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オレと生徒は1歳差!?  作者: 谷 透
第2章:【花谷真理 編】秋から未来へ
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第20話 彼女の決心

21.【花谷真理 編】 彼女の決心

「ありがとうございます、花谷さん!

 娘が本当に喜んでいました。」

院内着を着た一弘が、ナツミと手をつなぎながら病室に戻ってきた。

そして、目頭を熱くしていまだに興奮が冷めない様子のナツミを嬉しそうに眺めながら、

久美に深々と頭を下げた。


何に対して感謝されているのかよくわからない久美は首をかしげながら尋ねる。

「娘が何かしましたでしょうか・・・?」

ふと頭を上げた一弘は、ははっと軽く笑ってから説明した。

「あ、失礼。私も娘さんのお話には感動いたしました。

 腎臓の透析が終わってから病室への帰り道、

 ちょうど小児病棟横の休憩室を通りがかったんです。

 すると、子どもたちに囲まれた娘さんが何かお話をされていました。

 よくよく聞いてみると、星座の神話をされていたんです。

 そのお話っぷりが本当にうまくて。私も廊下で聴き入ってしまいましたよ。。。」


「あー、真理は子どもが好きで、そういうのは喜んで引き受ける子ですから・・・」

久美は自分の頭をさすりながら、ちょっとだけはにかむ。


ウサギのぬいぐるみをぴょんぴょんさせて遊んでいるナツミの横で、

よっこらしょっとベッドに腰かけた一弘は、視線を遠くにして感心そうにつぶやいた。

「いやぁ、あれは将来はいい保母さんか小学校の先生ですね」

そう言うと、久美のほうを見て、にっこりとしてみせた。


「ナツミも、真理さんのように素晴らしいお姉さんになって、

 父子家庭だからこそ、自由に羽ばたいていってほしいなぁ・・・」


久美はうっすらと黄色を帯び始めた窓の外のイチョウの木を眺めながら、

真理には本当に夢をかなえてやりたい、そのためには私がもっと体を強くしなきゃ、

と強く思うのだった。。。



その後も、交替しながら病院に来る新藤と水谷、

真理、祐樹、それから4人の小学生の出張講座は続いた。


祝日の今日は、特にこれといった用事もない新藤は、

午前中から病院に向かう。


病院の廊下で母の歩行訓練の補助をしていた真理は

新藤を見つけるや否や、新藤の心にぐさっと刺さる一言を発する

「センセイも暇ですね~。

 休日で大学が休みだからって私たちなんかの面倒を見ずに、

 彼女さんとでもデートを楽しんだらどうですか(笑)」


上目遣いで新藤を眺める真理の表情に

彼は赤く照れながら、懸命にリハビリをする久美に会釈をする。


「ずいぶんと歩けるようになったのではないですか。

 そのご努力に敬服いたします。」

実際に、久美のリハビリは予定以上の進み具合っぷりだった。

なんせ、通常3カ月かかるカリキュラムを2カ月で終えて、

はやく社会復帰することを家族全員で決めていたのだったから。

お金のことはおくびにも出さないが、花谷家のみんなが結束して

この難局を乗り切ろうとしているのは、新藤や水谷にもはっきりと分かっていた。


外は冬の空気すら感じる時分なのに、

リノリウムの床が放つ冷気のなか、廊下で懸命に歩行訓練をする久美は額に汗をかいている。

久美は笑って新藤に一礼を返した。



休憩室で、新藤が自習用の論文を広げて目を通していると、

隣の席に真理がさっと座った。休憩室には二人だけ。

なのに、すごい集中力の新藤は真理が隣の席にいることは気が付かない。


ふと、消しゴムを取ろうとする新藤の手とすぐそこにあった真理の手が触れる。

新藤は真理を意識してというわけではなく、そこに手があったことに驚いてわっと声を出す。

あははと、いつもの愛くるしい声と表情で笑う真理を眺めながら、

新藤はまたもや耳まで真っ赤にしてしまった。



真理が問題集が解き始めて30分、

キリがよくなったところで背のびをする真理に、新藤はふと尋ねた。

「そういえば、3学期には保護者面談があるんだろう?

 高校3年生も近づいてきているわけだから、当然進路の話になると思うけど、

 どうするんだ?・・・この前言っていた『就職する』ってのはマジなのか?」


真理には昔から小学校の先生になるという確固たる夢があって

県立大の教育学部をずっと前から志望していたのに、

ここにきて母親のああいう状況を見て、家族のために家計も支えなければならない

という強い意志が生まれ、その葛藤は入院1カ月が過ぎても続いていた。。


「そんな・・・まだ私には早いですよ、進路を決めるなんて(笑)」

真理ははぐらかすように笑いながら問題集に目を落とすが、

ここ最近ずっと考え続けていることでもあった。

それを察した新藤は、それ以上は深く聴かず、一言だけつぶやいた。

「人生悔いのないように、夢をあきらめないでくれよな・・・」

はい、といつもどおり明るく答える真理だが、表情は悩みがぬぐい切れないようだった。


◆◆◆


この出張講座が

実は病院のなかにあることを改めて思い出させるイベントが時々あった。


心臓疾患をもつヨウコは

しょっちゅう熱を出しては1週間まったく顔を出さないことがあった。


消化器疾患、具体的には肝炎を治療中のユウスケは

化学投薬療法が体にずいぶんとこたえるようで、ときどき発作を起こしては

副作用の苦しさに身もだえながら車いすで病室に運ばれていったりした。


「・・・みんな、必死で生きようとしている。

 なのに私は、、、自分が将来どう生きればいいかで迷っている。

 いろんな選択肢が提示されているにも関わらず選べずに迷ってる。なんて贅沢なんだろう、私・・・」

そう真理は考えると、いたたまれなくなるときが時々あって、

そんな時は、祐樹やほかの小学生たちが何も言わずに、

真理の背中をさすってあげるのだった。


悪いイベントだけではない。もちろんいいイベントもあった。

11月の中旬には

手術を無事に終えた一弘が退院することとなりナツミがいなくなり、

さらにその1週間後に病状が回復したチサが退院していった。


入院仲間がサヨナラをするとき、

ヨウコやユウスケたちは精一杯のお祝いとサヨナラをする。

本当は病気が快復した彼らがうらやましくてならないのに、

自分たちも外で思い切り遊びたいのに、教室で友だちと勉強したいのに、

そんな狭い院内学級の数少ない友だちとの別れがさみしくないわけがないのに、

それでも、彼らを満面の笑みで祝福して送り出すヨウコとユウスケの、

仲間を想う気持ちがどんなに強いことか・・・。


だからこそ、見送られる子どもたちも、

病院に残していく仲間に遠慮することなく、自信を持って学校生活に戻っていける、

真理はそんな気がするのだ。



12月に入って、

前の月に実施した手術を終えて、体力が戻ってきたヨウコと、

あれだけ苦しかった化学療法のかいもあって検査の結果がよくなってきたユウスケは、

通常の学校生活への復帰を見据えて、週に数日、外出許可を取ったうえで、

限られた授業数ながらも元の小学校に通い始めた。

"慣らし運転"ってヤツだ。


まずは、もとの小学校の特別支援学級で1日2時間×週2日、

その次の週には通常学級で1日2時間×週2日、

次に4時間を週3回という具合に。


1年ぶりに通常学級での授業に出席してきたヨウコは、

どことなく不安げな表情をして、病棟に帰ってきた。


真理はやさしく尋ねる。

「楽しかった?小学校は。あれだけ行きたいって言ってた小学校だもんね」


顔をうつむき加減にしながら小さく答えるその声はかすかに震えている。

「・・・うん。でも、友だちはまだ私に遠慮してて、あんまり話しかけてくれなかったの。

 一番の友だちだった子は去年転校しちゃったらしくて、このままだと私、学校に戻っても独りぼっちかも。。。」

真理が羽織っているカーディガンのすそを握りしめる。

(ヨウコはいつもユウスケたちのまえではお姉さんとして強くふるまっているけれど、

 まだ小学5年の女の子なんだ・・・。)


「病気が治ればすぐにもとに戻れるといままでは思ってたけど、

 そんなに簡単じゃないのかなあ。このまま、ここにいられれればいいのにね(笑)」

ヨウコは微笑むが、真理にはとても痛々しく見えて。。。


(ちゃんとここで私が彼女に向き合ってあげないといけないタイミングなんだ。)

そう思った真理は、背をかがめてヨウコと同じ目線に立つと、

そっとその手を両手で取って語り掛けた。


「病気だったってことは本当につらいよね、そのつらさは私にもよくわからないくらい。

 ・・・でも、ヨウコたちはその病気を乗り切ろうとしてるんだ。それはすごいこと。

 もっと自分に自信を持っていいと思うんだよ。

 きつい言い方かもしれないけれど、病気を言い訳にするんじゃなくて、、、ね。」

いつもの真理のおちゃらけた語り口は一切なく、

正面からヨウコに向き合っている。ヨウコもうん、と小さくうなずく。


「これはおまじないの呪文。

 運動で悔しいことがあったら、手術はこんなにつらいのに頑張ったじゃない!

 勉強で悔しいことがあったら、私はみんなよりももっと勉強してたじゃない!

 そして、友だち関係で悔しいことがあったら、私たちがいたじゃない!

 って心のなかでつぶやいてごらん!!」

そういうと、いつものヨウコの強さがその瞳に戻ってきた気がした。

「・・うん、私がんばる!真理ちゃんはずっと私の見方だよね!」

「もちろん!」


輝くその顔を見ながら、真理はふと白昼夢を見た。

(あ、いま自分が言ったことは自分へのブーメラン返しだ。

 お母さんの病気を理由に夢をあきらめようとしているのは、私自身じゃないか・・・)


たちくらみのような衝撃を覚えながら彼女は明確に誓った。

(私、決めた。夢をあきらめない。自分に言い訳なんか絶対にしたくない!)


思い立ったが吉日と言うべきか、真理はヨウコに手を振って別れると、

久美の病室に駆け戻って学生かばんの中から進路調査票を引っ張り出す。

すると、力強い文字でそこに自分の将来の夢を描いてみせた。


(22.【花谷真理 編】 エピローグ:桜咲く校庭でに続く)


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