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亜希とソーイチ

「ん~、青い」


 彼女は親指と中指でつまむように持上げた青いビー玉を目の上にかざし、窓から降り注ぐ太陽の光をビー玉越しに覗きこんで呟く。



「そして丸い、これはあたしらの住んでる地球と一緒だねぇ」



 彼女、亜希の言うことに意味はない。本人も別に深く考えてはいないだろう、どうせ。

 亜希は天然でかつ天真爛漫な女だ。口調や仕草からするに、きっと頭はそれほど良くはないのだろう。



「何をいきなり突拍子もないことを。ビー玉はただのガラス玉だろ。そもそも、そのビー玉はどこから出てきたんだよ」

「ん~、この小屋の中に落ちてた。それも二個」

「ホント、君は節操が無いな。まるで子供だ」

「中学二年生はまだ子供だもん。ソーイチくんだって一個上なだけで、同じ子供だよ」



 ああ言えばこう言う。皮肉を言っても、馬鹿にしても、彼女はそもそも言葉の意味に気付いているのかさえ疑わしい。本当に子供なんだなと思う、そういう自分もまだ子供だが。



「そろそろ晩ご飯買ってくるね、何が良い?」

「重すぎず、油っこくない弁当で。あとお茶」

「おっさんだね、任せて。じゃ、行ってくるね~」



 うるさい、と呟いている間に彼女はバタバタと身の回りを整えて、軋む音の鳴る小屋のドアを開けて飛び出していった。彼女がいるとまるで戦争だ。


 部屋には僕だけが残る。その空気はとても穏やかで、小屋の周辺も含め本来の静けさを取り戻していく。

山の麓にある小屋、周囲は木々に囲まれており、風が吹く度に葉が騒ぐ音がして夏らしく心地良い。何年も放置されているこの小屋は全てが木造でボロには見えるが、幸い風がよく通るため湿気りはなく乾燥している。


 僕は二日前に家出をした。


 元々この小屋を拠点にしようと考えいた為、僕はここに来た。そしてたまたま同じく家出をして来た亜希とここで鉢合わせた。


 そんな流れで、僕と彼女の奇妙な家出生活が始まったのだ。



***



 夏休みのとある夕方、僕は家出を決行する準備をしていた。


 家族は両親と兄の四人家族。父親が医師、母親が看護士として働いており、兄はどこかの大手IT企業で活躍していると聞いている。生活は一般的な家庭よりは裕福で、同級生と比較するに不自由なく生活してこれた方なのだと思う。


 勉強も得意な方で、成績は上から常に三番以内をキープ。県内で一番と言われている進学高の受験も労せずかわせると踏んでいる。


 今のところ順風満帆な人生、何の苦労をしなくても与えてもらえる環境、家族は僕の将来を勝手に決め込んで、その通りに動いている僕を安堵した目でいつも見ている。何の想定外も障壁もないかのように。



 それが僕には実につまらなかった。



 いわゆる反抗期と呼ばれるものか。僕は聡一郎という一人の人間であり、両親の作品でもなんでもない。僕にも意思があるのだということを、両親や兄に知らしめたかった。



 だから僕は家出を決意した。



 家出先は二年前に隠れ家、なんて言って数度だけ遊んだ地元の山にある小屋にした。

 久し振りに小屋の中を確認した時、中は昔遊んでいた当時のままで、人の出入りが限りなくゼロに近いと思ったからだ。


 物置から父親の寝袋やランタンなど、サバイバル系アイテムを調達する。

 着替え、生活必需品を集め、万が一の寒さ対策に薄いブランケットも一枚、大きめなボストンバッグに押し込んでいく。一定期間の食料と水は小屋の近くのコンビニで調達する為に、財布にはちょっと多いが三万円を入れた。


 家を出る際には書き置きを残した。



『家出します。三日後には戻ります。聡一郎』



 これを家出と呼んで良いのかは分からないが、期日を記した。そうでもしないと両親のことだ、警察にでも何でも言って全力で捜索されても困る。ああやって期日を書いておけば、世間体を気にして簡単には警察へも届けにくいだろうし、近所にもバレずに通そうと思えば通せるはずだ。



 こうして午後の四時を迎えた時点で、僕は家出を決行した。



***



 自転車で移動は出来ない為、バスに乗ってしばらく。山の中のほんの少しの集落があるバス停で降りた僕は、重いボストンバッグに肩を少し痛めながら小屋を目指して歩いていた。

 道路が砂利道に変わると、靴の裏へのごつごつとした歪な感覚が容赦なく感じられる。歩きづらさが余計にストレスとなりながらも、僕は黙々と小屋を目指す。


 小屋まであと五分程度、不意に鼻頭に冷たい滴のようなものを感じた。雨だった。

雨は降り始めて長い時間も経ずにその強さを増していく。

 バッグの重さや肩の痛み、足の違和感などを忘れ、僕は小屋に走り出した。


 小屋に着くと同時に、僕は荷物をテーブルの上に置いた。バッグを開け、中からタオルを取りだし頭や濡れた衣服を拭く。


 雨足は更に強まり、小屋の屋根を容赦なく叩き付ける雨の音に少し恐怖を感じていた。



「いきなりの洗礼だな……」



 呟いて窓の外を見ていたとき、小屋のドアが勢い良く開いた。

 ドアに目を向けると、そこにはスポーツブランドの大きなワンポイントが入った白いTシャツに、デニムのショートパンツを履いた、黒髪ショートの同い年くらいの女が全身ずぶ濡れで立って僕を見ていた。



「あ、え?」



 僕はただ驚いた。ここには僕しか来るはずではなかったから。


 女は急いで来たのだろうか、息を切らして肩を上下していた。雨に酷く濡れた彼女はTシャツもべったりと身体にはり付き、決して大きくはない胸の膨らみのラインをより強調していた。

 身に付けているであろう下着の色まではっきりと見て取れ、恥ずかしさのあまり僕は思わず目を逸らした。


 きっと彼女は僕の視線の先に気付いていながらも、ふうと息を吐いて僕に向かって手を出した。



「タオル貸して!」

「あ、ああ」



 僕は言われるがままタオルを彼女に差し出した。


お読みいただきありがとうございます。


次話は11月4日、午後7時投稿予定となります。

どうぞお楽しみくださいませ。

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