第1話 スポーツマンと対数
1.はじまり
この春、いわゆる"一流"とよばれる部類の大学にオレは入学した。
入学式を終えて古めかしい講堂を一歩出ると、
サークルやアルバイトの勧誘が群れを成してオレ達を取り囲んだ。
さわやかな春晴れに桜舞うキャンパスに活気が満ち溢れている。
「あぁぁ、これから本当に東京での新しい生活が始まるんだ」
何とも言えない感慨に青空を仰いでいたオレの顔を一枚のビラがかすめた。
"塾でセンセイしませんか?"
2.生徒ファイル① スポーツマンと対数
「だから言っただろう?対数と対数の掛け算はできないって」
上京して落ち着く間もなく、オレは塾講師のバイトを始めた。
特にガリ勉していたわけでもないが、なぜか数学と物理・化学は異様に得意だった。
ここに入学できたのも、文系の単科大学だから数学で差をつけられると思ったからだった。
塾講師になってもやっぱり理系は重宝がられた。数学サマサマだ~。
今日は、バイトを始めて2週間目。
ここ「多摩ゼミ」では、高校生は集団指導ではなく、1人の講師が2人を見る個別指導となっていた。
いちおう、多摩地区ではそれなりの進学実績を持っている進学塾の古株だ。
そして、オレの右どなりでコックリコックリ、船を漕いでいるのが、植村周平、高校2年生。
さわやかフェイスのバスケ部員。
「あのなあ、さすがにオレも目の前で居眠りされると傷つくぞ・・・」
「あー、、(よだれ)」
やる気なさそうに目をこすりながらテキストに視線を落とすも、焦点が合ってない植村。
「おい植村起きろ、先生に失礼だろ?」
と左どなりのイスから肩をゆするのは、同じく高校2年生の小杉雄大。
人の良さが全身からにじみ出る癒し系のサッカー部員。
「オレ、先生に先週言われた解き方で学校のミニテスト解いたら80点だった(輝)!」
「おう、そうかそうか!」
とめっちゃ素直なイイやつなのだが、模試となると植村のほうが頭ひとつ成績がよかった。
~10分後~
「じゃあ、この問題はどう解く?ちょっとトリッキーだけどわかるか?」
log2^1
「え?2を××乗したら1になる数ってこと?うーーん」
と人がよさそうに悩む小杉。
「あー、ゼロ(よだれ)」
と寝起きボサボサな髪でつぶやく植村。感動の眼差しの小杉。
「おっ、正解。よくわかったなそんな爆睡モードで」
「でも、なんでゼロなんだろ、、」
植村がボソッとつぶやいた。
オレはこの手の"本質的な質問"にとても弱い。数学マニアとして語りたくなるのだ。
(だめだだめだ、これは仕事なんだから趣味じゃない。ウザくない程度におさえないと・・・)
「よしっ。」とおもむろにシャツをまくったオレの姿を職員室で眺めていた水谷由香センセイが様子を伺いに来た。
「ほどほどにしなさいよ(笑)」
オレと同じ大学に通う3年目の先輩センセイだ。だけど、オレの性質をもう把握している・・・。
「いいか?2の5乗÷2の2乗は何だ?」
「32÷4だから8だろ?」といいヤツ小杉。
「そうだな、じゃあ2の76乗÷2の52乗は何だ?」
「2の24乗、、」と居眠り植村。
「どうやって解いた?」
「76から52を引いた、、、、、あ、そうか。」
一気に植村の目が覚めて焦点が定まった。
「えっどういうこと?」と聞く小杉にオレは種明かしをした。
「2の76乗÷2の76乗は何だ?」
「、、同じ数字だから1ですか?、、あ、つまり2のゼロ乗!!」
「ふっ、」
ふと右どなりの植村が笑みをこぼした。
(そうかそうか、お前も勉強の楽しさがわかったか)と思ったら、
自分のノートに刻まれたミミズの字を見てニヤついていた。(はあ・・・)
溜息をつくオレに小杉が目を輝かせながら言った
「やっぱりセンセイすごいっすね!これが人生経験の差っつうやつなんですか(笑)」
そう、彼らだけじゃなく、ここの生徒全員が知らないのだ。
スーツこそ着ているけどオレは大学1年生で、お前らと1,2歳しか変わらないことを。
(3.生徒ファイル② 姉の威厳と複素数に続く)