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旅のパートナー失格

「陽花梨さんを置いて勝手に帰るわけないだろ。短い間だけど一緒に旅をして、少しは僕のことが分かってくれていたと思っていたのに、残念だよ」


 ついキツい口調になってしまった。

 陽花梨さんは叱られた子供のように、反省しつつも素直になれない顔で僕を見る。

 許したいと思う反面、許せない気持ちも強かった。

 恋愛対象にならなくてもいい。でもそんな薄情な人間だと思われていたことは、悲しかった。


「いきなりいなくなっちゃって、どれだけ心配したと思ってるの? ようやく会えた生き別れの姉妹に会えて、あんなに厳しく辛い言葉をぶつけられて。傷付いた陽花梨さんを放って帰れるわけないだろ。僕がそんな薄情な男だと思っていたの?」

「ごめんなさい」


 感情が昂ぶって渦を巻き、興奮が脳内を埋め尽くしていく。

 冷静というほど知的ではなく、冷めているというほどクールでもなく、ただ無気力だった僕が、自分でも驚くほど熱くなっていた。

『恋の仕方が分からない』だなんて思っていたけれど、その原因が分かった。

 恋とはつまり、後付けの言葉だ。


 なんとも思わなかった人が、ある日突然気になり出し始める。

 そしていつの間にかその人のことばかりを考えるようになっていく。

 その人と関わりたくて、幸せにしたくて、そして出来ればその近くにいたいと願う。

 時おりとても寂しくなったり、好きなのに憎らしく思ったり、何気ないことが凄く嬉しかったり。

 時に自分の都合のいいように勘違いしたり、逆に悲観的に思いこんだり。

 感情が混線し、論理的に考えることも出来なくなる。


 きっとそんな心のエラー状態を人は『恋』と呼ぶ。エラーを美しく尊いものに変換する便利な後付けの言葉だ。僕はそう決め付けた。


「陽花梨さん、ごめん。僕は君が望むような旅のパートナーじゃなかった。僕は陽花梨さんが、好きになってしまったんだ」


 勢いに任せて言ってしまうと、陽花梨さんまで発熱してしまったかのように顔を真っ赤に染め上げた。

 目を大きく見開き、真っ直ぐに見詰めてくる。取り返しのつかないことを言ってしまった。彼女の気持ちを裏切ってしまった気分にすらなる。しかし一旦口に出してしまった言葉は、取り消すことなんて出来ない。

 陽花梨さんは大きくため息をつき、落胆を露わにした。


「鳩羽君は旅のパートナー失格」

「ごめん。がっかりさせて」

「そうだよ。信用していたのに、酷いよ」


 陽花梨さんは手にしたリンゴをぽすっと布団に投げ付けた。


「わがままで自分勝手な私に愛想尽かさないで、いつも一緒にいてくれて、こんな雨の中、風邪を引くのも無視して何時間も探してくれて。そんなの……私だって好きになるに決まってるからっ……」

「ごめん…………え?」

「恋愛感情持ち込まずに旅をしていたかったのに。鳩羽君のせいで台無しになっちゃったんだからね!」

「ええーっ!?」


 大声を上げてしまうと、陽花梨さんは慌てて人差し指を口許に当てて『静かに』とジェスチャーをする。

 まさか陽花梨さんも僕のことを好きになっていたなんて思いもしなかった。風邪の倦怠感なんて一気に吹き飛んでいた。


「そんなに驚くこと? 逆にあそこまでされて好きにならない女の子なんていると思うの?」

「別にそんなつもりで探していたわけじゃ」


 陽花梨さんは布団の中に手を忍び入れ、僕の手を探り当てて握ってきた。

 それだけで僕の体は固まってしまう。


「ありがとう。見つけて貰ったとき、嬉しすぎてびっくりしちゃったよ」


 憑かれたように惚けた顔は、びっくりした顔だったのか。言われて思い返せば、そうも見えた。


「あれが私にとって、誰も見たことのない夏の景色だったかも」

「僕も、そうかもしれない」


 言葉もなく見詰めあう。すぐに人と目を逸らしてしまう僕なのに、この時はいつまでも見詰めあっていたいと思えた。

 やがてゆっくりと陽花梨さんの顔が近付いてくる。

 その赤い唇に、視線が釘付けになる。


「か、風邪がうつっちゃうよ」


 彼女が何をしようとしているのか察した僕は、情けなく上擦った声を上げる。


「いいの。風邪はうつした方が治りが早いっていうから」

「そんなのは迷信だって」

「いいから静かに」


 息が冷え切る前にかかるほどの距離に陽花梨さんの顔が近付いた、その時──


「陽花梨っ!」


 大きな声と共に玄関が開く音が聞こえた。

 甘い空気は一瞬で弾け、僕たちは慌てて離れた。廊下を小走りに駆ける足音がどんどん近付いてくる。


 勢いよくドアが開くと、興奮した様子の女性が入ってきた。走ってきたのか息は荒く、陽花梨さんを見た瞬間に安堵と怒りを露わにした。


「お母さん……」

「陽花梨っ!」


 様子から見ても今の陽花梨さんのお母さんなんだろう。

 普段は怒ることもなさそうな上品な人が、慣れない手つきで陽花梨さんの頬を張った。

 ぴちゃんという弱々しい音だったが、陽花梨さんは顔を背けて涙を溢した。きっと頬よりもっと奥の方が痛かったのだろう。


「お、おい、眞佐美まさみ


 遅れて来た男性が慌てて陽花梨さんのお母さんを止めに入る。きっとお父さんであろうその人も、とても優しそうな人だった。

 家族会議レベルの一家の大騒動の最中、僕一人が布団で寝ているのがとても場違いに思えて起き上がる。正座したのは旅を同行していた共犯者的な感情より、未遂とはいえキスしかけた罪悪感の方が大きかった。


「ごめんなさい」


 謝る陽花梨さんにお母さんが「馬鹿」と詰って抱きつく。

 無事でよかった、心配したのよなどと声を掛け合う姿は、本当の家族の姿だった。

 僕みたいな数日間旅を共にしただけのパートナーではない、本当の絆を感じさせる光景だ。



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