第24話 オープンキャンパス
25.【大村ユキ 編】 オープンキャンパス
昨日関東地方を通過した台風の吹き返しの風が強く残るなか、
オレは大学のキャンパスに自転車を急いで走らす。
湿っぽい空気に始業の鐘が鳴り響く。
ふとキャンパスの池の向こうを歩く町村センパイを見つける。
その瞬間、忘れよう忘れようとしてもやっぱり思い出されるのは、
突然自分を数学の担当から外した大村ユキのこと。
この夏、大村から告白されて、オレは自分の心の整理がつかないまま、
彼女の気持ちに今は答えられることができないと断ったのが1カ月前。
夏期講習後半には、出来事がうそのように平気な顔で数学を教えていた彼女が、
2学期の担当割りでは、オレから町村センセイに交代となった。
しかも、由香センパイが言うのを聞けば、彼女自身がそうしてほしいと願い出た、とのこと。。。
火曜と金曜の最終コマ(19:45~21:00)の
大村と中谷はなんだかんだ居心地がよかったんだよなあ・・・。
1学期と夏期講習でのやり取りが、なぜかセピアに色づいたいい思い出のように
感傷的な感じで心に浮かぶ。
別に付き合っていた彼女と別れたわけでもなく、
逆に自分が振った立場でもあるのに、何か自分の心にぽっかりと穴が空いてしまった。
その穴に木枯らしが冷たく吹きすさぶ、そんな感じがしていた。
オレは、塾には当然ちゃんと勤めに出てはいる。
しかも、そんなことがあった素振りも見せないようにしながら。
ただ、大村と教室外でいるところを見つけられてしまって、
それをオレに忠告してきてくれた由香センパイとは何となくギクシャクしたままになっている。
「あぁ、なんでこんなにオレがもやもやなってんだよ。。。」
遅刻しそうなイライラと相まり、さらに自分に対して情けなくなって吐き捨てられたその戯言は
いつもよりさらにむなしくて。。。
◆◆◆
ちょうどその頃、
広島からの飛行機で羽田空港に降り立ったひとりの女子生徒がいた。
新藤と浦上と同じ高校の一つ下の後輩で、
新藤の元カノでもある桐山ヒトミだ。
新藤が高校生の時分は、
かわいさだけでなく学力も校内で五本の指に入ると言われ、
生徒会長を務めていた。
少し切りあがった目と小さな口元をきれいな鼻筋が結び、
まさに大和なでしこといったその容姿は、
大学生に上がるのを前にさらに磨きがかかっているように見える。
新藤とは彼の帰省中に会ってから2カ月しか経っていないが、
それまでは長く下ろしていた髪をばっさり切って、丸っこいショートカットになっていた。
同じくショートカットの大村がイヌとすれば、ヒトミはネコといった印象か。
私が、高校3年の秋という受験生にとって重要な時期に東京に来た理由は、
この3連休で開催される第一志望校のオープンキャンパスに参加するため。
そう、ハルキと同じ大学の、だ。
(別にハルキに会いに来たわけじゃない・・・)
ついに来た、私にとって初めての東京。
第2ターミナルのコンコースから見る外の景色に目を細める。
まだ日差しは夏の強さを感じながらも、
くっきりと対岸に像を結ぶ房総半島に秋の澄んだ空気を見る。
到着口の一方通行の自動ドアを出て、
きょろきょろと初めての東京に緊張しながら人を探す。
とても一流の大学に通っているようには見えない、
ロックなバンドマンのように無精ヒゲを生やして、いつもダルそうにしているであろうアイツを。
その時、右手で引いていたキャスターが不意に軽くなる。
「よっ。ヒトミさま、ようこそ東京へ」
背後を振り向くと、イメージどおりの格好をしながらもニコッと笑みを浮かべ、
私のキャスターを持ってくれている浦上シュウがいた。
「お前、髪切ったな~。なんかますますネコみたい(笑)」
まったく悪気なく、
久しぶりの再会なのに小ばかにしてくるシュウは嫌いじゃない。
シュウの運転する軽ワゴンが首都高速 湾岸線に入る。
「わりーな、オレが居候させてもらってる親戚の家には軽ワゴンしかなくてな(笑)」
「ううん。こちらこそ出迎えてくれて本当に助かります。初めての東京ですし・・・」
ふふん、と鼻をならしたシュウは、うなるエンジン音に負けないようにラジオの音量を上げる。
レインボーブリッジを渡って環状線に入ると東京タワーのすぐそばを通り過ぎる。
「すごーい、これが東京タワー・・・真っ赤だね」
向こうに見える六本木ヒルズや新宿の高層ビル群に圧倒されながら、
自分は東京に来たんだという、おのぼりさんモード全開であらゆるものに目を輝かせていた。
「それにしても、なんでオレを呼んだんだ?
ヒトミからするとハルキの方が仲いいっつうか、頼みやすかっただろうに」
うっ・・・と不意を突かれたが、はぐらかすように答えた。
「いや、えっと、ハルキくんはバイクでしょ。そうすると荷物載っけられないし。
しかも、アルバイトとか忙しそうだったし・・・」
「それはそれは。ヒマ人でスミマセンでしたね~」
意地悪そうに茶化すシュウはやっぱり高校時代のシュウから何も変わってない。
たしかに、もう過ぎ去ったことに、何も未練がないのであれば、
ハルキに出迎えをお願いしたかもしれない。
だけど、まだここには、1年前の関係を取り戻したい私がいるから。
大学の最寄り駅でシュウの車を降りる。
後部席からキャスターを下ろしてくれるシュウに、一つの紙袋を渡す。
「これ、運賃替わりだと思って受け取ってよ。」
おもむろにシュウがその紙袋を開けると、
焙煎された爽やかなコーヒーの香りが立ち上がった。
「おっ、桐山珈琲店のオリジナルコーヒーじゃん。なんか悪いなあ。」
本当に嬉しそうにニカッと笑うシュウに軽く会釈をする。
「いえ、こちらこそ本当に助かったんですから。おじいちゃんがいろんな人に配ってこいって(笑)」
「そっか(笑)サンキュ」
「それよか、広島に帰るのは明後日なんだろう?じゃあハルキも誘って3人でお茶でもしようぜ。」
目を少し落として、
戸惑いと微笑みを混ぜ込んだ表情でうん、と小さくうなづいた私を見ると、
シュウは、はぁと溜息をつくると、やれやれといった表情で親指を立てるとウィンクしてみせた。
「まったくお前らはどっちも煮え切らないのが好きなんだな。
でもまあ、オレを呼ぶかどうかはどうでもいいとして、
ハルキはヒトミの顔をみると絶対喜ぶから、ちょっとでも時間を作ってやってくれよな。」
そう言うと、じゃあな、と運転席の窓から腕を振りながら去るシュウの車を見送った。
大学近くのシティホテルに荷物を預けて、時刻は昼1時。
2時からのオープンキャンパスにはちょうどいい時間だ。
駅から一直線に南に伸びる大学通りは両側をイチョウが彩り、
歩道にはこの町の住人と多くの学生が行き交うまさに学園都市といった感じだ。
完全な車社会の私の町では考えられないくらいのヒトの多さに圧倒されながらも
自分の新しい世界がそこに待ち受けているような期待に胸を膨らませる。
大学の門を入ると、
通りの雑踏が嘘のように雑木林から聞こえる鳥のさえずりが心地よい。
(これが大学なんだ・・・)
集合場所とされていた21番教室には、60人近くの高校生が集まっていた。
2時ちょうどに始まったオープンキャンパスは、
学生課の職員によるキャンパス内のツアー、法学部の教授による模擬授業、
それからは現役の大学生にバトンが渡されていろいろなサークルの紹介と進んでいった。
最後のプログラムは、希望者のみを対象とした小論文講座。
この大学の後期試験は、どの学部も小論文の配点が高いことで有名だった。
しかも小論文とかいいながら、3時間で2000字を書かせるという長大なもので、
ただでさえ合格者が少ない後期試験に立ちはだかる大きな壁になっていた。
私もできることなら前期試験で合格を決めたいのだけれども、
そんなに自信過剰な私じゃない。
せっかく東京まで来たんだし、
しかも講師は後期試験で合格した現役大学生数人が添削をしてくれるらしいし
受けることにしていていた。
残った高校生は20人くらい。
そこに学生さんが数人入ってきて案内をする。
「それじゃあ、各テーブルに2人ずつ座っていただけますか?
講師役の大学生が1人ずつ付きますので」
適当に私たち高校生が各テーブルに散らばっていって、
それぞれのテーブルで自然に自己紹介がてら受験勉強の相談のしあいっこが始まる。
私が窓際の一番後ろのテーブルのイスに手をかけると、
それと同時に左横のイスに座る女子生徒がいた。
(癒し系なやさしそうな子だなぁ・・・)
そんな第一印象の女子生徒は、
ふっくらとした赤い頬をさらに赤らめて照れながら垂れ目で笑みを作ると、
丁寧に会釈をして自己紹介をした。
「よろしくお願いしますっ!私は東京出身の大村ユキといいます!」
(26.【大村ユキ 編】 親友になったライバルに続く)