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15/22

15.3、2、1

 廊下に出て、ロイシュテバの背中を追って歩く。


 この世界の構造は、結局わたしたちにはわからずじまいだった。

 先導を受けて、石造りの廊下を歩くばかり。

 でもその廊下にはたくさんの扉があって、どこがどうつながっているのかがさっぱりわからない。


 今回の移動は、結構長かった。

 ニ十分ほど、あまり話もせず歩いた。

 わたしは若干、緊張していた。

 運動会の日、短距離走のスタートを待つ気分と似ていた。


 やがてわたしたちは、とある扉を抜け、六畳ほどの狭い部屋へとたどり着いた。

 もちろん全体が石造りの部屋だ。


 部屋の左右には長いテーブルが置かれている。

 部屋の正面には、入ってきたのとは別な扉がどこかに繋がっている。

 右側のテーブルには本橋くんの使う白い鞘の剣が、左側のテーブルにはわたしの使う魔法の杖が乗せられていた。

 そしてそのそばには、あのイヤホン代わりになる、丸くて柔らかい小石も置かれている。


「ここで最後の準備をお願いします」ロイシュテバが言う。「耳には石を忘れないでください」


 わたしたちはすぐに準備をした。

 といっても、難しいことじゃない。

 昨日と同じように、耳に石をセットする。

 モーファが、手の中にある石に向け、「あ、あ」と声を出す。

 耳の奥にしっかりと音が届くのを確認し、わたしはモーファにうなずいてみせる。


 すべてが終わるのを確認して、再びロイシュテバが言った。


「準備はいいですね。……では、ぼくたちが一緒に行けるのはここまでです。以前にお話ししましたが、あとはお二人で、竜に立ち向かってもらうことになります」

「指示はどこで出すんだ? 俺たちの様子って、そっちでも見えるのか?」

「ええ、ご心配なく。それでは、ぼくたちも所定の場所に移動します。着いたら、指示を出しましから、それまではここでお待ちください」


 そう言ってロイシュテバと、キーファ、モーファは部屋を出ていった。

 わたしがじっとその時を待っていると、不意に本橋くんが言った。


「下妻、緊張してる? なんだか、口数が少ないぞ」


 わたしは笑顔を作ってみせたが、ちょっとぎこちなくなった。


「本橋くんだって」


 そう言ってはみたものの、本橋くんは落ち着いているように見える。


「そうだなあ。深呼吸でも、するか」


 ラジオ体操の最後にあるように、両手を広げてわたしたちは深呼吸した。

 何度か繰り返しているうちに、突然、耳の中に声が届いた。


「お待たせしました。こちらの準備も大丈夫です」


 ロイシュテバの声だった。

 どうやら彼の声もこちらに届くらしい。


「それでは、部屋の正面の扉を開けてください。大丈夫、すぐに竜が出るわけじゃありません」


 本橋くんが身長に扉を開く。

 そこには、石で作られた階段が続いていた。

 緩やかに上っているその階段へ、足を踏み出す。


「ずっと、階段を上ってください。その先にはもう一つ、扉がある。その扉を抜けると、いよいよ、竜が現れます」


 階段はさほど広くなかった。

 二人並んで歩くのには、ちょっと狭い。

 わたしは本橋くんの斜め後ろを進んだ。


「ロイシュテバには、俺たちの声は聞こえるのかな」


 ちらりとこちらを振りかえりながら、本橋くんが言う。


「聞こえてますよ」とロイシュテバ。

「キーファにも?」

「はい」とキーファの声がわたしにも届く。

「あれ、わたしのもキーファの声が聞こえるんだけど」

「でも、わたしの声の方がはっきりと聞こえますよね?」とモーファの声。


 その通りだった。

 モーファの声に比べれば、キーファやロイシュテバの声は、遠くから届くような、ぼやけた声になっている。


「俺にはモーファの声が、若干小さく聞こえるな」

「それが正しい設定です。最後に通信のチェックをしようと思ってたのですが、今の会話で十分ですね。……さて、いよいよですよ」


 本橋くんが歩みを止める。

 わたしは体を斜めに倒し、本橋くんの体の向こうへ目を向ける。

 今までのとは代わり映えしない、焦げ茶色の扉がそこにある。


 本橋くんが首を巡らせ、わたしの顔を見る。

 わたしは小さくうなずいてみせる。


「その扉の向こうは、外の世界です。異世界を知るぼくらにも未知の、外の世界」


 ロイシュテバがそんなことを言う。

 そういえばわたしたちは、彼らがなぜ竜と戦うのかを聞いていなかった。

 そんなの気にせずにのんびりやっていた。

 だけど彼らには、この戦いは重要なものなのだ。

 そしてわたしたちにとっても、家に帰るためには、必要なものなのだ。


「3、2、1で開きましょう」とロイシュテバ。「今からはすべて、キーファとモーファの指示に従ってください」

「いくぞ」


 本橋くんが真剣な顔でわたしにそういい、剣の鞘を抜きはらう。

 わたしはうなずく。

 耳の奥で、キーファとモーファが声を合わせる。


「3、2、1、」


 扉が開く。

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