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13/22

13.五十パーセントぐらい

 夕飯はカレーライスをチョイスした。

 嫌いな人はまず、いないだろうそのメニューを、わたしも本橋くんもあっさりと平らげた。


「寝る前にもう一本、映画見ようと思うけど、下妻はどうする?」


 キーファたちが食器を下げると、本橋くんがそう聞いてくる。


「どういう映画?」

「ジャンプ漫画を実写化したやつ」


 タイトルを聞くと、わたしでも知っている、それなりに有名な作品だった。


「いいね。でもその前にわたし、お風呂入ってきてもいい?」

「もちろん」


 わたしは自分の部屋に戻り、バスタブにお湯をためる。

 湯がたまるのを待つ間、部屋にあったタンス類を開き、モーファに用意してもらった下着なんかの着替えを準備する。


 それらが全部終わると、少しの間、ベッドに倒れこんで天井を眺めた。

 白い石造りの天井には、電灯なんかの余計なものはない。

 昨夜眠るときは、モーファにお願いして、部屋の中を暗くしてもらった。

 どうやら、わたしのフィルターをうまく調整してくれたらしい。


 それから、この異世界に来てからのことを思い起こす。

 一日と少しぐらいなものだけど、なんだかやけに濃密だった。

 そうして、明日、死ぬかもしれないことを考える。

 いや、もちろん、そんなつもりもないんだけどさ。


 ふと思い立ち、わたしは部屋の中を見渡した。

 モーファの姿はない。

 名前を呼ぶと、扉の向こうから返事があった。


「ここにいますよ」


 キーファもそうだが、彼らは神出鬼没だ。


「入ってきて」


 モーファが部屋に入ってくる。

 赤いとんがり帽子をかぶったおチビな美少女は、これでも大人で、しっかり恋人もいる。


「ちょっと、相談してもいい?」

「ええ、なんでもどうぞ」


 いざ、口に出すとなると、どきどきする。


「わたしさ、本橋くんが好きなんだよね」


 モーファは目をぱちくりさせていた。

 なんでもとはいうものの、まさかそんな相談だとは、思っていなかったのかもしれない。


「あなたたちからさらわれたタイミングで、本当は告白しようと思ってたの」

「そうだったんですか」そう言ってから、モーファはちょっとだけ、笑みを浮かべた。「すごいタイミングだったんですね」

「最悪よ」


 わたしはそう言って、モーファと目を見合わせる。

 それからなんだかおかしくなって、二人して、んふふ、と笑いあった。


「でもおかげで、本橋くんと二人でいられる時間が増えたわけ。そこは感謝してる」

「普段はあまり、一緒にいないんですか?」


 わたしは首を横に振って答える。


「全然。同じクラスになったのは、今年からだし。去年までは隣のクラスで、わたしは本橋くんの顔も名前も知ってたけど、たぶん本橋くんは、わたしのことなんてあまり意識してなかった」

「でも、仲よさそうですよ」

「そうかな」


 わたしは、でへでへと笑った。

 よからぬことを考えると、いつもそんな笑いが出てしまうのだ。

 それから顔を引き締めて、本題に入った。


「だけどさ、明日、悪くすると竜に負けちゃうわけじゃん。そう考えると、今のうちに、本橋くんに自分の気持ちを伝えた方がいいんじゃないかな、って思ってさ。どうかな?」


 モーファはすぐには言葉を発さなかった。

 しばらく腕組みをして、真剣に考えていた。

 やがて彼女は顔をあげた。


「まず、前提を一つ。あなたたちは竜には負けません。今日の練習通りにやればいい。わたしたちは負けるはずのない準備をして、ここまでたどり着いているのだから、そこはご安心ください」


 モーファが力強く言い切る。

 ロイシュテバが同じこと言うより、モーファが言ってくれた方が、安心感がある。


「うん、わかった」

「それで、本橋さんに想いを伝える件ですが……難しいですね。下妻さんは、どのぐらい、うまくいくと思ってます?」

「五十パーセントぐらい」


 適当な答えだった。

 そのぐらいであってほしい、という願望が多分に含まれている。


「微妙な確率ですね。うまくいけばいいですよ。二人っきりで、ラブラブです。でも失敗したら、どうします? 二人っきりですよ」


 わたしはそうなった場合を想像した。

 確かに、それはひどい。


「明日の戦いの不安とか、興奮から、吊り橋効果を得られないかな」

「なんです? それ」


 どうやら異世界人は何でも知っているわけではないらしい。

 まともに恋バナも出来るのに、ラブラブとか言うくせに、吊り橋効果は知らないわけか。


「まあ、たしかに、モーファの言う通りかも。……失敗した場合のことを考えて、今日はやめておく」


 肩を落として、わたしはモーファに言った。


「その方がいいと思います。明日、下妻さんたちの世界に帰ったら、でいいじゃないですか」


 まあ、当初はそのつもりだったし。

 最初の予定通りで行くか。

 それから、ふと気になって聞いた。


「そういえばモーファって、キーファとどうやって付き合ったの?」


 モーファはじっとわたしを見た。

 それから、少し顔を赤らめて言った。


「幼なじみなんです。気づいたら、なんだかそんな感じになってて」

「いいね、それ。うらやましい」

「そうでもないです」


 ちょっと困った顔をしながら、モーファが答える。

 それから、不意にバスルームの方へ目を向ける。


「あ、下妻さん。もうお湯があふれてますよ」

「え。ほんと?」


 立ち上がり、バスルームへ行くと、確かに白いバスタブにはなみなみとお湯が張っていた。

 相談に乗ってくれたお礼をモーファに言い、それからわたしはお風呂に入った。


 一通り体を洗い終え、浴槽につかりながら、さっきモーファと相談し、たどり着いた結論について改めて考える。

 ところで本橋くんは、わたしのことをどう思っているのだろう。

 嫌い、ってわけではないと思う。

 嫌いだったら、映画を観ようとかは言ってくれないだろう。

 でも好きか、と言われるとちょっとわからない。


 何より恐ろしいのが、他に好きな子がいる、という事態。

 そんな人が誰もいなければ、わたしのことがちょっと好き、ぐらいでも告白が成功する可能性がある。

 だけどもし他に好きな人がいるのなら、わたしはその好きな人を超える好感度を得ている必要がある。

 で、その可能性は皆無。

 こんな、たった三日ぐらい、一緒にいたところで逆転は不可能。


 そして好きな人がいるかいないかは、いくら考えてもわたしには決して分かりっこない。

 なぜならそれは本橋くんにしかわからないことだから。

 例え直球で聞いたところで、そう簡単に教えてくれるものでもないだろう。

 それに、本橋くんに聞く勇気なんてないし。

 ため息をつき、わたしはお風呂から出た。


 本橋くんはリビングで、ジュースを飲みながらわたしを待っていた。

 テーブルの上には、ポテトチップスやチョコなどが乗っている。

 映画を観はじめようとしたタイミングで、ふと、本橋くんが言った。


「なんだか、修学旅行みたいで楽しかったな」


 うん、とわたしは素直にうなずいた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうんだな、と考える。


「明日、頑張ろうな」


 本橋くんはそう言って笑った。

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