【仙台の七夕】あのひとは、もう
清けき、杜の都の、夏。
その夕方に、偶然に出会った彼女は、相変わらず真っ直ぐで眩しい瞳をしていた。
高校で同じクラスになってから、早5年。学部は違えど遠く離れたこの大学で一緒になったのも、また偶然だった。
そんな彼女と俺の関係は、多分「親友」――側にいるけれど、一番側には別のヤツがいる。
「あれ~、玉木! どうしたのさ、こんな夜に一人だなんて?」
「それはお互い様だろうが、真咲。お前の方こそ、どうしたんだよ。……和泉は?」
ポロシャツにデニムというラフな格好で、真咲は俺に向かって雑踏の中を逆走してきた。商店街の軒々から滴る七つ飾りの吹き流しが、真咲の頭上で艶やかに舞う。
杜の都は今日から3日間、極彩色に包まれる。
今朝から始まった飾り付けは、それぞれが豪華さと艶やかさを競い、小一時間ほど前に飾り付けの審査結果である金銀銅各賞のプレートが取り付けられたばかりだ。人混みはこれから増える一方だろう。陽も陰り、夜は夜でまた違った雰囲気を見せる商店街は、観光客で大賑わいだ。
「さっき、駅まで送っていった。明日、どうしても外せない補講があるんだって。ギリギリで帰って行ったよ?」
平然とした表情に、少しだけ残念そうな声色を乗せて、真咲は肩をすくめて俺の隣に立った。相変わらず収まりの悪い跳ねっ毛が、俺の視線の下でファサファサと揺れる。
和泉は――真咲の幼馴染みで、高校の頃からの同級生で……今は遠距離恋愛2年目の真咲の彼氏だ。
高校で出会った頃からずっと変わらず、真面目で律儀な彼は真咲の元に足繁く通う。以前、一緒に遊んだ時には『俺は真咲に会う旅費のためにアルバイトしてるんだ』と言い切ったくらいだ。……だが、だからといって何故それが、俺がヤツにいつもおごらされる理由になるのかは知らん。
俺とはある意味正反対のヤツだが、何のかんので付き合いは続いている。
今となってはお互いの笑い話となったが、高校時代の俺の横恋慕に対し、動揺し足掻きつつも結局の所はサラッと受け流してみせた、芯の強い男だ。
――アイツだから、俺は素直に諦められたんだと思う。
今、こうして真咲と近い距離にいたとしても、彼女に抱く感情は「友愛」以外の何物でもない。
どちらかというと俺は、周囲には傍若無人に見える真咲に振り回される和泉を心配し、真咲を遠慮無く窘める、良い親友に見えることだろう。
でも、俺は和泉のことは心配しない。アイツは大丈夫なヤツだから。
心配なのは――
「お前、いいのかよ?」
「ん~? 仕方ないじゃん。和泉にだって事情があるし、私だって同じだし。玉木たちだって分かってるでしょ?」
さっきと同じ表情で、真咲が俺を見上げる。
彼らの進路が分かれた、と聞いた時、俺を含む親友三人以外はこぞって驚いたものだ。それなりの進学校にあって、真咲は上位に食い込んでいたし、和泉だって平均よりは上だった。
和泉がいつものように頑張って真咲に追い着こうとし、真咲が『ヤレヤレ』と少し下がって和泉を待ち、同じ大学に進学するものだと、教師たちですら思っていたことだろう。
だが彼らはあっさりと自分たちの進路を決めた。
それが重ならないことを、十分理解して。
だが俺らには、その決定がストンと胸に落ちたものだ。
それでも――
「そりゃそうだけどさ……お前、何のかんの言って寂しがり屋だろうが。そろそろキツくなってきてるんじゃないか?」
俺の言葉に、真咲が苦笑いする。否定も肯定もしない。
――芯が強く気丈に見えていた真咲の、そんな一面を知ったのは、俺が振られてからだ。
結局、俺は真咲のことをよく知らないまま一方的に横恋慕していただけで、当然勝てるはずがなかった。
あの頃、美人で目立つ真咲の隣に立つ和泉のことを、俺は“分不相応”としか思わなかった。同じように感じていたらしい周囲が焚きつけたこともあり、俺は正々堂々奪い取りにいって……敢えなく敗退した。
納得いかない俺が、未練がましく二人につきまとい、何故か気付けば“二人の共通の友人”枠に収まり、二人をより一層知るほどに――あの頃の俺の浅はかさを、我ながら嗤ってやりたい。
誰が“不相応”だって? 俺の方だよ、俺!
「和泉はああ見えて強いヤツだけど、お前は逆だからな。……俺には弱音、吐いてもいいんだぜ?」
「……それは“親友”としての気遣いかな? 嬉しいけど、見くびられたもんだ」
一瞬目を伏せた真咲だったが、不適な笑みを浮かべて俺を見据えた。
どこか懐かしい、凜然とした強い視線。
「あの時も言ったけどさ。私は和泉を信じてるから、不安にならない。そりゃ寂しくない、といったら嘘になるけど。でも寂しさに負けるほど、私も弱くない。そんな弱い人間じゃ、和泉に相応しくない」
高校生のあの日。同じように自信にあふれ、毅然とした表情と声で俺に告げられた台詞が蘇る。
『玉木君は、誤解してる。私は和泉に相応しくあるために、頑張ってる。和泉だって、同じ。だから、ごめん』
『だって、アイツ、いつだってお前の後を追いかけるばっかりで――』
『そう、いつだって。
どんなことがあっても、どんだけ離れても。
和泉は必ず私に追いついて来てくれる。
だから私は好きに進んで、ゆっくり待ってられるんだよ?
――待ってたら、必ず和泉が来てくれる。
絶対にはぐれない、絶対に独りのままにならない。
どう? 羨ましいでしょ?』
……あの時の真咲の表情は、今でも俺の大切な思い出だ。
俺もあんな顔をしてみたい、と、心の底からそう思えた。
「……お前は、十分“和泉に相応しい”よ。心配すんな」
跳ねっ毛を押さえつけるように、真咲の頭をなで回す。
離されても、毎年出会える二つの星のように。
離れていても、その日を励みに頑張る、言い伝えの二人のように。
追いかけて。待ち続けて。
互いを見失うこと無い、天つ星。
「まれにあふ こよひはいかに たなばたの そらさへはるる あまのかわかせ」
「ん? なに、それ?」
「正宗公の歌だよ。お前も二年目なんだから、それくらい覚えれば?」
「玉木は人文、私は経済。和歌なんて必要ありませーん」
「さよか。んで、お前、この後どうすんの?」
「そーだねー。玉木は? これから誰かと待ち合わせ?」
「いや、バイト終わったとこなんだよ」
「じゃ、いったん川内に帰って、城址か瑞鳳殿でも一緒に行く?」
「お前とかよ?」
「おごってくれる相手が帰っちゃったからねー?」
「和泉も、お前も! ちょっとは遠慮しろ!」
曇りのない、涼やかな笑い声。風に揺られて、紙衣が真咲の頭上に踊る。サヤサヤと、笹の葉が鳴る。
雑踏に混ざって、二人で歩き出す。
少し離れて、並んで歩く二人。側に居て、隣を確認しないとはぐれてしまう、これが俺と真咲の距離。
不意に真咲が立ち止まり、ポケットから小さな機械を取り出す。わずか十文字程度のカナだけでつなぐ、心強い絆。
「和泉から?」
「ん。東京、着いたって。ちょっとグレ電、探してくる」
「はいはい」
「ふっふっふ。こう見えても私はベル打ち得意なんだぞ~」
雑踏をスイスイとかき分けて、幸せな足音が遠ざかる。
見上げた先で、色鮮やかな願いがそれぞれに揺れていた。
「……俺も、あんな幸せな恋してーな」
アイツらの所為で、すっかり理想が高くなってしまった俺は、七夕の宵に一つだけため息をついた。
思い出ですか。そこには、居ませんか。
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【作中補遺】
・仙台七夕まつりは、毎年8月6日~8日の開催です。
・二人は川内南の学生です(どうでもいい)
・最後に真咲が見ているのは[ポケベル]です。
・[グレ電]とは、ISDN接続できた公衆電話です。本体が灰色でした。(※別に緑の公衆電話でも、プッシュ信号が打てればよかったのですが、何となく語呂がよかったので)
・[ベル打ち]とは、ポケベルに[数字を組み合わせて表現する、カナ文字文章]を送るための、一種の暗号打ちのことです。50音を2つの数字でくみ上げました。(※なお作者はポケベル持たなかった人なので、当時の友人の様子を参考にしています)
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玉木くんは、青春真っ正面キャラ枠(ん?)