13.五十パーセントぐらい
夕飯はカレーライスをチョイスした。
嫌いな人はまず、いないだろうそのメニューを、わたしも本橋くんもあっさりと平らげた。
「寝る前にもう一本、映画見ようと思うけど、下妻はどうする?」
キーファたちが食器を下げると、本橋くんがそう聞いてくる。
「どういう映画?」
「ジャンプ漫画を実写化したやつ」
タイトルを聞くと、わたしでも知っている、それなりに有名な作品だった。
「いいね。でもその前にわたし、お風呂入ってきてもいい?」
「もちろん」
わたしは自分の部屋に戻り、バスタブにお湯をためる。
湯がたまるのを待つ間、部屋にあったタンス類を開き、モーファに用意してもらった下着なんかの着替えを準備する。
それらが全部終わると、少しの間、ベッドに倒れこんで天井を眺めた。
白い石造りの天井には、電灯なんかの余計なものはない。
昨夜眠るときは、モーファにお願いして、部屋の中を暗くしてもらった。
どうやら、わたしのフィルターをうまく調整してくれたらしい。
それから、この異世界に来てからのことを思い起こす。
一日と少しぐらいなものだけど、なんだかやけに濃密だった。
そうして、明日、死ぬかもしれないことを考える。
いや、もちろん、そんなつもりもないんだけどさ。
ふと思い立ち、わたしは部屋の中を見渡した。
モーファの姿はない。
名前を呼ぶと、扉の向こうから返事があった。
「ここにいますよ」
キーファもそうだが、彼らは神出鬼没だ。
「入ってきて」
モーファが部屋に入ってくる。
赤いとんがり帽子をかぶったおチビな美少女は、これでも大人で、しっかり恋人もいる。
「ちょっと、相談してもいい?」
「ええ、なんでもどうぞ」
いざ、口に出すとなると、どきどきする。
「わたしさ、本橋くんが好きなんだよね」
モーファは目をぱちくりさせていた。
なんでもとはいうものの、まさかそんな相談だとは、思っていなかったのかもしれない。
「あなたたちからさらわれたタイミングで、本当は告白しようと思ってたの」
「そうだったんですか」そう言ってから、モーファはちょっとだけ、笑みを浮かべた。「すごいタイミングだったんですね」
「最悪よ」
わたしはそう言って、モーファと目を見合わせる。
それからなんだかおかしくなって、二人して、んふふ、と笑いあった。
「でもおかげで、本橋くんと二人でいられる時間が増えたわけ。そこは感謝してる」
「普段はあまり、一緒にいないんですか?」
わたしは首を横に振って答える。
「全然。同じクラスになったのは、今年からだし。去年までは隣のクラスで、わたしは本橋くんの顔も名前も知ってたけど、たぶん本橋くんは、わたしのことなんてあまり意識してなかった」
「でも、仲よさそうですよ」
「そうかな」
わたしは、でへでへと笑った。
よからぬことを考えると、いつもそんな笑いが出てしまうのだ。
それから顔を引き締めて、本題に入った。
「だけどさ、明日、悪くすると竜に負けちゃうわけじゃん。そう考えると、今のうちに、本橋くんに自分の気持ちを伝えた方がいいんじゃないかな、って思ってさ。どうかな?」
モーファはすぐには言葉を発さなかった。
しばらく腕組みをして、真剣に考えていた。
やがて彼女は顔をあげた。
「まず、前提を一つ。あなたたちは竜には負けません。今日の練習通りにやればいい。わたしたちは負けるはずのない準備をして、ここまでたどり着いているのだから、そこはご安心ください」
モーファが力強く言い切る。
ロイシュテバが同じこと言うより、モーファが言ってくれた方が、安心感がある。
「うん、わかった」
「それで、本橋さんに想いを伝える件ですが……難しいですね。下妻さんは、どのぐらい、うまくいくと思ってます?」
「五十パーセントぐらい」
適当な答えだった。
そのぐらいであってほしい、という願望が多分に含まれている。
「微妙な確率ですね。うまくいけばいいですよ。二人っきりで、ラブラブです。でも失敗したら、どうします? 二人っきりですよ」
わたしはそうなった場合を想像した。
確かに、それはひどい。
「明日の戦いの不安とか、興奮から、吊り橋効果を得られないかな」
「なんです? それ」
どうやら異世界人は何でも知っているわけではないらしい。
まともに恋バナも出来るのに、ラブラブとか言うくせに、吊り橋効果は知らないわけか。
「まあ、たしかに、モーファの言う通りかも。……失敗した場合のことを考えて、今日はやめておく」
肩を落として、わたしはモーファに言った。
「その方がいいと思います。明日、下妻さんたちの世界に帰ったら、でいいじゃないですか」
まあ、当初はそのつもりだったし。
最初の予定通りで行くか。
それから、ふと気になって聞いた。
「そういえばモーファって、キーファとどうやって付き合ったの?」
モーファはじっとわたしを見た。
それから、少し顔を赤らめて言った。
「幼なじみなんです。気づいたら、なんだかそんな感じになってて」
「いいね、それ。うらやましい」
「そうでもないです」
ちょっと困った顔をしながら、モーファが答える。
それから、不意にバスルームの方へ目を向ける。
「あ、下妻さん。もうお湯があふれてますよ」
「え。ほんと?」
立ち上がり、バスルームへ行くと、確かに白いバスタブにはなみなみとお湯が張っていた。
相談に乗ってくれたお礼をモーファに言い、それからわたしはお風呂に入った。
一通り体を洗い終え、浴槽につかりながら、さっきモーファと相談し、たどり着いた結論について改めて考える。
ところで本橋くんは、わたしのことをどう思っているのだろう。
嫌い、ってわけではないと思う。
嫌いだったら、映画を観ようとかは言ってくれないだろう。
でも好きか、と言われるとちょっとわからない。
何より恐ろしいのが、他に好きな子がいる、という事態。
そんな人が誰もいなければ、わたしのことがちょっと好き、ぐらいでも告白が成功する可能性がある。
だけどもし他に好きな人がいるのなら、わたしはその好きな人を超える好感度を得ている必要がある。
で、その可能性は皆無。
こんな、たった三日ぐらい、一緒にいたところで逆転は不可能。
そして好きな人がいるかいないかは、いくら考えてもわたしには決して分かりっこない。
なぜならそれは本橋くんにしかわからないことだから。
例え直球で聞いたところで、そう簡単に教えてくれるものでもないだろう。
それに、本橋くんに聞く勇気なんてないし。
ため息をつき、わたしはお風呂から出た。
本橋くんはリビングで、ジュースを飲みながらわたしを待っていた。
テーブルの上には、ポテトチップスやチョコなどが乗っている。
映画を観はじめようとしたタイミングで、ふと、本橋くんが言った。
「なんだか、修学旅行みたいで楽しかったな」
うん、とわたしは素直にうなずいた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうんだな、と考える。
「明日、頑張ろうな」
本橋くんはそう言って笑った。




