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オレと生徒は1歳差!?  作者: 谷 透
第1章:【共通編】春から夏まで
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第7話 先輩と生徒と夜の街

8.生徒ファイル⑥ 先輩と生徒と夜の街

「では、怒涛の夏期講習の前半戦5日間が終わったということでっ、

 お疲れさまでしたーー!」


山脇センセイの掛け声に続けて、

小学部から高等部までのセンセイ全員12人がジョッキを鳴らした。

「カンパーイ!!」


「いやぁ、こんなに大変だとは思いませんでしたよー。」

「そうかい(笑)?ボクのほうは、新藤くんが来てくれたおかげで

 ずいぶん楽をさせてもらったよぉ。」

ぐったりとしているオレの肩をポンポンとたたきながら、

労をねぎらってくれたのは町村センセイ。

オレと同じ高校数学を担当している大学3年生。

オレがこの塾に入る前までは、一人で高校数学を回していた功績者だ。


自然な流れで、3つのテーブルに

小学部・中等部・高等部のセンセイがそれぞれ集まって、

この5日間に起きた出来事を振り返りながら、

そんな話を肴にビールやカクテルをのどに流し込んでいる。


向かいのテーブルで、

キラキラとした笑顔でほかのセンセイに話しかけているのは水谷センセイ。

今日は飲み会を想定してか、

淡い色のワンピースに紅のカーディガンを肩にかけているその姿には

いつにも増してオトナの女性を感じた。


ふと、その視界を遮ったのは辻田センセイ。

「新藤くーん、お疲れ様でしたー。」

「お、おう」

カチン、とオレのジョッキと彼女のカクテルグラスを鳴らした。


「いつもお姫様なあなた様から近づいてこられるとは珍しいじゃないですか。

 そんなにオレと飲みたいですね~。了解了解~(笑)」

「そんなんじゃないわよ、

 一緒に飲んでた坂口くんが小学部に拉致られちゃったからさー」

辻田と坂口は、大学は違うけどオレと同じ1年生で、この塾に入ったのも同じ。

つまり同期ってやつだ。


辻田は水谷センセイとは別の魅力を持っていて、

なんというか、そう、昭和のアイドルっぽい奥ゆかしさを醸し出しつつ、

中身はサバサバとしたお姫様なのだ。

それでいてとても寂しがり屋なのだけれど、

彼女のまわりには常に性別問わず人がいる。


「それにしても、高等部英語は華やかでいいなあ。オレも生徒になりたい気分。

 植村なんて、オレの数学の授業はいっつも居眠りしてんのに、

 英語の授業は、キリッとしてるもんな。お前そんなに目開けることできたんだってな。」

高等部の英語は、辻田と水谷センセイが受け持っている。

もっとも、水谷センセイは中等部がメインで、

高等部はサブなのだが、生徒からの人気は辻田に劣らず高い。


「そんなことないと思うよ。(笑)」

辻田がオレの脇腹を肘でつんつんと突いた。

(そういうところが魔性なんだよ・・・)


「あ、でもー、高等部の数学もあれはあれで女の子たちからモテてるのよ。

 高等部だけじゃなく、中学部の女の子もね♪」

「えっ、そんな話初めて聞いたぞ。オレは、黄色い声援も、女の子の熱視線も感じたことない。」

ふふ、と辻田が頬をほころばせると

「やっぱり、あなたと町村さんは鈍感ねぇ・・・。まあ意識しないところがいいんだけれど・・・

 そうそう、花姉ハナネエがいつも『新藤センセイと町村センセイどっち派??』ってうるさいもの。

 前に中学3年の集団指導の代講を町村センセイがやったときとか、

 いつもは男の子も女の子も動物園状態なのに、その日はシーンとしてたもんね。

 ねぇ、江崎センセイもそういうの感じません?」

「・・・あ、ああ、そういわれればそうかもしれないね。」


オレたちの斜め前で、

町村センセイと穏やかに飲んでいたのが江崎センセイ。

高校地理・世界史・日本史を担当している。

オレと同じ大学の修士課程、つまり「マスター」の1年生で、講師の中では最年長。

最年長ゆえの落ち着きはオレもほれぼれするくらいで、

職員室では、オレたちがガキっぽい会話をしているのを、

いつも微笑みながら見守っている、そんな感じだ。


「新藤くんは声がいいよね。

 とくに、語りに入ってるときとか、そのバリトンボイスが際立つっていうか・・・」

メタルフレームの細い眼鏡をくいっと指で上げながら江崎さんはやさしく言った。


「えっ、そうなんですか・・・?ていうか、ボク、語りに入ったりします?」

「はぁっ?気づいてないの??」

辻田と江崎センセイが声を合わせてオレにツッコミを入れた。



料理も出尽くして、

それまでは3つのテーブルに分かれていたセンセイたちも

思いのままに移動して、お互いの労をねぎらっている。

室長の池垣先生に至っては、

はじっこの席で、真っ赤な顔をしながら寝息を立てている。


オレの隣も同じく寝息を立てているセンセイ一名。

先輩センセイにさんざん飲まされまくっていた坂口だ。

(こいつは酒が弱いのに、愛されキャラなんだからなぁ(笑))


ふと、胸ポケットに入れていたスマホに振動を感じた。

「新着メール、1件」


お手洗いがてら、夜風にあたろうと外に出た。

といっても、この飲み屋は多摩ゼミと同じビルの1階に入ってるから、

いつものコンビニ、いつもの道路、いつもの夜景の中にいるだけなのだけれども。


・・・センセイ、次いつ会える?


大村ユキからだった・・・。


そうなんだ、本当なら今日この時間はファミレスで

大村と中谷と夏休みの宿題を手伝っていることになるはずだった。

夏期講習初日から始まった授業後の特別補講、アカデミーサイゼリアだ。


それが、きょうは講師の打ち上げがあって、それを断ることもできないから、

「明日はできない。続きはまた夏期講習の後半に」と、昨日二人に伝えたのだった。

「えーっ」とあからさまに不安な顔をする二人を振りほどいて家路についたのが昨日の夜11時半。

遠足が中止になったように残念がる中谷とは違って、

「次はあと3週間後かぁ、、、」と頬を紅潮させた大村には、何か言いたげな悲しさを感じた。



「どうしたの・・・?飲みすぎちゃった?」

背後からみずみずしい声が聞こえた。振り返らずともわかる、水谷由香センセイだ。

そっとスマホを胸ポケットにしまって、顔を手で拭った。


「はい。」水谷センセイのほうに向きなおると、少しはにかんでみせた。

程よい感じにお酒が入っている水谷センセイはいつもよりさらにいろっぽく見えて・・・。


オレは、隣のコンビニで水を2本買ってくると、水谷センセイに渡した。

「・・・ありがとう」

飲み屋の前に置いてある待合用の長いすに二人腰かけた。

隣の水谷センセイは、脱ぎかけたヒールをぶらぶらさせながら、

ワンピースの隙間から滑らかな足筋を覗かせていた。


しばらく心地よい沈黙のあと、彼女はささやいた。

「『将来の夢は何?』って言ってたあの時期からすると、

 もう私たちはすぐそこまで来てるのかもしれないわね。。。なのに、私はまだ何もゴールが見えていないんだよね・・・」

オレが彼女のほうに顔を向けると、水谷センセイは続けた。

「就職活動しなきゃなんだけど、ね。。。ちょっと、ウチの両親となかなか考えが合わなくてね・・・」


そうか、水谷センセイの家はなかなかの名士で、

親御さんも彼女がふるさとに戻ってきてくれることを願っている、みたいなことを聞いたことがある。


「私、まえに新藤くんが花谷さんたちにしてた話、すごく印象に残ってるの。

 『人間が想像できることは、数学上は絶対に表現できる。

 一人の人間は、数直線にとらわれることなく、世界を自由に泳いでいけばいいんだよ』っていう。

 だから私も自由に泳いでいこうと思うの・・・」

「・・・あ、ありがとうございます、そんなたいそうなこと言ってませんが・・・。」

不意にうれしくなってしまった。

(オレの言葉が少しでも水谷センセイの中に残っているようなら・・・)


「あのー、やっぱりオレけっこう語ってます?ウザいっすね・・・」

「あはは、うん、すごーい語ってる。いっつも腕まくりしながら熱弁しちゃってるわよ」

長いすから立ち上がって、ワンピースとともに柑橘系のさわやかな香りをそこになびかせ、花のように笑った。


「ところで、明日私につきあってくれないかなあ、時間があれば。

 ゼミのレジュメの相談をしたいのよ。水のお礼もしたいしね♪」

突然の誘いに、オレはちょっと混乱して真っ赤になってしまった。


飲み屋の軒先にできている蚊柱を見ながら、

大村への返信は明日落ち着いてからしよう、そう思いながら夏の夜空を仰ぐのだった。


(9.未確定のデートの過ごし方に続く)

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