第9話 高校野球、青春のヒトコマ
10.高校野球、青春のヒトコマ
由香さんとの"ツーリングデート"からの帰り、
オレは、大村からのテキストメッセージにレスしていないことを思い出した。
<センセイ、次いつ会える・・・?>
なんて意味深なメッセージなんだ。。。
これってもしかして、、、いやいやあまり深く考えないようにしよう。
しかし、こいつは知らないのかもしれないけど、歳も1コしか離れてないんだぞ・・・。
受験生のアイツは理系科目が不得意だから、
この時期は学力のテコ入れをするには大切なタイミングなんだ。
だから、高等部の講師であるオレを頼ってくれているんだ!!
家に着くや否やバイクから飛び降りて、スマホでグループメッセージにレスをする。
<ごめん、レス遅れて。夏期講習最終日はファミレス講習できなくて悪かったな。
どうだ、受験勉強の調子は?>
ソッコーで既読が2件付く。まあ、夜10時だしな。。
このグループメッセージには、オレと大村と中谷がメンバに入っている。
つまりは、アカデミーサイゼリア専用の連絡板といったところか。
<センセイ、おっそーい(怒ってる顔文字)でも、レスありがと。
おかげさまで分からない場所がたくさん溜まってます~。>
<お、おう、そうか。どのあたり??>
<数学の二次試験対策はなんとか大丈夫なんだけど、物理のセンター試験対策がちょっと・・・>
(さすが、トップ高校に通っていることはあって、
数学は基礎を抑えているから二次試験もこなせてるようだ)
<・・・わーったよ、じゃあ次の日曜の昼はどうだ?>
すかさず、中谷からもメッセージが入ってきた。
<おぅ、センセイおつかれっす!オレもいく!宿題ヤバス(ドクロの絵文字)>
<やったー!ぜひよろしくです。あ、でも土曜の昼がいいな、できれば・・・・>
自分の手帳を見やって、
じゃあ土曜の13時にいつものファミレスで、とレスした。
スマホを閉じようとしたら、またメッセージの着信があった。
(まだ何かあるのか、勉強しろっての)
<センセイ、オレの高校の野球部、地区大会の決勝、ついに明後日なだんだよ!>
中谷だった。そういや、授業中にそんなこと言ってたな。
<あ、そうだったな、すげーよな。>
<応援もせいが出るね~少年よ(ハート)>大村も入ってきた。
<(ピース)センセイもよかったら応援に来てよ。オレ、トランペット応援してっからさ!>
(うーん、野球にはそんなに興味はないが、まあ予定もないしなあ、、
ちんけな予選じゃなく決勝なんだからということで、興味が惹かれないこともなかった)
<そうねぇ、気が向いたらいくわ~>
<出た、なにそのやる気のない回答(青筋の絵文字)まあ、期待せずにいますよー>
<笑。じゃあ、熱中症には気を付けて頑張れよ!!>
<はい!(パンチマーク)>
野球の観戦席ってのはこんなに暑いものなのか・・・。
盆地がちな多摩独特の熱気で、30℃は軽く越していると思う。
ほい、っとペットボトルのスポーツドリンクを手渡された。
「ハルキが野球観戦なんて珍しいんやないか?ハルキって球技不得意じゃなかった?」
「うるさい、それはやる方で、見る方は嫌いじゃない」
こいつは浦上シュウ。
同じ高校出身で、東京の大学に進むのは、ウチの高校ではシュウとオレだけ。
で、この春一緒に上京してきたのだ。
もともとは中学からの知り合いだが、高校で仲良くなって、
いまとなっては「東京の都会の雰囲気や人間関係に負けない同盟」を組む親友だ。
田舎モノにとってみると、都会は脅威だ。
事実、都会での人間関係や環境変化についていけずに、
ふるさとに出戻りしてくる先輩たちをたくさん見ている。
だからこそ、「オレたちは負けない」って二人で誓っているのだ。
ふるさとに帰らないことは、一種のステータスのように感じながら(笑)
高校時代の延長で、夕べから徹夜でバンドをやっていたらしく、おおきなあくびをしている。
シャツとハーフパンツをラフに着崩して、あごにオシャレ無精ヒゲをはやしたシュウは
一歩間違えば浮浪者だが、中学からのどことなく都会的なバンドマンとしての雰囲気がそうは見せなかった。
「てか、悪いな。夏休み中なのに付き合ってもらって」
「いいってことよ~、昼の予定はガラ空きだし、実家にもこの夏は帰らん予定やからなあ」
今日は、オレがシュウを誘ったのだ、ひとりで野球を見に行くのも寂しいし。
上京してから、予定があいてまず声をかけるのがシュウで、基本的につかまらなかったことはない。
試合は6回ウラ、中谷の高校側の攻撃で、2-1でリードしている。
「さすがに決勝ともなるといい試合するなあ。バカスカ打たれることもない」
「そうだなあ、両方のエースピッチャーがなかなかいい抑えをしてるし、守りも堅い。かといって打線も弱くないしね」
「・・・なあ、お前最近桐山ヒトミと連絡とった?」
ふと、シュウは試合に視線を向けたまま、尋ねてきた。
「・・・いや、特に。あれも、今思えばいい思い出だったなあ。って、オレらのことシュウに話したっけ?」
オレが驚いた表情でシュウを見ると、はは、とシュウはオレを一瞥すると笑ってみせた。
「お前らが付き合ってることなんて、学校中みんな知ってるぜ。
よっぽど鈍感でおめでたい二人なこと(笑)まあ、でももう別れてるってのはなんとなく感じてたけど」
(そっか・・・)
たった1、2年なのに、高校から大学に入ると何もかもが"昔の話"として自分の中に像を結んで、
たとえ恥ずかしいことや怒ったことであったとしても、雪解け後の春の訪れのように穏やかに思い出すことができる。
オレとシュウの場合、
ふるさとから物理的にも距離が離れていることが、その感を一層強いものにしているのかもしれない。
「でも突然なんで?」
「あ、いや別にないけどな。こういう青春の1ページって言うの?
高校野球を見てるといろいろ思い出すからさ」
(ふーん、そんなもんかな)
(・・・こいつは今でもおめでたいやつだ)
シュウはボソッとつぶやくが、ハルキの耳には届かない。
ウワーッ、一斉に喚起の声が上がったのは次の瞬間だった。
8回オモテ、相手側の高校が、スクイズを決めて2-2の同点となったのだ。
マウンド上のピッチャーのところに野手が集まって、お互い励ましあっている。
「踏ん張りどころだぞー、ガンバレ!!」
シュウが立ち上がって隣で叫んでいる。オレも負けずとエールを送ってやるかー。
その回はなんとか追加点を許さなかったが、
相手側の守りを切り崩すこともできず、9回を2-2の同点で迎えた。
「なあ、ちょっと最近いろいろバイトであってなあ」
オレはシュウに話し始めた。由香さんのことや大村とのやりとりが中心ではあるが。。。
「・・・あいかわらず、お前はモテモテだなあ。」
「あ、いや。。。モテてるのか?二人に対してどう接すればいいのかわかんなくてさ。
ほら、オレ、ヒトミ以外につきあったことないしー」
予想外の深刻そうなオレの顔を見たシュウは、プッと噴き出して正面に向きなおった。
「恋という人生のマウンドに立つ新藤センセイは
今まさに2人の走者にプレッシャーをかけられてるってことだな」
9回オモテもなんとか無失点で抑え、最終回の攻撃。
両者とも円陣をくんでものすごい気合だ。炎天下のなか、よくこんなエネルギーが残ってるもんだ。
1アウトから相手方のエースピッチャーが急に崩れ始めた。
こちらが2番打者からの攻撃であることを意識しすぎたのかもしれない。
連続四球と盗塁で一気に1アウト1塁3塁。
2人の走者ともリードを大きくとるが、ピッチャーはもはや牽制をすることなく、
打者との真剣勝負に集中しているようだ。
「なんかいまのハルキみたいだな(笑)
駆け引きをするつもりはないのに、ゆるいボール球ばかり投げてるといつの間にか2人に塁に出られてる。
ハルキは意識しなくても、ゆるゆるな思わせぶりな球を投げるのが得意だからな(ニヤリ)
少なくとも、オレはその被害者を高校時代に2人は知ってる・・・」
(なにを言ってんだか、コイツは、、)
「オレはいつでも真剣直球勝負だよ。
自慢じゃないけど、『新藤センセイの数学の授業はむっちゃアツイ』っていっつも言われてんだぞ?」
「こりゃ天然だ。どっちつかずな甘い球ばかり投げてると、何も得ることなくゲームセットされんぞ?
それか、態度をはっきりして、ストライク球を投げて打ち取るか。お前はどっちだ・・・」
じりじりと照り付ける直射日光が演出するマウンド上のカゲロウに、
二人の姿をイメージしながらこれまでのオレの態度を思い出してみた。
カキーン、ちょっと遅れて耳に届いたその打音は、試合を決定づける一打だった。
試合は、サヨナラ犠牲フライで、中谷の高校の勝利。見事甲子園に進むことになった。
となりで手をたたいているシュウは「いいぞ!よくやった!」と歓喜の雄たけびを上げている。
「な?あのピッチャーには、リスクをとる覚悟がなかったんだ。
その結果、2人のランナーからのプレッシャーに負けて、試合にも負けてしまった、ってな」
帰り際、観客席の出口でどこかで聞いたことがある声に呼び止められた。
「センセイ!!」
多摩ゼミに顔を出すときとは違うトランペットマンとしての風格が漂う中谷に言う。
「いい試合だったな!おめでとう!」
オレを押しのけてシュウも中谷の前に出た。
「あーキミがハルキの生徒クンか。いや~、よかったね。おめでとう!」
中谷は、少年のように照れを隠して、やったーとオレとシュウとハイタッチをした。
帰りの電車の中で、多摩川にかかる鉄橋を照らす夕陽を見ながら、
今日感じた青春の輝きの一瞬一瞬に感傷的になっていたのか、
それともシュウから言われた、人生のマウンドに立つオレの姿に戸惑っていたのか、
ふと涙がこみあげてくる感じがした。
(11.生徒ファイル⑦ 碧眼の剣道士【前編】に続く)