12.何かあっても守るからさ
練習を終えた後、わたしたちは自分の部屋に戻った。
あとは明日の本番を迎えるだけで、もう他にやることはないらしい。
時刻的には、ちょうど昼食のタイミングだった。
学校ジャージから部屋着に着替え、キーファとモーファに昼食を頼むことにする。
「本橋くんは、お昼、何食べるの?」
「下妻と同じの」と、にやりと笑う本橋くん。
「ダメです。朝はわたしが決めたんだから、今度は本橋くんの番なの」
「その理屈でいうと、夕食を決めるのは下妻な」
しまった。
まあ、いいけどさ。
本橋くんは、何かボリュームあるものが食べたかったらしい。
牛丼に、様々なものをトッピングしてくれるよう、キーファにお願いをしていた。
わたしはトッピングなしの牛丼を頼んだ。
そしてやっぱり、小盛りにした。
「女子って、やっぱりあんまり食べないんだな」
そうでもない。
人による。
が、実際のところ、わたしは小食な方だった。
体が小さいせいもあるのかな。
やがて運ばれてきた牛丼を食べた後、わたしたちはリビングでだらだらとして過ごした。
スマートフォンが使えないせいで、ネットサーフィンが出来なかった。
なのでリビングのテーブルの上に設置してもらったテレビで、本橋くんが見たいという映画やアニメを、ただひたすらに眺めた。
本橋くんのいうところの「異世界転移モノ」のアニメは案外面白く、結局夕方までの時間をかけて、最後まで見終わってしまった。
そのアニメの中で、主人公はピンチや絶体絶命の場面こそ迎えるものの、死に至るようなことは起こっていなかった。
ま、そりゃ当然か。
もし死んでしまったら、物語自体が終わってしまう。
だが大して親しくもないが、主人公の味方側の一人、ぐらいのキャラクターは、結構あっさり、バンバン死んでいた。
誰にも意識されず物語から退場していく彼らを眺めていくうち、かすかな不安が胸をよぎりはじめた。
明日、わたしたちは竜と戦う。
勝率は百パーセントだという。
だけど、もしも負けてしまうと、わたしたちは死ぬことになる。
まだ若いのに。
しかもこんな異世界で死ぬなんて。
なんだか暗い気持ちになりながら、テーブルに両肘を置いて手を重ね、その上に顎をのせていると、不意に本橋くんがわたしを覗き込んできた。
「あのアニメ、つまらなかった?」
ちょっと不安そうな顔をしている。
ううん、とわたしは首を横に振った。
「なんか、なんだかさ、それなりに不安になってきちゃって。明日、竜と戦うんだな、って思うとさ」
「ふむ」と本橋くんは少し意外そうな声を出し、それからうなずいた。「そう言われれば、そうだな」
「だって、あんな、小学生にもできそうな、お遊戯みたいな感じのことで、竜が倒せるっていうんだよ? 信じられる?」
「だなあ」
本橋くんは、案外のんきな声を出す。
昨日と今日とでわかったが、本橋くんは結構落ち着いている。
というか、のんびりとしている。
「信じるか、信じないかで言われれば、……ま、信じろって方が無理だよな」
そんな風に言いながら、本橋くんは、わたしのそばに腰を下ろす。
「でも、結局俺たちは、アイツらを信じることしか出来ないんだよ」
「今から言って、戦うの、辞退する」そう言って、わたしは肩をすくめる。「なんてことは、やっぱ、出来ないしなあ」
本橋くんが笑い声をあげる。
「そういうところ、下妻って真面目だよな。ずっとクラス委員もやってるし」
「あれは押し付けられてんの」
「嫌々だって、引き受けてるんだから、すごいよ。……ま、大丈夫だよ。勝率、百パーセントだし」
「うーん」
「何かあっても俺が守るからさ、心配するな」
うん、と生返事をしてから、わたしはふと気づく。
いま、すごいことを言われた。
そんなの、白馬の王子様がいうセリフじゃん。
わたしは不意に恥ずかしくなって、隣に座る本橋くんの顔が見られなかった。
耳とか赤くなってないだろうな。
死ぬ不安よりも大きなその不安を覚えながら、わたしはじっと、胸の高鳴りが過ぎ去るのを待った。




