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オレと生徒は1歳差!?  作者: 谷 透
第1章:【共通編】春から夏まで
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第8話 未確定のデートの過ごし方

9.未確定のデートの過ごし方

朝8時半の多摩川に架かる橋の上で、

アメリカンバイクを止めてたたずむオレひとり。


ゆうべの打ち上げの酒が抜け切れていないのに、

なんでこんな土曜日の朝から、

早朝ウォーキングに出かける健康市民なようなことをしているかといえば、

あの人から、この時間、ここに、バイクで来い、と言われたからだ。


しっかし、さすがは夏休み。

ラジオ体操から帰ってさっそく遊びに繰り出す小学生も多くて、

土手沿いのランニングコースは昼間のような混みよう。

朝からげんなりするようなセミの鳴き声の嵐を背に、

朝陽とは思えないほど強烈な日差しをサングラス越しに感じながら、

自分の置かれている状況を振り返ってみた。


(うん、たしかに昨日の夜は、水谷センセイと最後"イイ雰囲気"ではあったけど、

 「あした私につきあってよ」と突然言われたのは一体何なんだろうか・・・。

 今日は、やっぱりこれはデートなんだよな・・・。あ、いやゼミのレジュメの手伝いとも言ってたよな。

 でもバイクで来いって、どこにいくんだ、ヘルメットも2つ持ってきてって言われたし・・・)



「よっ、おはよう!」

背中をポンとたたかれたと思ったら、

柑橘系のさわやかな香りだけがオレを通り越していった。


振り返ると、キャップをかぶった水谷センセイが息を切らせて立っていた。

タイト目のジーンズを履いて、細い腕元からはカランっとリングのブレスレットが2つのぞいている。

「・・・お、おはようございます。」

一瞬の気負いに負けることなく、平然と返してみた。


暑いとはいえ、バイクに乗る心得があるのか、

半袖半ズボンじゃなくきちんと薄手の長袖とロングパンツだ。

「ごめんね、待った?ジョギング帰りのシャワー浴びてたら遅くなっちゃった。

 それにしても、朝一からそのやつれた顔はなにぃ?(笑)

 でもまあ昨日は飲みすぎたからムリもないかな」

あはは、と爽やかに笑う水谷センセイ。


「で、どこに行けばいいっすか?」

爽やかすぎる水谷センセイを直視できない。。

オレはそれをごまかすように話を進めた。

「うん・・・、千葉の白浜に行ってほしんだよね。」

「白浜って、あの房総半島の一番みなみにある、館山よりもさらに南の?」

少しだけ顔をうつ向かせた彼女は、口元に微笑みを浮かべて、

申し訳なさそうにうなづいた。


白浜までは、アクアラインを使って、

さらに館山自動車道を南下することトータル2時間。

絶好のツーリングルートではあるから、運転しているオレからすると全く苦にならない。

後ろにタンデムしてる水谷センセイはどうかといえば、

左手はオレの肩に、右手は背もたれに慣れたような体勢で風を感じていた。

(なぁんだ心配して損した。ツーリングはやっぱこうでなくっちゃな。)


海ほたるで休憩したあと、館山市街に着いたのが12時前。

適当に駅前の海鮮丼屋に入って食事を済ますと、

空になったドンブリを前に、センセイに尋ねった。

「で、これからどっちのほうに行けばいいですか?」

すると、彼女は口をまだもぐもぐさせながら、リュックの中から

一枚のA4のパンフレットを取り出してオレに手渡した。


(白浜フラワー・ケアセンター?)

ページをめくると菜の花に囲まれ、太平洋を一望できる白い建物が写っていた。

(老人ホーム・・・のようなところかな?)



房総半島最後のトンネルを抜けると、一気に景色が開けて

それまでは右手に見ていた東京湾から、

今度はオレたちの真正面に太平洋が見えるようになった。


(うわっー、きれいだ!潮風がさわやかで気持ちがいい・・・)

ゆっくり走っているので、後ろのタンデムシートで

由香さんが両手を伸ばして背伸びしているのがわかる。

水平線に近い沖のほうで、ウィンドサーフィンの帆が4つ5つくらい、

カゲロウのなかに揺らめくのが見える。

(これだけでも来てよかったよなっ!)


その建物はパンフレットどおり素晴らしいロケーションにあった。

バイクを正面玄関に止めると、夏の直射日光と蝉の大合唱が襲ってきた。

(あぢぃぃ・・・これまで風を受けてたから、止まると急激に熱さがクル)

ひょいっとシートから飛び降りた由香さんが、

オレにヘルメットを渡しつつ、建物を指さして言った。

「ロビーの横に喫茶室があるから、そこで待っててもらえるかな。」

「あ、はい。」

「うーんと・・・ごめんね、1時間くらいかかっちゃうかも。。」

「はぁい、ごゆっくりどうぞ~」

由香さんは両手を合わせて軽くウィンクすると、勝手知ったる感じで、

オレの向けて指さした建物とは別の白い建物のほうにゆっくり歩いて行った。



3時を回って、喫茶室の南向きのガラス越しに、

もろに降り注いでくる西日に目を覚ました。

読もうと思っていた小説は半分以上を残して、

ツーリング疲れからか冷房の心地よさに寝てしまったようだ。

(もう1時間ちょっとすぎかあ、ちょっと探検してみるかなあ)


そう思った瞬間、

喫茶室の前のテラスに二人の人影が見えた。

一人は車いすに座った50歳前後のご婦人、

もう一人はそのご婦人のために日傘をさして、車いすを押している。

逆光でよく顔が見えないが、二人とも海のほうを眺めているようだ。



春には一面の黄色い花を咲かせる菜の花の青々とした草っぱらで、

二人、こうして夕陽を眺めるのはあと何回できるだろう・・・。

車いすに座っているこの人は、

もう昔のように私にやさしく語りかけてくれることはできないけれど。


でも、私はこの時間がとても好きだ。

私たち以外、誰にも立ち入ることのできない静かなひとときが。


「今日ね、頼りない後輩クンにバイクでここまで連れてきてもらったんだよ。

 彼は数学の授業中にすごくいいことを言ってくれたの。

 

 『人間が想像できることは、数学上は絶対に表現できる。

 一人の人間は、一本の数直線の座標にとらわれることなく、

 座標を見つけるために、世界を自由に泳いでいけばいいんだよ』


 だって。」


潮風にかき消されそうなくらいの小さな声で話しかける。

そう、と言わんばかりの穏やかな表情を浮かべて、

車いすを握る私の手にそっと触れてくれた気がした。


私たちの目の前にある海のどこかに、私がほんとうにいるべき座標がある。

決められた数直線上の人生なんかじゃなく。。。




「ごめん、ずいぶんお待たせしちゃったね。」

由香さんが落ち着いた表情で髪をかき上げた。


「ここね、、

 余命が短い人がその余生を過ごすためのホスピスなんだ。

 私の、、その、、知り合いがいてね。たまに来るんだ。

 この前来た時は、自分でちっちゃいレンタカーを借りたの。

 でも、今回は、なぜか新藤くんと来たかったんだ。

 あ、今日の目的だった、レジュメのネタもきちんと仕入れたよ・・・」


「・・・本当に、ありがとう。」



帰りは急ぐこともないので下道で帰ることにした。

サンセットロードという名前にふさわしく、海岸沿いを走る国道は一面のオレンジ色に染まっている。

左手の東京湾の奥に、川崎か横浜あたりの工業地帯を影絵にしながら、夕日が沈んでゆく。


そして、また朝落ち合った橋に着いたのは、とっぷりと日がくれた8時過ぎ。


「今日は、本当にありがとう。

 また今後は夏期講習後半戦で。頑張ろうねっ!!」

ふと、由香さんがオレに手渡してくれたのは、

五千円札と、犬のカタチをしたマスコットの小さいストラップ。

「今日のお礼。お金は今日のガソリン代。

 あと、そっちは、ふふ~、かわいいでしょ、千葉の物産館で買ったんだぁ。

 これっぽっちって思わないでね。めんご。」

「あっ、こんなにいりません。僕も、、楽しかったですから!」


五千円札を押し返そうとしたけれども、もう由香さんは橋の向こうに走り始めていた。

振り返ってこう言う。

「後輩クンは、先輩からもらったものは受け取って、そして大事に使うものだよー」


(まったく、3つ上なのにフランクな先輩なんだから・・・)

その犬のストラップをバイクのカギに取り付けると、

タンデムシートに残った由香さんのぬくもりに少し手を当ててバイクのスタンドを上げ、

家に向かって走り出した。



(新藤センセイ、メッセージ返してくれないなあ・・・。)

大村ユキは、

受験勉強に一区切りついたところでまだレスポンスがないことを確認すると、

小さくはぁと溜息をつくと、背伸びをしてそっと部屋の窓を開けた。

東京にしてはめずらしく空気が澄んでいるのかよく星が見える夜空に、

新藤センセイがこの前教えてくれた、複素数平面の座標軸が見えるような気がした。


(10.高校野球、青春のヒトコマに続く)

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