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彼女の生まれた町で探す夏(と生家)

「それで付いたあだ名がステゴサウルス! ウケるよね」


 何がおかしいのか陽花梨さんは手を叩いて笑っていた。


「ウケないよ。全然、面白くない」


 なんだか腹が立ってきて、ついキツい口調でそう言い捨てた。悪いのはからかった同級生だが、持ちネタのように語る陽花梨さんにも少し腹を立てていた。


「笑ってよ」


 陽花梨さんも笑顔を消して、そして僕に笑顔を強要してきた。


「辛いときは、笑いたくないときは笑わなくていいんだよ」

「笑わなくちゃいけないの! どんなに辛くても私は笑わなくちゃいけないの! 約束したから!」


 僕の苛立った声より更に大きな声で陽花梨さんが怒鳴った。

 その瞬間、大粒の涙がこぼれ、陽花梨さんは慌てて隠すように拭って空を見上げた。


「笑わなくちゃ、いけないの……」


 涙で滲んだ声で、陽花梨さんは呟いた。辺りの人も驚いて遠巻きに見て通り過ぎていく。大声に驚いたのか、蝉も鳴くのをやめて僕たちの様子を伺っているようだった。


「約束って?」

「妹と、杏花梨と約束したの。離れ離れになるけど、いつも笑っててって。辛くても悲しくても笑ってなきゃ駄目だって。私がお姉ちゃんなのに励まされるなんて、やっぱ駄目だ、私」


 僕の脳裏には泣きながら別れを悲しむ幼い双子の姉妹の姿が見えた。

 施設から去る者、残る者。その辛さはどちらも同じだ。自分だけ貰われていく罪悪感に苛まれる陽花梨さん。取り残された不安を抱える杏花梨さん。幼い二人にはどちらも堪えられる苦しみではなかっただろう。


「駄目なんかじゃない。陽花梨さんはいつも笑って頑張ってる。でも」


 陽花梨さんの目を見て、一旦言葉を切る。偉そうなことを言うのは好きじゃない。でも今は言わなきゃいけない。そんな気がした。


「本当に辛いときは泣いてもいい。落ち込んでもいい。笑うのは楽しいときや嬉しいときだけ。せめてこの旅の間は、そうして欲しい」

「……うん。ありがとう」


 僕ごときが陽花梨さんの悲しみを受け止めきれないのは分かっていた。

 だけど受け止めたいという気持ちはある。

 それだけはどうしても陽花梨さんに伝えておきたかった。

 彼女のような美少女に恋愛感情を持つほど身の程知らずじゃないし、即席の友情を振り翳すほど無神経でもない。

 ただ旅の同行者としての願いだ。



 陽花梨さんの生家は海水浴場から電車で数駅移動したところにあった。

 住宅の建ち並ぶ街並みに建材店や部品工場などが入り乱れる雑多な地域だった。


「確か、この辺りだったんだけど」


 陽花梨さんは古い記憶を手繰るように視線をあちらこちらへと巡らせていた。

 小学二年生までしか住んでいなかったし、その後訪れたこともないのではっきりとは思い出せないのだろう。

 唯一の手掛かりは子供の頃の一枚の写真だ。

 家族四人、家の前で撮ったその写真は両親の顔が切り取られていた。


 たとえ実家を見つかったからといって、実の親と会う気はない。

 ただそこに妹の杏花梨が戻っていないかということだけ、知りたいらしい。


 今の親と一緒に暮らす前、陽花梨さんは『松ヶまつがさき』という苗字だったらしい。

 珍名というわけではないが、よくある苗字でもない。

 それを頼りに付近の表札を見て歩いていた。しかしそれなりに広い区域に家が密集しており、探すのは楽じゃなさそうだった。


「もういいよ。ありがとう」


 探し始めて三十分もしないうちに陽花梨さんはそう言った。

 見付からない方がいい。

 なんとなく陽花梨さんはそう思っている気がした。


「じゃあ僕が探してくる。陽花梨さんはどこかで休んでていいよ」

「もういいってば」

「よくない」


 投げ遣りな陽花梨さんを置いて僕一人で探し続ける。

 背後で「勝手にしたらー?」という声がした。言われなくてもそうするつもりだ。


 改めて残された一枚の写真を見る。

 古い二階建ての前で二人は立っていた。遠近感の問題だけれど、親子四人が横に並ぶと隠れてしまいそうな細長いウナギの寝床のような家だ。隣の家との間もないに等しいほど密着している。

 こんな狭苦しい家など珍しいからすぐに見付かるだろうと思っていたが、この辺りはそんな家ばかりだった。


(それにしても、似てるよなぁ)


 並んだ姉妹、陽花梨さんと杏花梨さんは見分けが付かないほどそっくりだった。

 向かって右が陽花梨さんで、左が杏花梨さんらしい。いや、逆だったかもしれない。


 似たような景色を探し、見付けては表札を確認する。単調な作業だが夏の炎天下でするには苛酷だった。

 しかしそう簡単に松ヶ崎家は見つからなかった。

 闇雲に探しても無理だと感じた僕は、付近の人に聞き込みをする作戦に変更した。



「松ヶ崎さん?」


 呼び止めたお婆さんは首を傾げた。知らないけれど聞いたことある。そんな素振りに見えた。

 さっそく一人目から有力情報入手かと胸が躍る。しかしそれはぬか喜びだった。

 お婆さんは「知らないねぇ」と首を傾げる。


 二人目のおばさんも三人目のおじいさんも親切に話は聞いてくれるが、松ヶ崎さんのことはまるで知らなかった。

 どうやらこの辺の人は親切な人が多いらしく、全く知らなくても話を聞いてくれるようだ。


 やはりもうこの辺りには住んでいないのだろうか。

 それともそもそも場所を大きく間違っているのだろうか。

 疑い出せばなんでも怪しく思えてくる。


(駄目だ。こんなところで諦めたら)


 折れそうな心を奮い立たせ、再び歩く。

 シャツはぐっしょりと絞れそうなほど汗を吸い込んでいる。

 『小まめな水分補給をして下さい』という気象予報士の言葉が脳裏を過ぎった。くどくどと何度も同じことを言うと感じていたが、大切なことだから刷り込むくらいしつこく伝えているのだろう。


 自販機でうっすらとレモンの香る炭酸水を買い、日陰に座り込んでガブ飲みで煽った。透明な飲み物というのはどこか清涼感があり、健康にもよさそうな気がしてしまう。

 炭酸はかなり強くぼふっと噎せる。

 そんな僕の前を金髪だけど確実に日本人という男が横切っていく。年齢は僕とそれほど違わないのかもしれない。


「あの」


 普段は絶対に僕の方から話し掛けないタイプの人だ。でも今はどんな些細な情報でもいいから手に入れたくて声を掛けた。

 彼は振り返り、僕を値踏みするように上から下まで見た。


「あ?」


 値踏みした結果なのだろう。彼は威嚇するような声でひと言、面倒くさそうにそう返事をしてきた。


「ちょっと伺いたいんですが、この辺りに松ヶ崎さんというお宅を知りませんでしょうか?」

「松ヶ崎?」


 金髪君は目を細めて細い眉を歪めた。

 何か知っている。

 直感でそう感じ取った。


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