには、石で作られた階段が続いていた。
緩やかに上っているその階段へ、足を踏み出す。
「ずっと、階段を上ってください。その先にはもう一つ、扉がある。その扉を抜けると、いよいよ、竜が現れます」
階段はさほど広くなかった。
二人並んで歩くのには、ちょっと狭い。
わたしは本橋くんの斜め後ろを進んだ。
「ロイシュテバには、俺たちの声は聞こえるのかな」
ちらりとこちらを振りかえりながら、本橋くんが言う。
「聞こえてますよ」とロイシュテバ。
「キーファにも?」
「はい」とキーファの声がわたしにも届く。
「あれ、わたしのもキーファの声が聞こえるんだけど」
「でも、わたしの声の方がはっきりと聞こえますよね?」とモーファの声。
その通りだった。
モーファの声に比べれば、キーファやロイシュテバの声は、遠くから届くような、ぼやけた声になっている。
「俺にはモーファの声が、若干小さく聞こえるな」
「それが正しい設定です。最後に通信のチェックをしようと思ってたのですが、今の会話で十分ですね。……さて、いよいよですよ」
本橋くんが歩みを止める。
わたしは体を斜めに倒し、本橋くんの体の向こうへ目を向ける。
今までのとは代わり映えしない、焦げ茶色の扉がそこにある。
本橋くんが首を巡らせ、わたしの顔を見る。
わたしは小さくうなずいてみせる。
「その扉の向こうは、外の世界です。異世界を知るぼくらにも未知の、外の世界」
ロイシュテバがそんなことを言う。
そういえばわたしたちは、彼らがなぜ竜と戦うのかを聞いていなかった。
そんなの気にせずにのんびりやっていた。
だけど彼らには、この戦いは重要なものなのだ。
そしてわたしたちにとっても、家に帰るためには、必要なものなのだ。
「3、2、1で開きましょう」とロイシュテバ。「今からはすべて、キーファとモーファの指示に従ってください」
「いくぞ」
本橋くんが真剣な顔でわたしにそういい、剣の鞘を抜きはらう。
わたしはうなずく。
耳の奥で、キーファとモーファが声を合わせる。
「3、2、1、」
扉が開く。




