親に電話しながら探す夏
流されやすい僕とはいえ、さすがにここは流されるわけにはいかない。
「そもそも恋人同士でもない、ただのクラスメイトが外泊旅行とか問題でしょ」
「そう? 私は恋人同士の方が問題だと思うけどな。高校一年生なんだし」
「それは……」
そう言われてみればそんな気がしないでもないが、だからと言って恋人同士でもない二人が外泊するのはおかしくないということにはならない。
「あー? もしかして今、鳩羽君いやらしいこと考えてる?」
「そ、そんなわけないだろ!」
慌てる僕を見て陽花梨さんは愉快そうに笑った。
「じゃあよかった! はい。それじゃあ出発!」
「え? ちょっと!?」
結局強引に僕は古着屋さんに連れて行かれた。古着屋といっても店自体がビンテージ感の漂う、お洒落なところだ。店内には甘くて煙い香りが漂い、古い洋楽がよく似合う。
その店でアメリカンカレッジ風Tシャツと、アバクロンビーの色褪せた加工の施されたポロシャツ、木のボタンが可愛い麻の白いシャツ、そして継ぎ接ぎにパッチワークされたハーフパンツを購入させられた。
怖ろしくて何泊する予定なのかは訊けなかった。
「はい、じゃあ家に電話して」
店を出ると陽花梨さんはそう促してきた。
「本気で?」
「もちろん」
「なんて言えばいいんだよ」
「素直に言えばいいじゃない。『誰も見たことのない夏を探す旅に行ってくる。しばらくは帰れない』って。嘘つく必要なんてないよ」
うちの親がそんな詩的なことを伝えられて了解する理解があるとは思えないし、そうであって欲しいとも願った。
とは言ってもこのまま説得しても陽花梨さんは納得しそうにない。
「分かった。親には言うけれど、断られたら無理だからね」
「まあその時は仕方ないよ。ここからは私一人で行くから」
「はあ? その時は陽花梨さんも帰る。それでいいね?」
「えー?」
何をするつもりなのかは分からない。しかし高校一年生の女の子一人でこんな行き当たりばったりの旅をさせる訳にはいかないだろう。
母さんは四度目のコールで電話に出た。
ナンバーディスプレイだから名乗らずとも分かってくれる。
「なに?」
なにやら固いお菓子を食べながらテレビを観ている。音だけでそれが伝わって来た。
「あ、いや。実は今旅に出ていて」
我ながら突拍子もない切り出し方だと感じた。
「旅? 別にいいけどあんまり遅くならないでよね。何時に帰ってくるの?」
真面目に取り合ってないのか、素っ気なく流される。まったく緊張感を感じない口振りだった。
「それが、泊まりなんだよね」
「泊まり? 急になに言ってるの」
仕方なく僕は『誰も見たことのない夏』を探していること、今は東京にいること、何泊かしなくてはいけないことを説明した。
ただ隣にクラスメイトの女の子がいることは、説明から割愛した。
「いやいやいや……あり得ないでしょ?」
「うん、まあ、あり得ないよね」
受話器の向こうの驚く母さんの顔が目に浮かぶ。陽花梨さんは少し不安そうに表情を曇らせて僕を見ていた。
「馬鹿なことを言ってないで早く帰ってきなさい」
「うん。まあ。そうなるよね」
母さんの声は聞こえなくても話の流れは伝わったのか、陽花梨さんの顔に落胆が滲む。
僕が帰ったら、本当に陽花梨さんはこのあと一人で旅をするつもりなのだろうか。
そもそも陽花梨さんの探す『誰も見たことのない夏』とはなんなんだろう。
そしてそれは、一人で見付けられるものなのだろうか。
「ちょっと三七十。聞いてるの?」
「母さん、ごめん。そんなわけだからまだ旅からは帰れない」
「はあ? なに言ってるの。早く帰って──」
「また連絡するから心配しないで」
ぷつっと通話を切ると陽花梨さんは微かに潤んだ目で僕を見た。
「言っとくけど泊まるのは今日だけだからね。明日は帰る。夏は僕らの地元で探すこと。わかった?」
「鳩羽君。ありがとう」
寂しそうな顔から一気に笑顔になるのを見て、騙されたのかもと感じた。でもまあ、乗りかかった船だ。陽花梨さんを家まで連れ戻すところまでが夏を探す旅だと諦めよう。
夕飯は有名なラーメン店で食べた。豚骨と魚介の合わせスープが自慢らしく、テレビとかでも絶賛されている。でもその割には、あまり美味しいとは思えなかった。強すぎる魚介スープと濃すぎるとんこつをラードの油で無理矢理纏めようとしているが、主張し合いすぎて喧嘩してしまっていた。
やや胃がもたれつつ僕たちは山手線で渋谷へと移動した。陽花梨さんは、何を思ったのか漫画喫茶へと入っていく。
「一日コース、ペアシートで」
「は?」
僕が質問する暇もなく、陽花梨さんは受付を済ませてしまった。
「一日コースってどういうこと?」
「二十四時間滞在出来るコースだよ。一日中いられるなんてすごくない?」
「いやいや。そういう意味じゃなくて。なんでそんな長時間も」
「そりゃここに泊まるからに決まってるじゃない」
「えっ!?」
案内されたブースは当然二人が距離を離して寝るには狭すぎるスペースだった。一応ソファーはそこそこ大きいものの、二人が寝る宿泊施設には見えない。
「なに? もしかしてラブホとかに泊まると思ってた? 鳩羽君のえっち。不潔。見損なったよ」
「そうじゃないけど。ここに二人で寝るのはつらいんじゃないの?」
もはや陽花梨さんのマイペースなジョークは無視した。陽花梨さんは鞄を机の下に上手にしまい、一夜を過ごす巣作りのように携帯の充電器やら寝間着代わりであろうジャージなどを用意していた。
「じゃあお互いがお互いを知るために、相手に読ませまいお勧め漫画を選んでこよう」
「なにそれ?」
「ほら、私たちまだお互いをよく知らないでしょ。だから自分の好きな漫画を読んで貰ってお互いの交流を深めるの」
勝手に決めると陽花梨さんはさっさと漫画の置いてあるブースへと移動してしまう。相変わらず自分勝手で強引すぎる。
一緒に旅をするパートナーには向かないタイプだ。
仕方なく僕も本のブースへと向かう。自分が読むのではなく、人に読ませる漫画を選ぶというのははじめてだった。
陽花梨さんの性格や趣味などを考慮しつつ、エッチなシーンのないものを選んで帰ってきた頃には、陽花梨さんはペアシートブースに戻っていた。
氷をふんだんに入れたアイスティーをちうーっとストローで吸いながら、自分で持ってきた漫画を読んでいる。
その横顔は漫画を読むにしてはずいぶんと真剣なものだった。