4 〜酒に漬ける〜
人類が火を使いこなし、陶芸と金属加工を始められるようになると、ここで初めて水が漏れない容器を作れるようになりました。土器、樽、さらには鍋釜です。樽は竹の箍を使用する和樽だとしても、金属製工具がなければ作ることは不可能でしょう。
それ以前では、竹、動物の革袋、胃や膀胱を使うしかなかったでしょうし、それらの素材は、加熱調理をするのには向いていません。竹は若干の加熱調理はできますが、煮込み料理となるとほぼ不可能でしょう。
とにかく、容器ができ、そこに水と麦を放置すればビールが、そこにブドウの実を放置すればワインが、米からはドブロクが、というようにいろいろな場所でいろいろな酒が同時発生的に生じたでしょうし、そこからそう間を置かず、人類は「発酵」という現象と、「エタノール」の防腐効果に気がついたはずです。
発酵については別章で後述します。
エタノールは、細菌の「細胞膜」を通り抜けて中に入り込むことで、細胞内部のタンパク質を変性させると同時に、「浸透圧」を高めて細胞を破裂させるという「溶菌」作用を持っています。
とはいえ、それが医療の中で殺菌に使われるのはずっと後世のことです。
まずは、ジョセフ・リスターが、燻製の項でも出てきた「石炭酸」による殺菌が医療に有効であることを、1866年に発見しました。しかし、石炭酸は腐食性、有毒性が高く、濃いものが皮膚に触ると薬傷を起こすこともあり、もっと使いやすい殺菌剤が求められていました。
その後、1912年にベイヤーが、エタノールの希釈度による殺菌力の違いを検討し、70%のものが最も効果が高いとしていますので、アルコール類による殺菌は100年ちょっとの歴史しかないのです。
ビールの中の「酵母」の発見は17世紀後半、顕微鏡を発明した「レーウェンフック」によるものです。その酵母がエタノールを作ることを確認したのは、自然発生説を否定した科学界の巨人、「ルイ・パスツール」で1857年のことでした。
なお、酵母の働きが解明されると、酒だけではなく、パンも効率的に作れるようになりました。酵母の働きがパン生地の中の糖をエタノールと二酸化炭素に分解し、それらの気体がパンを膨らませるのです。
酵母の働きが確認されるまでは、パン職人の経験と勘によって維持されるパン種で酵母が受け継がれていましたが、今では工業的に生産された均一な酵母に置き換わっています。家庭でドライイーストを使用して簡単にパンが焼けるのも、遡ればパスツールの業績に行き着くのです。
話を戻しましょう。
エタノールによる食品保存は、腐敗菌を直接殺すという方法ですから、極めて効果が高いものです。また、果物を酒に漬けることにより、果実の保存だけでなく果実酒というさらに良い副産物が生まれましたし、肉などは保存期間を延ばすと同時に使った酒の香りを移し、味覚をも楽しませました。
この辺りの保存技術から、明日をなんとか生き延びる技術としての食材保存技術と、嗜好性を満たす美味も作れる技術という考えが並列しだし、人類全体の余裕のようなものが生まれてきたのではないかと感じさせられています。
− − − − − − − − − − − − − −
※日本では、酒に漬けるということで、戦争に絡んでかなりグロテスクな話があります。
1189年に起きた衣川の戦いで源義経が討ち取られた時、その首は酒漬けにされて鎌倉に運ばれました。夏場に43日もかけて運ばれたそれは首実検(実験ではないことに注意してください)に耐えるものではなかったでしょうし、結果として義経が衣川で生き延びていたという説の一つの根拠となっています。
また、全く同じようにグロテスクですが、少し異なる風合いの話もあります。
イギリス海軍最大の英雄であるネルソン提督は、1805年のトラファルガー海戦で勝利し、ナポレオンによるフランス軍のイギリス本土上陸を阻止しました。しかし、ネルソン提督自身は狙撃され、戦死します。その遺体は、イギリスに帰れるようにと、ブランデーもしくはラム酒漬けにされました。
ところがイギリスのプリマス港に到着して確認したところ、その酒は水兵たちがみんな飲んでしまっていて残っていなかったというのです。
ネルソン提督が水兵たちに慕われていたという事実と重ね合わせると、気持ち悪いの一言では済ませられない何かを感じませんか。