第21話 エピローグ
22.【花谷真理 編】 エピローグ:桜咲く校庭で
久美の退院を来週に控えた年の瀬の夕方、
新藤は改まって真理たちに切り出した。
「今日で、この出張講座は最後になると思う。」
既に全員とも、自分の向かう先が分かっているようで、
戸惑う雰囲気はなく、それぞれの目には光が満ち溢れていた。
「真理と祐樹はお母さんと一緒に家を支えながら、夢を追いかけて行ってくれ。。。
ヨウコとユウスケも、年明けには退院できそうな見通しらしいね。おめでとう!
小学校に戻ったら、自分が病気を乗り越えたという自信を強く抱いて頑張ってな!」
穏やかな表情の中にも別れることの寂しさを隠せないのは、
やっぱり最年少のユウスケだ。
そんなユウスケの頭をくしゃくしゃっとさすって祐樹は言う。
「大丈夫、オレたちは、退院してもずっとダチのまんまだ!」
◆◆◆
その次の週に無事退院した久美は、
育英会のスタッフが紹介してくれた事務のパートをしながら引き続きリハビリに励んでいる。
小学校の教員を目指すことを決めた真理は、
家計を支えることと夢を追いかけることを両立させると自分に課して、
ファーストフートのバイトをしながらも、受験勉強に必死になっている。
まったく、ストイックなものだ。
残念ながら、
時間的にも経済的にも余裕がなくなったので多摩ゼミは辞めることになったのだが、
時間さえあれば新藤がタダで家庭教師をしている。
高校受験直前の祐樹は受験勉強をしながらも、家事をほぼ全部こなしている。
「家族全員で結束してがんばるんだ」という彼の言葉に、
中二病全開だった頃を知る真理が「らしくない。かっこよすぎだぞ」
と突っ込みを入れると、彼はいつも照れながらも自信満々に答えるのだった。
「オレは、姉ちゃんと母さんに甘えてばかりなのは嫌なんだぜ」
ある日、新藤が花谷家を家庭教師のために訪れ、
真理と祐樹に英語を教えているときのこと(既に数学だけでなく英語も見てやっていた)。
ふと、真理が新藤を見て言う。
「なんで、センセイって私たちのためにここまでやってくれるの?」
祐樹もシャーペンを止める。
新藤は、ふふと笑うと、耳を赤くしながら答えた。
「オレ、放っておけないんだよね。みんなの力になりたいんだ・・・」
祐樹がおちょくるように「ふーん」と横目で新藤を眺める。
真理は、いつもの愛くるしい表情に花を咲かせて
「そっか・・・そうだよね。うん、ありがとう!」
と電気スタンドの光に照らされる新藤の横顔に敬礼をしてみせた。
◆◆◆
時は流れて、新藤が大学3年となる春。
春の陽光に照らされる県立大のキャンパスに真理と水谷、そして新藤はいた。
「センセイ、行ってきます。」
神妙な面持ちで合格発表の掲示板に向かう真理。
一筋の涙に春のそよ風がかすっていく。
「あっったーーーセンセイ!あったよ!ありがとう!」
振り返って、いつも以上の満面の笑みで新藤と水谷に駆けよってくる真理。
新藤に抱き着く真理を眺めながら、水谷が穏やかな表情で祝福を送る。
「合格おめでとう。そして、真理ちゃんの新藤くんに対する気持ちもおめでとう。
もう我慢しなくていいのよ(笑)」
何のこと?ときょとんとしている新藤を後目に、真理は言う。
「なーんだ、ばれちゃってたかぁ。てへへ。」
コホン、と咳払いをして新藤のほうに向きなおると、頬を赤らめて言った。
「センセイ、私、合格したらセンセイに告白しようと思ってました。付き合ってくれるかな・・・」
その瞬間、顔を真っ赤にした新藤はうつむきながら、
うん、とうなずいたのだった。
(まったく、本当におめでたいヒトだこと、新藤くんは・・・)
水谷は、二人を残して、キャンパス前の坂道を下りながら思う。
(これからは、夢は二人で追いかけていきなさいね。二人の夢をね・・・)
◆◆◆
今日は母校の小学校で、初めての教育実習。
緊張しながらも、人生で初めて教壇に立った時のあの新鮮さと
夢が実現しかけていることを噛みしめるあの感触はいまでも忘れられない。
それ以上に感動したのが、
教室に入るや否や話しかけられたことだ、ある生徒から。
「あ、もしかして真理ちゃん!!」
えっ?と声のする方を見ると、ひとりの女の子が興奮気味に席から立っている。
「わたし!桜井ナツミだよ!」
私はおもわずこみあげてくるものをこらえきれず、
感動に少し涙してしまって、さっそく小学生の笑いものになったのは言うまでもない。
授業後には、ナツミからヨウコとユウスケの写真をスマホで見せてもらった。
いまだに彼らは親友の仲で、連絡を取り合っているらしい。
「今度センセイも、私たちと一緒に遊ぼうよ!」
「もちろん!あなたたちは、私の初めての生徒さんなのよ。
それだけじゃなくて、祐樹が言ったみたいに、いつまでも私たちはダチなんだから!」
今は昼食タイム。私がいるこの校庭には生徒はいない。
満開の桜の下でここまでの道のりをたどりながら思いをはせる。
長かったけど、あっという間だった気もする。
でも、ハルキくんのおかげで夢をあきらめずにここまでこれた。
もちろん、お母さんと祐樹も。
祐樹は、あんなにやんちゃだったのに、
今ではリハビリを専門とする理学療法士の専門学校目指して
すっかり真面目になっちゃった(笑)
その時、ふわっと強い春風が中庭を通り抜けたかと思うと、
桜が吹雪のように舞い散る。
その花弁ひとひらが私の頬に触れたかと思うと、後ろから私をよぶ声が聞こえる。
いつものあの落ち着く声。
「おう、今日だったか。どうだ生徒にバカにされてないか?(笑)」
「ハルキくんこそ、こんなところで彼女をお花見なんかしてていいの?」
「いや~、視察ってのもなかなかつまんなくてね。教師の卵の実習を見るほうがよっぽと楽しいかな、と」
彼、新藤ハルキは、文科省の官僚2年目の係長さん。
私がこの学校で教育実習をすることを知って、視察と称して乗り込んできているのだ。
公私混同も甚だしい・・・。まったく。。。
ここでいったん、私ひとりの夢はかなえることができた。
これからは、私たちの夢をかなえていくんだ、彼と一緒に。
「何をにやにやしてるんだ(笑)午後の授業の予習はいいのか?」
「うん・・・、昔のことを思い出してたの。
あなたが、『夢をあきらめるな』と言ってくれたこと」
桜きらめく校庭で二人、手をつないでみる。
生徒からの視線は、この瞬間だけは桜吹雪が私たちから遮ってくれる気がする。
花弁にシルエットとして浮かび上がるのは、
実習生と官僚ではなく、
あの時の女子高校生と塾講師。
「センセイ、私はあなたの言いつけを守ってよかったです。
これからは、二人で夢を追いかけませんか?」
新藤センセイと花姉の物語はここに始まる。
第2章 秋から未来へ(花谷真理 編) =完=
(23.【大村ユキ 編】 プロローグに続く)