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闇の中の手

作者: 柊穂


大学を卒業し 就職してすぐの夏

同じ会社の同僚や先輩に誘われて一泊二日のキャンプに行ったときのことです。


簡単な夕食を作って食べて 

後片付けも済ませ 総勢20人ほどでキャンプファイヤーの残り火を囲みのんびりと過ごしていました。

満天の星空の下 会社の中では得るのことのない開放感を感じ

あちらこちらで聞こえてくる弾んだ会話や歓声や笑い声を聞いていると

同じ会社でありながら挨拶程度しかしたことのない人でも

どこか親近感がわいて 心地よい気分になっていくのでした。


そのうちに誰かが

「肝試しをしよう」と言い出しました。

男女ペアのくじ引きを作って キャンプ場の周囲ぐるりを囲んでいる林道を

一周してくるだけの簡単な肝試しです。

さっそく割り箸でくじが作られました。

私は心の中で

「Mさんとあたるといいのにな」などと思っていました。

Mさんは6歳上の隣りの部署の先輩です。

部署が違うので仕事で話をすることはありませんが

同じフロアなのでコピー室や給湯室で会うと

軽い挨拶ぐらいはしていました。

4月に東京の本社からきたばかりだったそうで

地元の学校を卒業したばかりの私の目にはとても都会的で洗練された姿に映り

密かに憧れていたのです。


どきどきしながら割り箸を引くと

「5」と番号がふってありました。

周囲に視線を送るとMさんと目が合います。

「5番?」

「はい よろしくお願いします」


私たちの組は5番目の出発です。

前の組が出発して5分したら次の組が出発します。

ゆっくり歩いて一周しても15分くらいで帰ってこられるという

小学生のような肝試しです。


順番が来て

同僚たちの「M~~襲うなよー」というひやかしの声に見送られて

私とMさんは歩き始めました。

昼間の熱せられた空気の名残と夜の帳の湿った空気が交じり合って

肌に心地よく感じます。

鼻腔をくすぐるむせるような草いきれが

都会を離れた場所にいるということを改めて実感させてくれます。


舗装こそされてないものの 歩きやすく整備された散歩コースのようです。

ですが道幅が狭いため 並んで歩くとたまに手や腕があたって

(これならいっそ手を繋いだほうが歩きやすいんじゃない)

などと思っていました。

照れくささもあって ぎこちない軽口をたたきながら

キャンプ場からもれてくる灯りと月明かりを頼りに歩を進めていきました。

整備はされていても外灯はありません。


ふと その両方の明かりが木の葉の茂りの影になって隠されたとき

Mさんが

「あれ なんだろう」と言って

道の脇に寄って行ったのです。

そして

「うわぁぁぁーーー」と悲鳴をあげなから

陥没した穴に滑り落ちていったのです


「Mさんーーー!!」

私はびっくりしてMさんの落ちた穴に駆け寄りました

「Mさん 大丈夫ーーー!!」

もう心臓が爆発しそうです。

すると

「あはは 冗談だよ。 浅いんだ この穴。」

と言って笑っているのです。


「ねね 穴から出るから手 引っ張ってくれる?」

私はMさんはもしかしたら 自然と手を繋ぐきっかけを作ったのかな と思いながら

自分の手を伸ばしました。

後方からの明かりで私自身が影を作り出し穴の中は真っ暗です。

Mさんの姿もよく見えませんでしたが

穴の中から 差し出された手を握ったのです。


「!!!!!!!!!」


え?なんて細いの? それにすごく冷たくて

なんだかしっとりと濡れている。

それでもしっかりと握ってぐいっと引っ張りあげました。

相手の手も握り返してきます。

ぬめる感触の気持ち悪さを我慢して思いっきり力を入れました。


ところが握った手は

私が入れた力の倍の力で引っ張り 

私を穴の中へ引きずり込もうとしてくるのです。


「Ⅿさん!!!」思わず叫んでました。

そのとたんに握っていた手の感触がぱっと消えて

私は後ろに転んでしりもちをついてしまったのです。


私の手には何もありません。

ふと見ると Mさんが穴の中で立ちあがって

「なにしてんだよ」と私を見ています。

穴は腰の下くらいの深さしかなかったようです。


私は

立ち上がってMさんのそばに寄っていって

「自力で出られるじゃないですかー」と言いながらも

今度こそはっきりと見えるMさんの手を自分の手に取りました。

さっきの手とは違って それはがっしりとした力強く温かい手でした。


「びっくりした顔 おかしかったよー」と上機嫌のMさんと私はその後の道のりを

しっかりと手を繋いで歩いたのでした。



キャンプ場に戻ると 

またみんなにひやかされました。

「遅かったなー。何してたんだよー。」

「おまえらの後から出発したやつらの方が先に帰ってきてるぞ。」


え?

狭い一本道です。 穴に落ちたとき少し路肩に寄ったとはいえ

追い越されれば気がつきます。

私はさっきの手のことがあったので

不安になりMさんを見ました。

「後からきたあいつら きっとショートカットしたんだよ。」

そういうことなのかしら・・

にこやかなMさんとは対照的になんだか釈然としないまま突っ立っていると

焚き火の向こう側にいた お寺の住職の娘さんだというS先輩が

険しい顔をして私の方に近づいてきました。

そして  

「肩に枯葉がついてるわよ。」と言って

私の両肩をぱんぱんと払ってくれたのです。

そのまま 後ろを向かされて

背中をどんっと思いっきり叩かれました。

え?と思うまもなく

S先輩はさっきまでの硬い表情を崩して

「これでもう大丈夫よ。」と言いました。




私は何かを連れてきてしまったのでしょうか。

いったい誰の手を引っ張ったのでしょう。


後日聞いた話によると

はっきり時間を計っていたわけではないけれど

私とMさんの組は帰ってくるまでに40分くらいの時間を要していたそうです。




今でも夏の夜の草いきれを嗅いだり 夜のしじまにぽつんと立っているような時

あのときの穴の中から差し出された手の感触をふと思い出すことがあります。






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