【地元の祭り】うれしい、たのしい
■【ふっかつのじゅもん】(N5369DY)のマサキ&イズミのお話ですが、単独でお読みいただけます。
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わかってる。やっぱり、そうだ。
待ち合わせの交差点の角、白い浴衣姿が薄闇に冴え、思わず胸が躍り上がった。キリリとした横顔も、特に飾りも付けない短い髪も、いつもと何一つ変わらない。なのに、服装が変わるだけで別人のよう。
夏祭りの宵、普段より人通りの多い商店街には、同じように浴衣姿があふれているというのに、俺にとっては彼女の姿だけが明るく見えた。打ち上げ花火の昇り竜のように、一筋の光が立ちあがる。
「あ、来た来た~。この私を待たせるとは、いつの間にやら偉くなったものよのぅ」
「……そんな格好で時代劇モードかよ」
「だからじゃんか」
俺の姿を素早く目にとめて、真咲は乱暴に手を振り回す。袖に描かれた枝垂れ柳の中を飛ぶツバメが、猛スピードで俺を招き寄せた。交差点を小走りに渡って隣に立った俺に、腰に手を当ててふんぞり返る真咲は何故か偉そうな態度だった。
「でも和泉も浴衣なんだ~」
「兄貴のお古だけどな。姉貴が問答無用で、嬉々として着付けてきた」
「うん、その光景が目に浮かぶ。うむ、我に相応しい姿で何よりじゃ。褒めて遣わす」
「……なんか違わないか、それ? どっちを褒めてんだよ」
「むろん雅子サマにあらせられる」
「姉貴とお前のどっちの方が偉いんだか、わかんねえよ、それ」
時代劇モードなんだかよく分からない口調の真咲だが、いつもよりはしゃいだ風情が滲む。物心ついた頃からの幼馴染み、そして念願叶って“彼氏”の地位を得たばかりの俺に、真咲の感情がロケット花火のように突き刺さってきた。真正面から、その熱に打ち抜かれる俺。拍動に合わせて火傷のようにジンジンと心を揺らす。
あの頃は本当の“火の熱”だった。
何せ、活動的な真咲を含む悪ガキ集団のこと。『花火を人に向けてはいけません』なんて注意は、馬耳東風。小学生の頃の『花火戦争』で、無敗の真咲だったことは記憶鮮明だ。なお、俺は補充係の優秀な副官だった……はずなのに、しょっちゅう逃げ回っていた気がする。
今は“胸を焦がす熱”。
真咲の『嬉しい、楽しい』という感情は、弾道軌道を描くこと無く真っ直ぐに俺に向かってくる。
いつも直球の真咲。目尻がほんのり赤く見えることに気付いたが、俺には茶化す勇気どころか挙動不審にならないように真顔を作るのが精一杯だった。
「じゃ、行くか」
「うむ。そちは、我にリンゴ飴を献上するがよい」
「おごりかよ」
二人でカラコロと下駄を鳴らしながら、俺は半歩だけ先を行く真咲の横顔に見とれる。高校生になってようやく真咲を追い越した俺の視線には、シャンとした首筋に浮かぶ汗の粒まで目に入る。視力が良いのも善し悪しだ。目のやり場に困る。
ずっと、俺が一番側に居たかった真咲。
ずっと、俺を一番側においてくれた真咲。
同じ高校に進学したこの初夏に、俺は『真咲の彼氏』としての立場をようやく獲得した。
なけなしの勇気を振り絞っての告白は、周囲からは『やっとかよ?』と呆れられたり、『え? 今まで違ったの??』と困惑されるという謎の事態ではあった。
だが、輝くような笑顔の中にわずかな涙を浮かべ、全力で俺の頭を叩きながら『いくらコツコツ型だとは言え、遅いっ!』と言い放った真咲以上のインパクトは無い。
それでも『いつでも、俺を待っていてくれる』真咲がいたからこそ、俺の幸福はある。
やがて普段は味気ない神社の参道が、色鮮やかな光で非日常への道に誘った。
身動きがとれない、というにはほど遠いが、賑やかな人混みは自然と二人を近づける。二の腕が触れあうような普段程度の些細な接触に、何故か胸がざわめく。
「……祭りの雰囲気は危険だな……」
「ん? そうだね~。不埒な誘惑が多すぎる」
ボソッとした俺のつぶやきに、真咲がドキッとする返事をする。思わず立ち止まった俺を振り返り、真咲は悪戯に笑って左右を指さした。
「あっちはリンゴ飴。こっちは綿アメ。向こうにはかき氷とフランクフルト。全部、和泉におごって貰うのは心苦しいけど、どれからにする?」
「全部、俺のおごりかよ! ってか、食い過ぎ! 第一、ちゃんとお参りしてからだ!!」
「和泉は変なところで真面目だよね~」
いつもと変わらないケラケラ笑いで、真咲は俺の正真正銘不埒な気持ちをなぎ払っていった。ほっ。
屋台が並ぶ参道に比べ、境内の中は落ち着いた雰囲気だった。並んで手水を済ませ、小銭をそっと投げ入れて参拝する。真咲は黄銅色を一枚、俺は三枚。十分な“ご縁”を心から願った。
最後の一礼を済ませて目を開けると、まだ手を合わせる真咲がいた。俯いている所為でやや詰まり気味だった衣紋が抜けて見え、神前にも関わらず鼓動が大きく高まった。そんな俺に気付くこと無く、真咲も一歩下がって顔を上げる。
「何お願いしたか、気になる?」
「……言ったら意味ねえだろ」
「和泉の願い事なら、分かるけどね~いつも同じだろうし」
……悪かったな、ひねりの無い分かりやすいヤツで。
強がることも出来ないヘタレな俺は、真咲の願いが俺と同じであることだけを心に願う。
『一緒に、変わらぬ日々を、いつまでも、君と』
5年前から変わらない、20文字の願い。
あのゲームはシステムが大きく変わり、もう『じゅもん』は無い。それでも、あの頃の気持ちは今も変わらない。
俺だって“変わらぬ日々”や“いつまでも”、なんて言葉が本当に叶うとまでは思わない。成長は変化を伴う。身体や精神だけでなく、心も変わりゆく。
でも、変わらないものだってあるのだと信じたい。
この小さな夏祭りだって、親の代、祖父母の代からずっと続いている。屋台の内容や行き交う人は変わっていっても、親しい人、大切な人と楽しむ一時の宵はずっとここにある。
そんな、変わりながら続く日々を、俺は真咲と迎えたい。
「さてさて。礼儀を済ませたこの上は、我のリンゴ飴の時間であろう?」
「それだけしか買わねえぞ?」
「なんと! 我にひもじい思いをせよと、そちは申すのか!」
「だから、その変な口調やめろって。そして他は自分で買え」
「むぅ。せっかく雰囲気でてたのにぃ」
「逆だよ! 雰囲気台無しだよ!」
両手で浴衣の袖を広げ、不満そうに頬を膨らませる真咲は、可愛いんだか何だかよく分からない。どちらにせよ、俺の心をかき乱すことだけは間違いないが。
「雰囲気ねぇ……じゃあ、和泉くんや?」
「……なんだよ」
急に真咲の口調が悪戯な気配をはらむ。俺を真っ直ぐに見据える視線には危険な光。
「今は夏祭りの夜。そして、君は私の『彼氏』ですねぇ?」
一言ずつ区切るように強い音で響く『彼氏』の言葉に、俺は思いっきり動揺した。
「雰囲気重視なら、やるべきことは? 和泉くん?」
屋台ひしめく参道と違って薄明るくて良かった。間違いなく、俺は顔中真っ赤だろう。
おたおたと手を泳がせる俺に向かって、真咲が左手を差し出してくる。
「……お前から言うのはズルい」
ヘタレてばかりじゃいられない。俺は火照った頬をごまかしながら、少し汗ばんだその手のひらに指を絡ませて強く握る。
どうして、こんなことが“特別”になったのだろう。
手をつなぐ、なんて、数え切れないほどこなしてきたことなのに。
満足げに真咲が笑う。花火にも負けない、輝くような笑顔。
「さ、リンゴ飴♪ リンゴ飴♪」
「……それのどこが雰囲気重視だよ……」
どちらのものとも分からない“照れ隠し”と共に、俺たちは並んで神社を後にした。屋台の明かりに長く伸びる影は、いつもより少しだけ距離が近かった。
あなたと一緒が、うれしい、たのしい。……だいすき。
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和泉くんは、むっつりヘタレ。
時代も時代ですので、キスはまだお預け(えっ? 奥手すぎ?)