11.死にます
「まあ、これならいいでしょう。次のを最後のリハーサルにします」
一時間ほどの練習の後、ロイシュテバがそう言った。
そうして、一センチ程度の丸い小石のようなものをわたしたちに手渡した。
「なにこれ?」
わたしが聞くと、ロイシュテバは、うなずいてみせる。
「本番では、竜に対峙するのはあなた方だけです。ぼくも、キーファやモーファも、別の場所にいる。だから、その石で指示を出します。耳にはめてみてください」
小石は案外柔らかい。
粘土のように、つぶしたり、丸めたりできる。
あまり奥まで入りすぎないように、耳にフィットするようにその形を変える。
そうして右耳に差し込んでみる。
「聞こえますか」
突然、クリアなモーファの声が右の耳に届く。
モーファへ目を向けると、彼女も手の中にある石を口に近づけて、話していた。
わたしは指で丸のサインを出してみせ、モーファはうなずいて応える。
本橋くんとキーファも、だいたいわたしたちと同じようなことをしていた。
それからわたしは、ふう、と大きく息を吐いた。
立ちっぱなしで、あまり動きもせず、なんだか疲れていた。
「大丈夫か、下妻」
振り返って、そうたずねてくる本橋くんに、わたしはうなずいてみせる。
「退屈過ぎて、疲れてる。それよりも本橋くんは大丈夫? そんな剣、ずっと振り回しているけど」
「ああ」と本橋くんは剣を小さく振り動かしながら言った。「これ、ものすごく軽いんだ。紙ぐらいの重さしかない」
「すべては最適化の結果です」とロイシュテバが会話に割り込んでくる。「そう難しいことじゃなさそうでしょう?」
「ていうか、さっきも言ったけど、簡単すぎて疑わしい。マジでこんなので竜に勝てるの?」
「だよなあ」と、わたしの言葉に本橋くんも同調してくれる。
「ええ。これが一番確実な方法なんです」
ロイシュテバは自信満々にそういう。
ならいいけどさ。
それからわたしたちは、最後のリハーサルを行った。
最初に「フィジィ(素早さ増強!)」を唱え、次に「サブーマ(防御力アップ!)」を唱える。
その後は「アレーブ(炎の魔法!)」と「バーズ(氷の魔法!)」を中心に、時折「クタマ(回復魔法!)」を挟む。
というぐらいまで、わたしは本番の流れを暗記してしまった。
そして仮に忘れたとしても、右耳から聞こえてくるモーファの指示に従うだけでいい。
本橋くんも緩いペースで剣を振り続けている。
最後のリハーサルも、十分ぐらいで終了した。
ふとモーファの指示がやみ、それからロイシュテバが急に拍手をはじめた。
「うん、これなら大丈夫です。明日、竜は倒れることでしょう」
本橋くんとわたしは目を見合わせる。
三時間も練習していないが、もうこれでおしまいらしい。
なんて簡単なことだろうか。
「本当に、この通りやればいいんだな?」
本橋くんが念を押すが、深々とロイシュテバがうなずいてみせる。
「ええ。このとおりで、完璧です」
「竜だって、攻撃してくるんじゃないの?」とわたし。
「ええ、それも計算済みです。問題なく、今の動きで倒せますよ」
そんなものだろうか。
わたしたちが疑いの目を向けていると、ロイシュテバが少しだけ真面目な顔になって言葉を続けた。
「ただ、一つだけ。今のとおりの指示が行きますから、必ずその指示に従ってください。最適化した指示から外れたことが起こると、百パーセントの勝率が、落ちてしまうかもしれません」
そりゃもちろん、そうするつもりだけど。
この指示、間違えようがないし。
それから、ふとした興味が起こって、わたしは聞いてみた。
「ね、もし竜に負けたらどうなるの?」
「ぼくたちは、竜に確実に勝てる方法を失います。他の方法を探してみますが、これ以外にいい方法は、まず見つからないでしょうね。探しつくした結果が、あなたたちですから」
「それで、わたしたちは?」
「死にます」
聞かなきゃよかった。




