馴染みのない私鉄の車窓から探す夏
「俺もバイトがなきゃ一緒に杏花梨を探す旅に行くんだけどなぁ」
別れ際、翔太君は残念そうに唸った。
「ありがと。でも大丈夫。私たちで必ず杏花梨を見つけるから」
「おう、頑張れよ。鳩羽も変なことに巻き込まれて大変だろうけど、陽花梨をよろしくな」
翔太君は僕の肩をパンパンと叩いて笑った。初対面の時に感じた威圧感は、もうほとんどなくなっていた。
「ありがとう」
連絡先の交換もしておいた。翔太君のアイコンはやけに気取った角度からの写真で、陽花梨さんにナルシストとからかわれて怒っていたのも面白かった。
翔太君と別れると、また僕たち二人だけの旅は再開される。
退勤ラッシュもピークが過ぎ、やや空いた車内で隣同士で座っていた。
昼間海水浴をした疲れで少し眠くなる。思えば今日も新幹線で移動から始まり、海水浴に陽花梨さんの実家探し、翔太君との再会など慌ただしい一日だった。
ひどい巻き込まれぶりだけれど、正直ちょっと楽しくもある。
「ごめんね」
陽花梨さんの言葉で回想が途切れる。いつもの元気さはなりを潜め、反省した顔をしていた。
「なにが?」
「夏を探す旅だなんて、嘘をついて」
「今さら?」
つい笑ってしまうと、陽花梨さんは戸惑う表情を見せた。
「いきなり道でばったり出会した僕を東京に連れて行って、勝手に泊まることにして、更には関西まで連れて来たのに? 今さらそんなこと気にしてたの?」
「怒ってない?」
「怒ってたよ、東京で泊まった時点で。でも新幹線に乗る時点で呆れに変わって、今はもう楽しんでるから」
「そっか……ありがとう。やっぱり鳩羽君でよかったよ。旅のパートナーは」
どこか気になる言い方だったけど、追求はしなかった。窓の外に流れる見知らぬ街の灯りを見て、遠くにきたものだと改めて実感していた。
おかしな旅だ。
特に親しくもないクラスメイトの女の子に連れられ、驚くような生い立ちを聞かされ、まるで知らない土地に行き、双子の妹さんを探す旅。
昨日までは想像もしなかった展開だ。
でも確かに僕は今、この珍道中を楽しんでいる。この先なにがあるのかは知らない。けれど一生忘れない夏になるのは間違いないだろう。
「あ、そうだ。こんなこと訊いていいのか、分からないけど」
「なに? えっちなことじゃなきゃなんでも答えるよ」
「そ、そんなこと訊くわけないだろっ!」
反省時間はもう終わったのか、いつも通りの軽口でからかってくる。陽花梨さんにちょうどいい中間というものはないのだろうか。
「妹さんを探す旅に出てるって、親は知ってるの?」
「ううん。そこまでは知らない」
「そこまでは? ある程度は伝えてあるってこと? 心配してないかな?」
「大丈夫だと思うよ。泊まりで出掛けるってことは伝えてあるから」
会話の途中で電車は駅に着き、新たに人が乗ってくる。車内は少し混み合い、僕たちは肩を寄せ合う距離になった。
「そんな簡単に泊まりの旅に行くなんて許して貰えるんだ?」
「まっさかぁ。許してくれるわけないでしょ」
「え?」
「置き手紙してきたから大丈夫だよ。『夏を探す旅に出ます』って」
笑いながらさらっと言われても、聞き流せる内容ではなかった。
「それ、全然大丈夫じゃないでしょ!?」
混み合った車内だから大きな声は出せない。潜めた声で、だけど口調だけは強く咎めた。
「そうかな?」
「絶対心配してるって。連絡しなきゃ」
「連絡はしてるって。『なんにもないから安心してね』って」
一気に気分が重くなった。僕の親だって心配しているだろうが、陽花梨さんは女の子だ。心配の度合いも違うだろう。
絶対必死に探しているだろう。もしかしたら警察にも相談しているかもしれない。
見付かったとき、一緒にいる僕は娘を誑かした悪い男的な扱いを受けるのだろうか。いや、まあ、それはいいとして、とにかく心配しているご両親が可哀相だった。
「ちゃんと伝えた方がいいよ」
「生き別れた妹を探しに行くって?」
陽花梨さんにそう言われ、馬鹿な僕はようやく分かった。
行き先を告げないのは、両親のためなんだ、と。
自分たちの娘が今でも昔を恋しがっている、妹と離れ離れになったことを悔やんでいると知られたくない。だから内緒で家を出たのだろう。
「だからと言って……行き先も告げずに娘が旅に出ていったら不安でしょ。余計色んなことを考えちゃうと思うよ」
「うん、まあ……親孝行な行為だとは思っていない」
陽花梨さんは頬を強張らせた笑顔で、視線を僕から窓の外へと向けた。その辛そうな笑顔を見て、僕はなにを偉そうに語っているのだろうと急に恥ずかしくなった。
親に心配をかけているなんて、陽花梨さんも充分理解しているはずだ。それでも中学を卒業した妹さんを心配して、逢いたいと願っている。
親もいて、守られ、愛された幼少期が当たり前だと思っている僕には、陽花梨さんの苦しみも悲しみも分からない。
「なんか、偉そうなこと言ってごめん」
「ううん。そんなことないよ。ありがとう。暴走しがちな私を止めてくれる。それも鳩羽君が私の旅のパートナーとして向いている理由だから。五番目の理由」
陽花梨さんはまた視線を僕に戻して、五指を広げて見せてきた。
「もしあの施設に電話をしたら、きっとうちの両親にも連絡が行くと思うの。だから、連絡は出来ないんだ」
「なるほど……」
一番手堅く手っ取り早い方法を採らないもう一つの理由を聞いて腑に落ちた。
そこで会話は途切れ、西村さんに指定された駅に到着する。電話で言われた通りタクシー乗り場に向かうと、西村さんとはすぐ合流できた。
「よく来てくれたねぇ」
「すいません。図々しく来てしまいました」
「なに言ってるの。私の方が図々しく誘ったのよ」
笑いジワも心なしか上品に見えるのは、駅前の落ち着きながらも小洒落た雰囲気も影響しているのかもしれない。
どの街にもありそうなチェーンの居酒屋店の看板などなく、柔らかなライトに照らされた木製の看板のレストランや、閉店後でも照明を絶やさない喫茶店のような花屋などが建ち並んでいた。
「お荷物をお預かりします」
正装した上に帽子まで被ったタクシードライバーさんが、執事のような恭しさで陽花梨さんの鞄を運ぶ。
「あ、すいません」
恐縮しながら陽花梨さんもそのあとを着いていく。
「タクシーなんていいですよ。歩きますから」
「気にしないで。私の住んでいるところは遠いからとても歩いて行けないの」
「そうなんですか?」
「そう。だからタクシーは毎月契約でお願いしてるのよ。何回利用しても料金は一緒。そういう事情だから気にしないで」
それはこの辺りでは当たり前のことなのか、本当になんでもないことのように西村さんは説明した。




