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懐かしい再会が幸せとは限らないと思い知らされながら探す夏

 陽花梨さんは手持ちのショルダーバッグを握り直し、背筋をピンと伸ばす。


 そして突然拳を突き上げた。


「ねえ夏っぽい歌を歌いながら行こう!」

「え?」

「じゃあ私からね」


 無理にあげたテンションで陽花梨さんが歌い出す。曲は聞き覚えはあるけど歌詞はよく知らない洋楽だった。蝉も子供たちも驚いたのか、黙ってこちらの様子を伺っていた。


「ほら、鳩羽君も一緒に!」

「僕はいいよ」

「駄目。いいとか悪いとかじゃないから! 陽気な歌を唄って踊っていたら、自然と気分もあがってくるよ!」


『楽しいから笑うんじゃない、笑うから楽しいんだ』という言葉を聞いたことがある。恐らくこれはその激しい版だ。

 やけになって僕も唄う。歌詞なんてあやふやだから、適当なカタカナ語だ。

 サビの部分で拳を上げ、僕らはあぜ道を進んでいく。その歌が気に入ったのか陽花梨さんはずっとその曲を歌いやめず、何度も繰り返しサビの部分を歌い続けて引き延ばしていた。

 確かに無理矢理テンションを上げればなんとなく楽しい気分にはなるみたいだ。

 エンドレスにも思えた合唱は、懐かしい景色を見て陽花梨さんがはしゃぎ出すことで自然に終わった。


「この小川で沢蟹捕りとかしたんだ」

「ここが私たちの通っていた小学校」

「わー懐かしい! このお店まだあったんだ!」


 陽花梨さんは幼き日の想い出の場所を見つけては僕に教えてくれた。いつの間にか電車内での気まずい空気は消えていた。


 ここは山がり出し、海が押し寄せ、間に挟まれた土地は僅かしかない細長い町だ。

 自然を利用して人々が暮らしている土地独特の長閑さが広がっている。

 海岸線をしばらく歩いて行くと、少し小高い丘が見えた。


「あそこが私たちの暮らしていた施設」


 それまでのはしゃぐテンションとは違う、落ち着いた声で陽花梨さんは指差していた。


「よし。じゃあ行ってくる。ちょっと待っててね」


 キャリーバッグを引きながら、僕は坂に足を踏み出す。


「待って。私も行く」

「大丈夫?」

「うん。お父さんたちにはバレちゃうだろうけれど、でもいいの。妹に会いに行くことが、両親を裏切ることにはならないから。きっと分かってくれると思う」


 僕は首だけで了解を伝える。照りつける陽射しの下で登る坂道はなかなか厳しいものもあったけれど、足が止まることはなかった。


 門の前に立ち、呼び鈴を押そうとしたときだった。


「どちら様ですか?」


 施設の人らしい初老の優しそうなおばさんが中から現れた。野良仕事をするところだったのか、手ぬぐいを被った上に帽子を乗せていた。


「あのっ」


 陽花梨さんが口を開いた瞬間、その女性は修道女のように清らかな顔で驚きながら笑った。


「陽花梨ちゃん!? あなた、陽花梨ちゃんなの!?」

「はい。ご無沙汰してます、植村さん、ですよね?」

「覚えててくれたの? 嬉しい! 元気だった?」


 植村さんと呼ばれた彼女は、感極まった様子で陽花梨さんに駆け寄り抱きついた。


「こんなに大きくなって。べっぴんさんになったねぇ」

「ご無沙汰してしまい、すいません」


 杏花梨さんとの約束とはいえ、なんの音沙汰もなく暮らしてきたことに罪悪感もあるのか、陽花梨さんは心の底から申し訳なさそうに謝っていた。


 再会を喜ぶ二人は目許を潤ませ、何から手を着けていいのか分からない話題を手当たり次第に語り合っていた。


「今日は結婚報告に来たのかしら?」


 植村さんは僕をにんまりと見詰める。やはり女性は恋の話をするときは乙女帰りするようだ。


「ち、ちち違いますっ! この人は鳩羽君っていって」

「ただのクラスメイトです。今日は付き添いで来ました」


 恋に落ちそうもない相手宣言をされる前の僕なら、きっとこの展開もドキドキしたのだろう。

 今はただ、そういう勘違いをされること自体が迷惑だった。

 その話題を膨らます気はない意思表示の為、興味もない見飽きた空を見上げる。

 いつの間にか大きな入道雲が大軍勢のようにこちらへと向かっていた。


「何しにきたの」


 突如刺々しく苛立った声をぶつけられ、慌ててそちらへと目を向けた。


「ここに二度と来ないでって言わなかったっけ?」


 鋭い目でこちらを睨んでいる女の子は、紹介されなくても誰だかは分かった。

 髪は少し明るめに染め、童顔を隠すような化粧を施し、眉間に皺を寄せるような険しい表情をしているけれど、顔の造詣は陽花梨さんに瓜二つの、その少女の名前を僕は会う前から知っていた。


「杏花梨……」

「近寄らないで! 今すぐ帰って!」


 七年ぶりの双子の姉妹の再会は、思い描いていたような感動的なものとはならなかった。

 でもそれは陽花梨さんにとっては予想通りのものだったらしく、落胆した様子はない。


「聞いて。私謝りに来たの。杏花梨に謝りたい。本当は──」

「帰れよっ!!」


 杏花梨さんは姉の言葉を掻き消す声で怒鳴り、物凄い剣幕で睨みつけながら詰め寄ってくる。


「裕福な家にもらわれ、優しい両親に育てられ、こんなヒラヒラした可愛らしい洋服着て」

「やめなさい、杏花梨!」


 服を引っ張る杏花梨さんを慌てて植村さんが止める。


「こんな優しそうな彼氏見せびらかすために連れて来て、なんの苦労知らなそうな顔して、『ごめんなさい、謝りたいの』って? ふざけんな! 昔からあんたのそういうところが大嫌いだったんだよ! 姉貴づらして、いい子ぶって。私が杏花梨を守るみたいなこと言って褒められるのが嬉しいんだろ!」

「そんなっ! 違う! そうじゃないでしょ!」


 更に何か反論しようとする陽花梨さんを威嚇するためか、それとも本気だったのか、杏花梨さんはしゃがんで石を掴み、投げる素振りをした。


 陽花梨さんはギュッと目を閉じたが逃げなかった。まるでそれが受けるべき罰とでもいうように。


「帰ってよ」


 杏花梨さんはポツリと呟き、手にしてた石をその場に落とす。


「杏花梨……」

「お願いだから帰って。約束したでしょ。二度とここに来ないって。幸せそうに暮らしているお姉ちゃんを見ていると、惨めになるの」


 それ以上話すことはないという感じで杏花梨さんは僕たちに背を向けて施設の中へと戻っていった。

 その途端、陽花梨さんは突然走りだした。登ってきた坂道を猛スピードで駈け降りていく。


「ちょっと!? 陽花梨さん!!」


 植村さんに一礼をしてから慌てて追い掛ける。とはいえキャスター付きのキャリーバッグを転がしながら全然追いつけない。


「これでいいの? こんな再会で、こんな終わり方でいいの?」


 追いつけないならせめて声だけでも、と大声を張り上げる。

 しかし陽花梨さんの背中はどんどん遠くへ行くばかりだった。

 追いつかないと分かっていても走るのはやめなかった。


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