第3話 みんなのセカイ
4.生徒ファイル③ みんなのセカイ
「みんな席つけよー。」
オレは個別指導の生徒12人のほかに、
集団指導のコマも2つ受け持っていた。
1つが中学数学、そしてもう1つが高校物理だ。
今日は高校物理。生徒は4人。
安藤を中心とするやんちゃ男子3人組と、
寡黙かつ成績は多摩ゼミNo.1の紅一点、永井エレンだ。
オレが入って来ても落ち着きなく、こそこそ話を続ける男ドモ。
かといって、「永井、お前はオレの授業聞いてくれてるよな」という感じで
オレが永井を心のオアシスにできるかというとそうではなく、いつもの澄まし顔で視線は常にノート。
かろうじて耳だけをオレに向けてくれている、といった感じ。。。
(はぁ、、悪いヤツらではないんだが、いつもながら授業を引っ張っていくのにパワーがいるなあ・・・)
と内心、自分で自分をねぎらいながらテキストのページをめくった。
「今日のテーマは電磁波だ。
波の間隔を長くすればみんなのスマホから発せられる電波になるし、
逆に短くすれば放射線となってガンを引き起こす。
中くらいにすれば空に架かる虹となって目に見えるようになる万能な波だ」
~20分後~
演習問題を解く4人を前に、ホワイトボードを消しながら一息つく。
珍しく男ドモも集中して解いている。
(他の教科に比べて、やっぱり「電気」ってやつは男心をくすぐるのか?)
そんな中、不自然な恰好でノートに向かってるヤツがいる。雨宮だ。
利き手を怪我して左手で書いているからだ。
痛々しく包帯に巻かれた右手は
あれから1カ月経つというのにまだ治らない。
雨宮は中学のころから多摩ゼミに通っている古参の一人だが、
当時はワルいなんてもんじゃないほどワルい不良だった。
その原因は家庭環境にあり、裕福な家庭ながら
アルコール依存で暴力的な父親と、熱心すぎるくらいな教育ママな母親。。。
それがガラッと変わったのが、
高校入学して安藤たちと出会ってからだ。
父親に殴られた顔のきずあとを見て、ほかの新入生が雨宮を避けるなか、
小学校以来久しぶりの再会を果たしてごく普通に接したのが、
既にクラスのリーダー的存在になっていた安藤と、図体だけがデカい小島だった。
幼いころからの付き合いだった二人はすぐに雨宮の状況を察し、
ツッパっていた雨宮を「オレらは昔からお前の味方だ」と諭したのだった。
右手の傷は、1カ月前に父親と喧嘩したときのものだった。
(あいつも苦労してるんだよな・・・)
ふと、シャーペンが机に置かれる小さい音がした。
永井が「もう終わりました、早く解説を」と言わんばかりの顔で、
テキストに目を落としている。
悟られないように永井の顔を伺うが、
こいつの顔からはいつも憂鬱さが消えることはない。
メラコリックビューティーというべきか、
祖父母にスウェーデン人を持つクオーターの瞳は青かった。
中学生のころは差別とかが大変だったらしい。
(今度、水谷センセイにでも聞いてみるか・・・)
(しかし思春期まっさかりの中学生はひどいことをしやがったんだろうな。。)
と、高校生を主担当とする自分の境遇に安堵するオレだった。
「はい、じゃあ雨宮。磁石にコイルを近づけると電気が流れる現象のことを何という?」
「えーっと・・・。」
喧嘩のときは加勢する安藤も小島も雨宮と目を合わさずに、もじもじしている。
「電磁誘導な。頼むぞ基礎中の基礎だぜ。」
「あ、そうそうそれそれ。」
(こいつ・・・)
~20分後~
「じゃあ、演習解説はここまで。
今日は電磁波の勉強をしたから、先生からみんなに『今生きているこのセカイって何?』って話をしたいと思う」
「なにそれ、電磁波だから電波な話ってか?中二病?(笑)」
安藤・小島・雨宮が一斉に騒ぎ立てる。永井はノートを閉じると、目を床に投げかけた。
オレは腕まくりをした。
「まあ聞け。電磁波っていうのはその名のとおり波だ。
安藤が言ったように、電波も電磁波の一種だ。
世界は電磁波で満ち溢れている。この教室の蛍光灯からの光も電磁波だ。
しかし、波ってことは伝える何かが必要だよな。水なのか?空気なのか?」
珍しく永井が考え込むように顎に手を当てている。
「そこら中に散らばっている原子とか素粒子?」
「ありがとう。でもズバリな答えじゃないな。電磁波は『場』を伝わる。空間とも言うな。
電気の場、つまり電場が波打つと、今度は磁気の場、磁場が波打って、その振動こそが電磁波だ。
波それ自体が新しい波を作っていくんだ。そしてこの場を永遠に流れ続けるものがある。それは何だと思う?」
「時間・・・」
雨宮だった。右手の包帯をもてあそびながらつぶやいた。
「そうだ、時間だ。時間はどの場にも隙間なく流れる。
ただし、時間ってやつは、自分が場のどのあたりにいるかで流れるスピードが変わっちまう。」
「どうして?」小島が聞く。
「電磁波っていうのは絶対にスピートが一定かつセカイ最速なんだ。
だれも電磁波を追い抜けない。で、電磁波が場を縦横無尽に流れているとするとどうなる?
電磁波は自分自身の波で新しい波を作りながら進むから、場をカオスにしていく。
しかも場には、オレを含めていろんなモノが満ち溢れている。
場がぐちゃぐちゃだから、波が伝わる距離がバラバラなのに『スピードは一定じゃなきゃならない』って、
あとは時間を変えるしかないだろう?」
「セカイは一つじゃなく、みんながいるその時々によって定義され、作られているんだ。
時間の進み方も外のセカイの見え方も、みんなまるっきり違って当然さ。
ある物理学者はこのセカイのことを『時空』と呼んだ。
時空を流れる時間と電磁波は止まることはない。
流れに身を任せるか、必死にもがくか、みんな次第ってことだな。
ただ、このことを知ってるか知ってないだと大違いだと、オレは思う。
今日は以上。」
オレが教室を出ると、室長の池垣センセイがぼそっと話しかけてきた。
「安藤たちに相対性理論とは参ったな(笑)」
(5.生徒ファイル④ アカデミーサイゼリア結成!に続く)