決して恋に落ちない相手と、ただ静かに終わりの時を待つ町の駅舎で探す夏
「ヒントその一、鳩羽君はぼっち。ヒントその二、鳩羽君はお金がない。ヒントその三」
「ヒントじゃなくて悪口だろ、それ!」
指を折りながら僕の心を蹂躙する陽花梨さんの暴走を止める。
「そんなことないよ。ヒントその三、月曜日になると新しい本を読んでいる」
「あっ!?」
悔しいことに第三ヒントで気がついてしまった。確かにヒントというのは嘘ではなかった。まあ、悪口も兼ねているけれど。
「僕が教室でいつも本を読んでいるのを見られていたんだ」
「そう。ブックカバーも帯びもない、図書館のシールを貼られた本を、ね」
毎週末図書館に行く僕は、毎週月曜日になると新しい本を持って学校に行く。
しかも文庫本ですら図書館で借りてくるのだから、お金がないのもバレていたのだろう。
「友達もおらず、いつも本を読んでいる。そんなに本が好きなくせに文庫本すら買わないんだから、遊びにお金を使うとも思えない。そして夏休み初日、お金も友達もない鳩羽君は図書館に行くに違いない。そう推理して待ち伏せていたの」
「なんか色々と失礼な推理だね」
「でも当たってたでしょ?」
「……はい」
いくら反論したくても当てられているのだから言葉もない。
でも疑問はもう一つある。そしてこちらの方が、僕としては知りたいことだった。
「偶然じゃないのは分かった。でもなんで僕だったの?」
「もしかしてまた自意識過剰になってる?」
「な、なってないよ!」
生温かい目で鋭い指摘をされ、しどろもどろになってしまう。
「そういうところも理由の一つ」
「そういうところ?」
「そう。真面目で、からかわれるとあたふたしちゃう真面目なところ」
「やっぱりからかってたんだね?」
ジトーッと睨むと、陽花梨さんは顔色を変えず舌をチロッと出して戯けた。憎たらしい。
「それに断られなさそうだったし」
「そうかな?」
「そうだよ。だって実際断らなかったでしょ?」
確かにそれも事実だったから、反論はできない。
「それに実際一緒に旅をして面白い雑学を教えてくれたり、人に優しかったり、案外色んな人とすぐに打ち解けてくれたり。期待以上に旅のパートナーに向いているところがたくさんあったよ」
「そりゃどうも」
貶しつつも時おり褒める。巧みなのか適当なのか分からない話術に翻弄されてしまう。
「そしてもう一つ。鳩羽君を旅の道連れに選んだ理由」
「なに?」
「恋愛に興味がなさそうなとこ」
「は?」
唐突な切り出しで呆気にとられる。
「女子と話しているのを見たことないし、もちろん私とも話したことがない」
「まあ、確かに」
「それどころか恋愛小説を読んでいるところすら見たことがない徹底ぶり」
「そんなとこまで見ていたの?」
案外僕のことよく観察していたことに驚いてしまう。
「一緒に旅をする相手だからね。変な恋愛関係に陥る人だと困るでしょ」
「だったら女子でいいじゃない」
「それは駄目だよ。女二人旅だと危険に晒される可能性があるからね。用心棒は男子じゃないと。そして恋に興味がなさそうで、出来れば私のことをよく知らない人が望ましい」
指を折りながら条件を挙げていく。それを苦笑いしながら聞いていた。ろくな理由ではないけれど、一応笑って頷けた。
最後の一つを聞くまでは。
「そして出来れば私も恋に落ちなさそうな相手が望ましい」
オチのように言い放ったその一言を聞き、心がフリーズした。ウケると思っていたのか、本心なのかは知らない。恐らく両方だろう。
陽花梨さんはツッコミ待ちの顔で僕を見ていた。
「なるほど! それなら確かに僕は最適な人材だね!」
慌てて笑うと陽花梨さんはにっこりと「でしょ?」と笑った。
僕は動悸を隠すためにトイレに立つ。
当たり前のことを言われただけなのに、ものすごく気が滅入っていた。何気ない陽花梨さんの言動に一喜一憂していた自分が恥ずかしくなる。
今までの陽花梨さんの態度は全て『絶対に恋をしない男子』に対してのものだと思うと、悲しいことに色んなことが腑に落ちた。
ネカフェで泊まったのも、かき氷をシェアして食べたのも、海水浴したのも、「一緒にお風呂入る?」とからかってきたのも、全てはそう言うことだ。
確かに陽花梨さんが言うとおり、僕は自意識過剰なのかもしれない。
電車が温泉で有名な駅に着き、僕たちは下車する。
温泉に行くためではない。この駅から各駅停車に乗り換えるためだ。
せっかく来たのだから時間があればのんびり温泉にでも浸かりたいところだけれど、あいにくそんな暇はない。
うちの親も陽花梨さんのご両親も心配しているだろうから、早く目的を達成して帰らなくてはならないからだ。
そしてそもそも僕はとてもじゃないがそんな気分ではなかった。
もう二度と陽花梨さんにドキドキなどしない。さっさと目的を果たし、この旅を終わりにしてしまいたかった。
各駅停車に乗り換え、更に僻地へと進んでいく。
いつの間にか線路は単線になったらしく、頻繁に駅に長時間停車しては向かい列車を遣り過ごしていた。
太平洋側とは逆側に海が現れ、緑ばかりだった景色が青色に開ける。
波が荒いからなのか、整備をしていないからなのか、海岸線はゴツゴツとした岩場が目立っていた。
神戸を出たときはたくさんの乗客がいたが、もはや車両にはまばらにしか人はいない。
先に包むにつれ言葉数が減っていった陽花梨さんだけれど、日本海を見てからはいよいよ自分からはひと言も発しなくなっていた。
僕も話したい気分ではないからちょうどよかった。
とはいえあまりにも深刻そうなその表情は気に掛かってしまった。
「綺麗な景色だね」
「うん」
「海水浴も出来るんだよ」
「うん」
「鳩羽君ってプール派? 海派?」
「うん」
頬杖をついたまま、魂が抜けた顔付きで遠くを見詰めている。
気を使って話し掛けるのも馬鹿馬鹿しくなり、僕も窓の外を眺めた。
僕のそんな態度を見て、陽花梨さんも喋るのをやめた。
最寄り駅に着き、電車を降りる。辛うじて駅員さんがいる規模の駅舎を出ると、ついに陽花梨さんの足は止まってしまった。
様々な種類の蝉が、各々のタイミングで鳴き散らしている。
「ここで待ってる?」
僕の問い掛けにも陽花梨さんは反応しないで、ただ俯いている。僕が無視していたことに気を悪くしたというより、施設に行くのが純粋に怖いのだろう。
駅前とは言っても喫茶店の一つもなく、時間を潰せそうなところはない。
駅の中は辛うじて日陰というだけで冷房すら効いていないので長時間待つのには向かないだろう。
「なぁんにも、変わってないんだね」
鬱蒼と広がる辺りの木々、いつから閉めているのか見当もつかない錆びたトタン屋根の個人商店、時刻表だけ浮いたように新しい駅舎。この場所の昔を知らない僕でも、きっとなにも変わっていないんだろうなと納得できる風景だった。
今現在も過疎化が進行中であろうこの場所は、老いに抗わず静かに死を待つ老人のような優しい諦観が感じられた。
「あそこから」
陽花梨さんは駅の隣にある柵を指差す。
「杏花梨は手を振って私を見送ってくれた。笑わなきゃ駄目だって私に言った杏花梨は、最後まで泣かないで手を振ってくれた」
もうこの駅を最終地点として、この旅を終わりにしてしまいたかった。
かつて生き別れた場所に戻ってきて、双子の姉妹の姉の感傷的な涙。
これを『誰も見たことがない夏』と決め付けて、旅の終着点にしてしまいたい。
その時、真っ黒に日焼けした姉妹が虫網を片手にはしゃいで通り過ぎていった。
幼き日の陽花梨さんと杏花梨さんもああやってこの辺りで遊んでいたのだろうか。
人は去って行くものという雰囲気しかないこの地にも、こんなに元気で溌剌とした子供がいる。
土地のものでもない癖に、それが妙に嬉しかった。
『陽花梨ちゃんを支えてあげてね』
不意に西村おばあちゃんの声が聞こえた気がした。
(そうだ。旅をここで終わらせていいわけがない。まだここは、旅の途中だ)
弱気な自分を、唇を噛む痛みで追い払った。
「行こう。どんな結末になろうが、僕が支える。そのための旅のパートナーだろ」
陽花梨さんは振り返り、涙を拭ってから大きく頷く。きっとはじめから逃げる気なんてなくて、ただ背中を押して欲しかっただけなんだろう。




