5話 母への贈り物
Q.ファルミア君はいつ戦闘をするのか
A.多分次々回には・・・(血涙)
「んぐ・・・はぁ」
特に決まっていない起床時間。人間だった頃はいつも仕事の時間で早起きだったのだが、今の俺は寝坊し放題。の、筈なのだが、やはり身体が変わっても俺の意識だけは同じなのでどうしても早起きになってしまう。
「・・・飯、作るかな」
最後の朝
僅か半年ながらも親として俺に色々な事を教えてくれた母さん。半年ではあるが、やはり親は親だ。人の頃にあまり親孝行出来なかった事を思い出す。人だった母さんにするのと、竜である母さんに親孝行するとなると
正直、どうすりゃいいかわからん。
(何か、何かないか?母さんが喜びそうな事・・・)
暫く考えてみたが、さっぱり良い案は浮かばない。
ふと、自分のスキルを眺めてみる。ん?一つのスキルが目に止まる。これがあれば、母さんとの約束は簡単になるんじゃないだろうか?とりあえずどこまでが可能なのか確認してみよう。
~ヴァルニア視点~
「くぁ・・・」
起床の際にこの様に伸びをするのはとても気持ち良い。竜体では出来ない事だ。まあ、この洞窟は我の身体では狭かったからな。
しかし、今日でここを出るか。永く生きてきたが、子を産むという事は初めての事だった。子は親元を離れると急速に成長するらしい。それは嬉しい事なのだがな。同時に顔を合わせる機会が極端に減るらしい。減るだけならまだ良いだろう。外に番を見つけた場合、二度と顔を合わす機会は訪れない。子を持つという事はそういう事だと理解してはいたのだが、あまりにも早すぎるだろう。
「もう少し、親の気分を味わいたいのだがな・・・」
生まれた時こそ我が子の異常さに驚いたものだが、それも刃竜というのであれば納得出来た。
黒刃竜
永らく空座となっていた場所に我が子がなるとは、嬉しいのだが、心配でもある。刃竜というものはどうも、奔放な性格のものがなるのだろうか。
まあ、我が子が特殊なのだろう。さて、朝食だ。変化の術を教えてからというもの、ファルは朝食というものを突拍子もなく始めてきた。最初の頃はあれが無いこれが無いと面倒な事を言っていたが、最近はそれも収まってきた。
いつも食事を取る広い場所に来たが、ファルはいない。まさか、もう発ったのか?我に声も掛けず?
ファルの寝床に向かう。・・・いない
食料の保管場所に向かう。・・・いない
洞窟の外に出る。・・・いない
そもそも、我の起床時間に合わせていつもファルが起こしに来るはずだ。
だが、今日はそのファルがいない。
焦りと共に押し寄せる感情、永く感じた事の無いそれは、我の頬を伝い、零れ落ちる。
「・・・む、これは・・・」
頬に何かがつつっと流れる感触に、雨か?と思い天を見る。視界に広がるのは澄み渡る青空。不思議に思いつつも、再び頬を伝う滴を手で拭う。
「母さん・・・?」
「・・・ファル・・・?」
背後から声がした。振り返り、姿を視界に捉えると探し求めていた相手に近付き、抱き締めていた。自分よりも小さいその身体を。自分の子である相手を。
「どこにいたのだ?」
「あ、ああ、ごめん。ちょっとスキルで違う空間にいたんだ」
「違う空間?」
「そう。空間支配がどこまで出来るのか、ちょっと調べていたんだよ」
我の想いを他所に、まったく、やはり奔放な奴だ。
「母さんの為にね、急ごしらえだけど、完成したから見てほしいんだ。
我の為?一体何を作っていたのだ?
「あの、母さん?」
むぅ、我の為・・・スキルを使って何を作っていたのだ。
「母さん?あの・・・そ、そろそろ離れない?」
なんだ、実の親だというに恥ずかしがっているのか?くく、ファルの苦手な事は・・・なるほどな、まだ0歳の分際で・・・。
背に回していた腕を解くと、ゆっくりと離れる。紅潮させた顔から、薄く笑みを浮かべたまま離れる。
「で、何を作っていたのだ?」
我自身が思っていた以上に、ファルの存在は大きかったのだな。まさかこの我が寂しい等という感情を持つ事になるとはな。だが、永く生きてみるものだ。この感情は悪いモノではない。
少しばかり驚きはしたが、今はまだ発たずにいた我が子の話とやらに付き合おう。
~ファルミア視点~
焦った。異性に対する耐性なんて人だった頃からあんまり、いや、ほぼ無いに等しいだろう。相手は母さん、とは思っても親とは思えない程の美人に抱き締められると焦りもする。
こんな事ならわざわざ女性の姿を取らないで欲し・・・いや、それを望んだのは他でもない俺自身なのだから、母さんにそれを思うのもお門違いだろうな。
とりあえず、先ほどまでスキルで構築していた場所に案内しよう。踵を返して洞窟に進むと、後ろを歩む母さんに話かける。
「俺が空間生成っていうスキルを持ってるのは覚えてる?」
「ああ、そういえばあったな。我も初めて見るもので、どの様な効果があるのか検討も付かない」
「まあ、とりあえずこっちに来てよ。洞窟の中に俺の作った空間への扉がある」
「扉・・・?」
母さんでも知らないスキル。空間生成によって俺が作ったのは、この世界と隔絶された空間だ。空間の中は最初真っ白な世界があるだけだった。だが、俺の生成した空間だからこそ俺の思い通りの形になった。ただここにこれを設置したい、と思い描くだけで何でも出来たのだ。そう、それがこの世界に存在するかどうかも分からないのに、だ。
「これを開いて、母さん。その先が俺からの贈り物だよ」
「なんとも・・・普通の扉だな。まあ、装飾過多よりは良いがな」
ギィ・・・
扉を開いてその先に広がる世界に、母さんは言葉を失うが、呆けた表情のまま、すぐに視界に映る世界について口を開く。
「なんだ、これは・・・ここが・・・お前の作った空間なのか?」
「そうだよ、まだ途中なんだけどね。」
長細い道の左右には竹林が並び、優しい風に笹の微かな音色が乗る。
「・・・やれやれ、これはお前が望んだモノが具現化した世界なのか?」
「そう、だけどこれだけじゃない。見せたいモノはもっと奥にあるんだ」
「奥・・・?」
細道の先に視線を置きながら固まる母さんを横目に、俺は歩き出す。そのまま母さんと先に進んでいくと、開けた場所に茅葺屋根の振るい古びた様に見える日本家屋が姿を現した。
「これは、人間の住む家か・・・?」
「ああ、家だよ。この空間の中に作った家。母さんは和装が似合うから、こんな感じにしてみたんだ。それとこれ」
家屋の前まで来たところで母さんに一つの腕輪を渡す。
「これは?」
「この空間と、外を繋ぐ腕輪だよ。これも望んだら出てきたんだ。母さん、一ヶ月に一度、っていうのじゃなくてここにいればいつでも会えるよ。俺の空間だからいつでも俺は入れるしね」
「く・・・くく・・・お前という奴は、本当に・・・」
「寂しい思いは俺も一緒だからさ、母さんにはそんな思いして欲しくないんだよ」
これは本心だ。だが!けして!マザコンな訳ではない!あの背中を見るとどうもそのままにはしておけなかった。
だから一ヶ月なんて約束を守れるかどうかわからないよりは、こうしていつも会える方が絶対良いだろうと、この空間を作り、腕輪を贈る事でさらに寂しさを紛らわそうとした。
「・・・はぁ、ここは良い場所だな。お前には本当に驚かされてばかりだ。ありがとう、ファル」
家屋を見ながら礼を言う母さんの横顔に浮かぶ微笑みが、今まで見たどの笑顔よりも綺麗に見えた。
「さて、じゃあそろそろ行くよ」
「ああ、我はここにいるからな。たまに食料を取りに外に出向くかもしれんがな」
「それなら家の中にあの洞窟に通じる扉も設置してあるから、そこから出るといいよ」
「わかった。改めて言う事でもないと思うが、お前はまだ0歳なんだからな。気をつけて行け」
おぉ、そうだった。俺まだ0歳なんだよな。今の自分の背格好で0歳なんて言われて、誰が信じるのかと苦笑してしまう。
「気をつけるよ。それじゃ行って来ます。母さん」
「うむ、ではまたな」
自分の作った空間から外に出るためには、扉を潜る必要がある。俺は空間の主なので必要ないが、それ以外の者は腕輪を身につける必要があった。
去り際、目で母さんを捉えなくなるまで、手を振っていた。それに対し振り返してくれる母さん。人間の動きが様になっている。あの家に生活に必要な物は大体作った筈だ。ただ、母さんは竜として長く生きているから、元人間の俺とは食生活に大分違いがある。まあ、竜として言えば俺こそが異端なのだが。
さて、まず空間から出よう。洞窟に戻ってからが冒険の始まりだ。
「聖教国ね、名前からもう宗教国家だっていうのはわかるんだけど、信仰してる神は何なのかね」
洞窟に戻り、外に出ると丁度太陽が真上に昇ったところだ。ちょっと遅れはしたが、旅の始まりには良い天気で喜ばしい限りだな。
ふと思うのだが、人の生活範囲はどの程度なのだろうか。洞窟の外は崖、その下には森林が広がっている。森林の先はここからでは視認できない。広すぎるだろ森よ。
「竜形態で森の外まで飛ぶか?けど、いきなり俺みたいな竜が人の生活圏内に現れたら大騒ぎだろうな。討伐隊とかも召集されたりしてな」
色々と思案してみるものの良い案は出てこない。なんてことだ、まさか出発早々で詰まるとは。
(主様・・・)
頭に直接語りかける声、昨日リセットする、と言って眠っていた白水の声だ。
(お、起きたのか?リセットは終わったか?)
(はい、無事に終了です。何やらお悩みのようですが、如何致しましたか?)
口調が変わっている。それに声色も少し柔らかさが感じられるな。人格?刀格?もリセットで変わったのか?そして俺の事は主様か、まあ間違ってはいないが。
(ちょっとな。そういえばお前は何百年と存在してるんだよな。この世界の人間が生活してる場所も大体わかるか?)
(はい、ですが少々白水の記憶は古いものとなりますがよろしいでしょうか)
(構わない。ここから竜の姿で人々にばれない程度に聖教国に向けて移動したい。どこまで行けそうだ?)
(ミスティナ聖教国までは・・・・・・・・・ここから南西方向、主様から見て斜め右側ですね。その方角に移動致します。森林を抜けた先に山脈があり、そこを過ぎると人々の生活圏内となります)
(ミスティナっていうのか。あぁ、山脈には人が入らないのか?)
(はい、まず普通の人間は寄り付かないでしょう。この付近の森、人々は大森林と呼んでいます。この森から人々の住む場所に行くには必ず山脈を通る必要があるのですが、そこはワイバーンの住む場所、亜竜山脈と呼ばれていますので、ワイバーンの素材等を必要としない限りは近付こうとしない筈です)
(ふむ、ってことはその亜竜山脈とやらまでは竜形態でも行けるってわけだな。ありがとう、助かったよ白水)
母さんは人の住む場所に関して教えてはくれたが、名前までは知らなかったので、正確な地名や国名まで知っている白水はやはり重宝しそうだ。
(主様の御役に立てる事は至上の喜びです。またお困りの事が御座いましたら、何なりと)
(あぁ、一つあるぞ。お前に鞘はないのか?このまま下げているんじゃ、多分人の国に入る時に面倒になりそうだ)
(申し訳ありません。忘れていた訳ではないのですが、鞘は主様の魔力を媒体に生まれるのです。主様が私に魔力を篭めて頂ければ、すぐに)
なるほど、魔力を糧に作られる鞘か。柄を握り、母さんから習った魔力の放出対象を白水に絞って開放する。
(あ、主様!!魔力が強すぎます!もう少し抑えて下さい!!)
(へ?)
焦った白水の声に呆けた返事を返してしまう。握っていた白水に黒い霧の様なモノが纏わり付き、次第にその白銀に輝く刀身を覆っていく。
(主様・・・申し訳ありません。私の説明不足でした)
先ほどの焦った声とは違い、消沈したようにか細い声での謝罪。
俺自身もどうすれば良いか焦ってはみたのだが、刀身を覆っていた霧が徐々に晴れ、晴天に恵まれているにも関わらず、光さえ吸い込むかの様な漆黒の鞘に包まれていた。
(これは、俺の魔力の所為か?)
(はい・・・推測となりますが、主様の魔力で作られたこの鞘は既に白水以上の硬度、価値を秘めています。例え話ですが、この鞘に主様の全力で白水を振られた場合、確実に私は負けるでしょう」
負ける。刀の負ける、という事はやはり折れるという事だろうか。やってしまった。頭を抱えて唸るのだが、後の祭りで、とりあえず白水を腰に戻す。
(すまん、なんというか、悪気があったわけじゃないんだ。これは事故なんだ・・・)
(い、いえ!おやめ下さい主様!白水の力が及ばないだけなのです!)
(あぁ、うん・・・まあ、鞘がどうであれ白水は白水だろ。気にするな)
(主様・・・有難き御言葉に御座います・・)
それじゃ、気を取り直して出発しますか。右斜めだったな。飛行するから方角を間違える事もないだろう。便利だな、飛行スキル。
教国とやらがどんな場所なのか楽しみだ。出発するまで時間が掛かってしまったが、まあ大丈夫だろう。今日行ける範囲で動いてみるか。
今日の内に一つの出会いがあるのだが、この時の俺はそれを知る由もなかった。
新生白水ちゃん \爆☆誕/
鞘の凶悪さに消沈する白水ちゃん。
母君「まぁたあいつは・・・」
次回、また明日の更新です。