1.告白をするはずだったのに
わたし、下妻麻美はその日、クラスメイトである本橋貴志くんを人のいない図書室の隅っこに連れ出していた。
「それで、話ってなに?」
「まあいいから、ちょっとついてきてよ」
わたしは本橋くんに告白をしようとしていた。
五月の放課後の夕闇が迫る中、わたしは高まる胸の鼓動を感じていた。
彼とは、決して親しい方ではない。
どちらかといえば、わたしの一方的な恋心だ。
この想いを伝えるには、どこから話を切り出せばいいのだろう。
考えながら、図書室の隅にたどり着いたそのとき、周囲の空間が歪んだ。
その現象は、なんていえばいいんだろう、目を覚ましたときの感覚に似ていた。
突然意識が、あるレベルから、別なレベルへと切り替わった、とでもいうか。
その現象のあと、わたしはすぐに振り返って本橋くんを見た。
本橋くんの方でも、今の妙な感じを味わったらしかった。
目をぱちぱちとさせ、彼は言った。
「……今の、何?」
「さあ」
そう答えてから、何気なく周囲へ目を向けたわたしは、ぎょっとした。
いまわたしは、ただ振り返って、本橋くんに目を向けただけだった。
ほんの一瞬前までは、よく見知った図書室の隅にわたしたちはいた。
でも、今は違う。
なんで?
「あのさ、下妻。ここ、どこ? 俺をどこに連れてきたわけ?」
「いや、……ごめん。わからない」
わたしたちは、やけに広い部屋にいた。
図書室よりもずっと広い。
具体的にいうなれば、学校の体育館ぐらい。
そして床は、石造り。
その床には何か、淡く緑色に光る模様が描かれている。
その模様を具体的にいうなれば、直径三メートルほどで正円の、巨大なトヨタのエンブレムみたいな。
何よりも驚いたことには、わたしたちは突然現れた見知らぬ子どもたちに囲まれていた。
その子どもたちの身長は、わたしの胸の高さぐらい。
だから、せいぜい小学校の低学年ぐらい。
彼らはトヨタのエンブレムの円周に沿って並び、つまりわたしたちを囲み、そしてわたしたちを見つめていた。
そしてみんな、三角にとんがった、赤い帽子をかぶっていた。
ちょっと、不気味なこともない。
なんだか宗教の儀式っぽい。
どんな宗教だか知らないけどさ。
一通り、周囲に目を向けたわたしは、再び本橋くんに視線を送った。
本橋くんは、困った顔をしていた。
「あのー、この子たちはなんなんだろう」
「わたしも何が何やら……」
なんて、あわあわしていると、子どもたちの中から一人が歩み出た。
彼は西洋風な顔だちをした美少年だった。
「あー、えー、あのー」その少年はわたしたちを見上げながら、笑顔を浮かべていた。「ぼくの声、聞こえます?」
「ああ、聞こえてるよ」と本橋くん。
「なら、よかった。スムーズにコミュニケーションができそうですね」
妙なことをいう子だな、という目で、わたしと本橋くんはアイコンタクトを交わす。
「さっそくですが、驚かせてごめんなさい。急にこんな場所に連れてこられて、驚いたでしょう」
「……、……ん? これ、あなたたちの仕業?」少しの間のあと、そう勘づいたわたしは、彼にたずねた。「ここ、どこなの」
「異世界です」
「異世界……」とわたしはただ繰り返すだけ。
「ざっくりしすぎててわからんな」と本橋くん。
「でしょうね」と少年がうなずく。「だからはじめに、必要なことを説明しておこうと思うんです。ついてきてください」
そうして彼は、わたしたちに背中を向けて歩き出す。
わたしと本橋くんはおずおずとお互いの顔色をうかがう。
見知らぬ子どもの奇妙な話をほいほい信じていいものか。
だけど他に選択肢はない。
少年の後について歩き出す。
するとなぜかは知らないが、他の子どもたちも、わたしたちの後について歩き出した。
わたしたちはぞろぞろと歩いた。
なんじゃそりゃ、と歩きながら考える。
わたしは告白をするはずだったのに。