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木陰の道で探す夏

「キリンがこの旅に何か関係あるの?」

「ないよ」

「えっ、ないの?」


 陽花梨さんの返答で更に頭が混乱した。蝉のやかましい鳴き声が僕たちの無言を埋めてくれていた。


「だったらなんで僕が旅のパートナーに向いてると思ったの?」

「旅の仲間に向く理由その一。鳩羽君は雑学とか詳しい」


 陽花梨さんは人差し指をピンと立てた。


「別にそんなに詳しくはないけれど。でもそれがなんで向いてる理由なの?」

「面白いじゃない。色んなことが聞けるから」

「え? それだけ?」

「自分の知らないことことを教えてもらえたら楽しいでしょ」

「そりゃまあ、そうかもしれないけれど」

「大切なことだよ」


 雑学が聞けてためになるというのは、確かに暇潰しくらいにはなるかもしれない。でも一緒に旅をする相手に求める理由の優先順位はかなり低そうな気がする。

 たとえば地図の見かたが上手いとか、喧嘩が強そうで頼りになるとか、そういう能力の方が重要だろう。


 「他にはどんな理由があるの?」と訊きかけた声は子供の泣き声に遮られた。


「ママぁ!」


 小さな女の子が泣き、お兄ちゃんらしき男の子がその手を引いていた。


「迷子かな?」

「多分」


 きっとあの子達は不安でいっぱいなんだろう。僕はしゃがんで視線を女の子の高さに合わせる。


「お母さんとはぐれちゃったの?」


 女の子はひっくひっくとしゃくり上げながら頷く。お兄ちゃんの方は少し警戒した様子で、無言で頷いた。


「じゃあ私たちと一緒に探そうか?」


 陽花梨さんもしゃがみ、女の子の頭を撫でた。やはりこういう時は女性の物腰の柔らかさが、幼心の扉を開ける鍵になる。女の子は「うん」と顔を上げて頷いた。

 陽花梨さんは迷子の世話なんて面倒なことをするタイプには思わなかったので正直少し驚いた。

 顔を上げた陽花梨さんは僕の方を見て微笑みながら頷く。ちょっと嬉しくなって、僕も頷き返した。


 どうやらはぐれたのはかなり先にあるカバ舎の近くだったらしく、探している間にずいぶんと入口の方まで戻ってきてしまっていた。迷子というのは無駄に動くから余計迷子になるものだ。


「おっきなサイさんがいて、それであゆみがそれを見てたら、すごいいっぱい人がきて、それで」


 少しでも状況を説明しようとしているのか、あゆみちゃんと名乗る女の子は雄弁だった。しかし話は要領を得ないし、すぐに脱線するのであまり役に立たない。

 お兄ちゃんの方は行き交う人を見上げながらも、ずっと妹の手は離さなかった。

 その握りあった手を見て陽花梨さんは嬉しそうに目を細めた。


「あゆみちゃんは動物好き?」

「うん。好き!」

「お姉ちゃんもー。可愛いよね。何が一番好き?」

「えっと。ぞうさん。それとキリンさん。パンダさんも。あと、それからライオン!」


 一番を沢山選べるのは子供の特権だ。

 あゆみちゃんは自分の博識を誇るかのように次々と動物の名前を挙げていた。


「キリンさんはほとんど寝ないんだよ。寝るときも立って寝るの」

「えー? 立って寝るの?」

「そう。ちなみにライオンは一日中ほとんど寝転がってるの」

「そうなんだ!? お姉ちゃんよく知ってるね。先生みたい」


 僕から得た知識を披露して陽花梨さんはご満悦の表情を浮かべている。なんだか彼女のセコい一面を見てしまった。

 あゆみちゃんはすっかり陽花梨さんに気を許したように、その手を握ろうとしてお兄ちゃんに止められていた。

 親しげに近付いてくる僕たちに、逆に警戒しているのかもしれない。なかなかしっかり者のお兄ちゃんだ。

 迷子センターに連れて行く前に念のためカバ舎に行くと、辺りを必死で見回す女性を見付けた。


「あ、ママ!」


 それ見付けたあゆみちゃんは兄の手を振り払い駆け寄っていく。

 あゆみちゃんに気付いたママも慌てて駆け寄って抱き締めていた。

 お兄ちゃんは僕たちを見上げ、一礼してから妹の後に続く。その目は安心からか、少し涙で滲んでいた。しっかり者のお役御免となったお兄ちゃんも母親に甘えていた。


「よかったね。見つかって」

「ああ。ほんと。ありがとうね、陽花梨さん」


 あゆみちゃんがこちらを指差して説明していた。相変わらず舌足らずで脱線気味な説明なんだろうけど、さすが母親はちゃんと理解出来るらしい。僕らはあゆみちゃんママと視線が合い、会釈する。


 「すいません。ありがとうございます」と何度も礼を言われ、むしろ恐縮してしまった。恐らく物騒な想像までしていたんだろう。お母さんも少し目を赤くさせていた。

 名残惜しそうなあゆみちゃんと握手をして、僕たちは動物園を後にした。


「可愛い子だったよね」

「そうだね。きっと将来美人さんになるよ」

「もしかして鳩羽君ってロリコン?」

「はあ?」


 つい流れでぱしんと軽く陽花梨さんの腕を叩いてしまった。

 気がつけば午前中に川沿いの道で会ったときよりも随分と僕たちの距離は縮んでいる。


「私はお兄ちゃんがツボだったな」

「陽花梨さんこそショタコンなの?」

「はあ? そんなわけないし!」


 陽花梨さんは同じように僕の腕を叩く。でも明らかに僕が叩いた数倍の力で叩かれた。


「お兄ちゃんだから妹を守らなくっちゃってとこが、素敵だなぁって思ったの」


 一瞬だけ陽花梨さんの瞳に憂いが宿った。しかし次の瞬間には笑っており、先ほどの表情は見間違いだったように掻き消されていた。


「旅の同行者として向いている理由その二。人に優しいこと」


 先ほどのうんちくよりは納得できる理由だった。僕が人に優しいのかどうかはよく分からないけれど。


「じゃあ次はここ」


 そう言って見せてきたスマホの画面には彩り鮮やかなかき氷が映っていた。動物園という少し変わったチョイスに比べるといかにも女子的で、ありきたりな感じもした。でも暑い夏といえばやはりかき氷だ。反対する理由もない。


「美味しそうだね」

「でしょ? じゃあ決まりね!」


 陽花梨さんを足取りも軽くなる。僕たちの歩く木陰の道から陽の当たる場所を見ると、やけに眩しく感じた。

 この夏を探す旅とやらは、どこへと続いているのだろう。隣を歩く陽花梨さんの陽気な笑顔を見てそんなことを考えていた。

 戸惑いはいつの間にか、少しだけ期待へと変わっていた。



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