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武田の単純な動機

 GWを過ぎ、入学式から既に一ヵ月が経過した。

 クラスメイトは皆優しいし、高校生活にもだいぶ慣れてきた。更紗の一件以来はこれといって大きな事件もなく、平穏な日常が続いている。もしかしたら、雨降って地固まる、ではないけれど、新生活が始まって早々起きた彼女の事件によって、クラス全体が纏まったという側面もあるのかもしれない。

 数少ない男子である僕に対して、当初はどう接するべきか戸惑っているように見えた女の子たちも、更紗の事件以降、少しずつ僕に声をかけてくれるようになった。隣の席の朝比奈さんなどはそのいい例だと思う。以前貸してもらった『ドグラ・マグラ』という小説の感想(といっても、あんまり大したことは言えず、なんか凄かった、ぐらいの感想しか返せなかった)をきっかけに、今ではやや打ち解けて会話ができるようになった。


 そんなわけで、女子だらけのクラスにも予想外に早く馴染むことができ、僕の高校生活は順調とは言えないまでも、まずまずのスタートを切ったと言えるだろう。


 そして現在、目下の問題は、部活動をどうするかだ。

 中学の頃は帰宅部だったし、別に必ずしも部活動をしなければならないわけではないのだけれど、せっかくだから何かやってみたい。ただ、今年度から共学になったばかりで、当然まだ男子部員の受け入れ態勢が整っていない部もあるようで、もう少し様子見でいいかなとも思っている。でも、クラスにはもうどこかの部に所属している子が何人もいるし、そろそろいくつか候補を考えておくタイミングかもしれない。


 本命はやはり演劇部か。その最大の理由はもちろん、去年まで姉貴が所属していた部だからだ。上級生は姉貴の後輩だし、男子部員の受け入れに特別な施設や配慮が必要な部でもないだろうし、環境面では何の心配もない。それに、僕が演劇部を選んだら、姉貴もきっと喜んでくれるはずだ。


 次点は、その他の文化系の部活動。もし入るとしたら、文芸部だろうか。『ドグラ・マグラ』以来、朝比奈さんからは何冊か小説を貸してもらって――むしろ押し付けられて、という表現の方が的確かもしれないが――小説の面白さに少しずつ目覚め始めている。『ドグラ・マグラ』が難解すぎたせいか、その後に貸してもらった本が相対的にとても読みやすく感じられて、すいすいと読破できるようになった。

 また、本をスムーズに読めるようになったことで、教科書や参考書を読み解くのが少し楽になったという思わぬ副次的効果もあった。入学早々迷わず文芸部に入った朝比奈さんからの誘いもあって、最近ちょっと読書に興味が出てきたのだ。


 難しいと思うのは運動部。

 僕自身、運動神経は良くないし、運動が好きなわけでもない。設備的な問題も含めて、性別の違う僕が入ることの難しさはあるはずだ。仮に所属したとしても、バスケやバレーなどのチーム競技では女子に混じって試合に出ることもできないだろうし、個人競技とはいえテニスだって事情は大きく変わらないはず。

 それに、そもそも花倉高校には運動部がバスケ、バレー、テニスの三つしかなく、いつか福島さんが話していた通り、運動部にはあまり力を入れていない。運動部に入るのは、体を動かすのは好きだけどスポーツの名門校を目指すほどの実力がない子たち、あるいは、既に運動部に所属している先輩に憧れて入る子たち、という感じのようだが、僕はそのどちらでもない。

 だから僕は、少なくとも文化系、できれば演劇部に入りたいと考えていた――のだけれど。


 ある朝、登校して席に着くと、いつものように不敵な笑みを浮かべた武田が、僕に声をかけてきた。


「よう、おはよう、今川くん」


 僕はとても嫌な予感がした。武田がわざわざかしこまって『今川くん』と君づけで呼んでくるのは、大抵何か僕に頼み事があるか、何かに巻き込もうとしているときなのだと、僕はこの数週間で悟ったのだ。今度は何を言われるのか、と心の中で身構えつつも、僕はそれが顔に出ないよう作り笑いを浮かべて挨拶を返した。


「お、おはよう、武田。今日もいい天気だね」

「ああ、そうだな。ところでちょっと相談があるんだが……」


 武田はそう言うと、ぐいっと僕の机に身を乗り出した。


「今川、お前、部活はどうするつもりだ? やっぱ演劇部か?」

「うん、まあ、もちろん候補の一つには入ってるよ」

「もう決めたのか? 入部届は?」

「いや、まだ出してないけど……」

「じゃあちょっと待て。あのな、実は俺、テニス部に入ってみようかと思ってるんだ」

「は? テ、テニス部?」


 武田の口から飛び出したとんでもない言葉に、僕は耳を疑った。ずんぐりむっくりの武田の体型からして、運動神経があるようにはとても見えない。それでも強いて運動のイメージと重ねるなら、武道系か、せいぜい野球のキャッチャーぐらいだろうか。その武田が、事もあろうに、敏捷性や反射神経を要求されるテニス部だって……?

 言葉を失う僕に、武田はにやりと笑みを浮かべながら頷いた。


「そうだ。運動部の中でも、バスケやバレーはチーム競技だから、仮に部に入ったとしても、人数が揃わなければ試合はできない。でもテニスはどうだ? 基本的には個人競技だから、ワンチャン試合に出られる可能性があるだろ」


 たしかにそうかもしれないが、それ以前の問題が大きすぎるような気がしないでもない。僕は一応肯定しつつも、その点を尋ねてみた。


「ま、まあそうだけど……武田、テニスやったことあるの?」

「いや? ねえよ?」


 武田は臆面もなくそう言い放つと、僕の首に腕を回し、耳元に口を寄せる。


「女子校だからこそ入る意味があるんだろうが。テニスっていったら、ほら、パンチラ見放題だろ?」


 うわぁ、それかよ。予想の斜め上を行くめちゃくちゃ不純な動機だ。ある意味、武田らしいと言えば武田らしいけど。


「パンチラだけじゃない。生足も見放題だし、ひょっとしたら前チラだって……」

「武田、そんな理由で部活を選んで恥ずかしいと思わないの?」

「ええ? 何でだよ。部活動なんて、どこの部に入ったってどうせ単なるお遊びなんだぞ? 真面目に選ぶのは単なるバカだっての」

「お遊びって……真面目にやってる人だっているかもしれないじゃないか」

「いねーって、そんなの。で、ものは相談なんだがな、今川。俺と一緒にテニス部に体験入部してみないか?」

「ええ? 僕が? テニス部に?」


 ……武田に声をかけられた直後から抱いていた悪い予感は、やっぱり的中した。


「そそ、一緒にパンチラ見ようぜ! な!」

「いや、僕は別に……」

「なぁ~に、ちょっと体験入部してみるだけだぜ? ちょろっとやってみて、合わないようだったらそこでやめればいい。演劇部に入るのはそれからでも遅くないだろ」

「でも僕、テニスなんてしたことないんだよ?」

「いいじゃねーか、ガチのテニスがしたいわけじゃねーんだから。どうせ最初は球拾いとかだろうし、球拾いにかこつけてスカートの中を見放題。それに、やってみたら案外楽しいかもしれんぞ?」

「そんないい加減な理由で……」

「別に体験入部したからって絶対そこに入らなきゃいけないってわけでもねーんだから、な? いいだろちょっとぐらい。頼むよ今川」


 と、小声で話し込む僕たちに忍び寄る影が一つ。


「おう、何か面白い話してんじゃん。テニス部でスカートの中身がどうしたって?」


 背後から突然声をかけられ、武田はびくりと体を震わせる。見上げると、声の主は岡部さんだった。そういえば岡部さんはもうテニス部に入ったんだっけ。武田は苦笑を浮かべ、イタズラが見つかった子供のように怯えながらおそるおそる岡部さんの方を振り返る。


「や、やあ岡部。実は俺、前からテニスに興味があってさ……」

「へえ? あんまりそうは見えないけどな……それで?」

「それで、今川と一緒に体験入部してみようと思って、今誘ってたとこなんだよ……岡部からも誘ってやってくれよ」


 僕に対しては威圧的な態度をとる武田も、岡部さんの前では蛇に睨まれた蛙のように縮こまっている。武田の言葉を聞いた岡部さんは、ぱっと目を輝かせた。


「えっ、マジかよ! 今川くんがテニス部に……? いいよ、もちろん大歓迎だよ! よーし、善は急げだ、今すぐ部長に伝えてくるね!」

「あっ、あの、ちょっと岡部さん!」


 僕が慌てて声を掛けたときには、岡部さんはもう教室を飛び出していた。

 ……なんか、すごく巧妙に罠に嵌められたような気がするんだけど……。


 しばらくして、息を切らせながら教室に戻ってきた岡部さんは、声を弾ませながら、僕と武田のテニス部への体験入部が決まったことを告げたのだった。

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