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【箱売り】

作者: 耳原 万代


 箱屋には今日も客が来ない。


 放浪の末にくたばったじい様が、何の道楽なのか集めていた箱。

その箱の処分に困り、捨てるのも勿体ないと考えて始めた店だったが、やはり箱だけを売っているとなると奇怪なものを見る視線が集まるだけで全くもって金が懐に入らない。

最近では店先に並べられた箱を椅子代わりにして、茶を飲みに来ている物好きがたまに訪れるだけだ。


「それでここって何を売ってる店なんです? 」


 そんな物好きの一人の女生徒が、古臭いおさげをなびかせながら俺に話しかけてきた。

前にも話しただろう、と言葉を返そうとしたが思い返してみれば彼女に確りとした説明はしていなかった気がする。

俺は眠さから来る欠伸を噛み殺しながら、彼女の方へ顔を向け、


「箱だよ、見ればわかるだろう。だけど、売っているものは幸せだ。箱はただの入れ物だよ」


 と言った。


 俺の言葉に彼女はきょとんとした顔になる。無理もない、俺もじい様から聞いたときはそんな顔になったものだ。


「その箱はうちのじい様が日本中歩き回って集めたもんで、じい様が言うにはその箱の中には旅先で出会った人たちの幸せが入ってるんだとさ」

「その……幸せってなんですか? 」

「それは俺に聞かれても困る。中身を知ってるじい様はおっちんじまったし、開けてみたこともないからな」


 適当に相槌を打つ彼女を尻目に、俺は手近にある小さな木箱を手に取り、それを試しに振ってみせた。

木箱の中からはカラカラと固い物が転がる音が聞こえてくる。


「中に何か入ってるだろ? それがきっと幸せなんだろうよ。まあ、宝石とかその辺りじゃないか? 」


 ほら、と彼女に声をかけ木箱を投げる。

彼女はバタバタと慌ただしく木箱をお手玉のようにして受け取ると、俺と同じように木箱を振り聞き耳をたてた。


「……本当だ、何か入ってる」

「他にもいっぱいあるぞ、どうだ試しに買ってみないか」


 身内の恥ずかしい話をしたんだ、少しぐらい業突ごうつっても良いだろう。

俺はカウンターから這い出て棚に陳列された箱の数々を抱え、彼女の前に運んでいく。

歩くたびに箱の中からは無数の音が鳴り響き雑音たちが大合唱をしている。耳障りだ。


「へぇ、面白いですね。なら一つ買ってみようかな」

「買ってけ買ってけ、一つと言わず十でも二十でも。今なら安くしてやるよ」

「いえ、そんなに鞄に入りきらないので……」


 そう言って笑う彼女は、どこか愛おしそうなおもむきで箱に聞き耳を立てていく。

真剣そうだ。何故かそう見えた。


「あ……」

「どうした? 壊したなら、購入してもらうぞ」

「違いますよ! ……これ、これにします」


 彼女の手にはてのひらに収まるほどに小さな箱があった。

小さな箱を選ぶとは、さながら舌切り雀の小さな葛籠つづらのようだ。あの話ならば小さな葛籠つづらには大判小判が入ってた、彼女もそれを見越してのことなのだろうか。


「小さい箱だな。なんだ舌切り雀よろしく小さい箱には宝の山がって感じか? 」

「そんなんじゃないですよ。ただ、お爺さんが集めてた幸せって言うのが気になったんです。ほら、これ振ってみてくださいよ」

「ん、おう……」


 促されるまま小さな箱をつまみ耳の前で振ってみる。


「あれ、これ……」


 聞き間違いかと、今度は強く振ってみる。しかし結果は変わらない。


「これ、何も入ってないじゃねぇか。音がしないぞ」

「そうなんですよ、だからそれが欲しいんです」

「おいおい、良いのか。売ってる側からしてなんだが、こんなもんが欲しいのか? 」

「はい、凄く。だって気になるじゃないですか。その中には幸せが入ってるんでしょう? 」


 確かに気になるが、何も入ってないならわざわざ買って開けなくても、と俺は思う。きっとそれは彼女との感覚の違いなのだろう。俺は小さく溜め息を吐いた。


「呆れたな。まあ、お前が欲しいなら文句はないさ」

「やった。じゃあお値段は? 」

「ソレなら言い値で良いぞ、タダでもくれてやるさ。元々要らない物だからな」


 ぶっきらぼうに俺がそう言うと、彼女は顎に手を添えて考え始めた。ふと何かを思い出したような素振りを見せたかと思うと、肩にかけた鞄を探りはじめ、握り締めた拳をそのまま俺の前に差し出した。


「……これは? 」

「お守りです。これと交換と言うことで」

「お守りって……。おいそれとあげて良いもんなのか? 」

「幸せを貰うんですから、幸せと交換した方が良いのかなって思いまして」


 呆れ返って言葉も出ない。彼女がそれで良いなら良いのだろう。俺は二つ返事でお守りを受け取った。


「じゃあ、これはいただきますね。早速家で開けてみます。それじゃあ、また! 」


 そう言って彼女は嬉しそうに店を飛び出していった。あんな箱一つで笑えるなら人生楽しそうだ。俺は走り去る彼女をなんとなく目で追っていく。彼女が道を曲がり見えなくなると、手の中にあるお守りに視線を落とした。


「……ん、これ」


 お守りには『恋愛成就』の刺繍が施されていた。

読んでいただきありがとうございます!


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