24話 散歩の続き
24話 完了です。
エストに言われた通り、教皇庁への道を進む。
彼女とは俺の屋敷に着いた所で別れた。何もないが、少し屋敷に寄っていくらしい。
そして、今俺が歩いている場所は先程まで歩いていた場所とは違い、外壁が白一色で統一された建造物が多く立ち並ぶ場所だ。
よく見れば地面を覆い尽くすのも、市外区とは違い、凸凹とした物ではない。
市外区から教会区を抜けて、先にある門を抜ければそこから先は貴族達のみが入る事が出来る区域となるのだが、俺自身は貴族ではないため、本来であればこの区域に進入する事は叶わない。
「見れば見る程、何となく中世の世界観を思い出すなぁ」
歩む道の途中に、何度か貴族階級なのであろう人物を見かける。
成人した女性達は皆、頭の上で髪を纏めていて、着飾る衣服は肌の露出が極端に少ない。
皆スカートではあるのだが、足先まで覆い尽くす布。中に何か入っているのかと思う程に膨らむスカート部分。あれは実際何が入っているんだろう。
男性の方は現代日本とそこまで違いが分からない。上にジャケットを羽織れば、サラリーマンの正装としても通用するのではないかと思う程だ。
まあ、そこまではいいが、男性の特徴はその持ち物だ。それぞれ帯剣している。剣というよりはレイピアのような物だろうか。
この国は、なのか、この世界は、なのか。帯剣するのが一般的なんだろうか。現代日本を生きていた俺からしてみれば、異様な光景に映る。
「さて、まあ、門までは辿り着いたけど、大人しく開けてくれるかしらね・・」
一度来た事があるのだが、その時はエストが門の守衛に取り次いでいたわけで、俺がいきなり現れて門を開けてくれと言った所で、素直に開けてくれるのか、甚だ疑問である。
守衛は二人。片方は詰所のような小さな建物の中で書類に目を落としている。もう一人が門の前で槍を片手に警戒している、という状況だ。
俺からしてみれば、飛んで門を突破するとか、空間移動でエレインの傍に行けばいいだけなのだが、それをして追い回される等の面倒事は御免被りたい。ということで、大人しく守衛の詰所に近付いていく。
「ちょっといいかしら」
「あ、はい。なんでしょう?」
「この先に行きたいのだけれど、門を開けてもらえるかしら?」
「え?・・・いえ、申し訳ない、観光で来られたのかな、お嬢さん。此処から先は教皇庁への道になっているんだ。だから、限られた者しか開く事は出来ない。すまないね」
なんとも、案の定といった流れが展開される。というかエレインもエストもちゃんと連絡していれ欲しいんだが。
守衛は笑顔で、多分歳の頃は三、四十代だろうか。人の良さそうな顔をしている。貴族かどうかすら分からない俺にさえ、こういった態度で話せるのはとても好感が持てた。
「どうした?何かあったのか?」
「あぁ、いや、観光に来たお嬢さんがこの門から先に行きたいと言っていてね」
「なるほどなぁ、まあ、観光に来たのなら、他にも見栄えの良い場所はあるさ」
門の警備に立っていた方も此方に来て、話に加わる。俺の位置からしたら真後ろになる立ち居地で、詰所に居た方は身体を横にずらして会話している。
俺もその男の側へ振り返ると、一瞬、空気が変わったような、変な既視感にも似た何かが通り過ぎる。
「よろしければ、私が教えましょうか?」
振り返った先に居たのは、二十代ほどの男。槍を携えたままではあるが、落ち着きのある声音で俺に問いかける。
ヘルムから覗く顔は、そこそこ綺麗な顔立ちをした青年。青い瞳に金の髪。現代で言えば貴公子とか言われそうな人種だろう。
「うーん‥でも、エレインにも呼ばれているのよね。申し出は有り難いけれど、また今度ね」
「いやぁ、とはいっても、門は‥いや、そもそも教皇様を呼び捨てってまずいから・・・ここ、一応貴族街だから、やめた方がいいよ?」
「あー‥あ、じゃあ、バームンドはいる?彼なら私の事もわかるでしょうから、呼んでくれるかしら?」
たしか、そういう名前だったと思う。
先のエレインとの謁見の間にも居た彼なら、この状況を打開してくれるのではないかと、その名を出した。
俺の素性も知っているし、呼んでくれさえすれば、すぐに取り次いでくれるのではないかと、軽い気持ちで尋ねてみる。
「今度はバームンド卿か‥うーむ、すまない、お嬢さん。疑っている訳ではないんだが、少し詰所まで来てもらっていいだろうか?」
「詰所?此処ではなくて?」
詰所という表現だけでは、此処もそれに該当するのではないかと思うのだが、彼の話によると、それは門衛の詰所、そして、俺がこれから行くであろう場所は騎士団の詰所らしい。
「騎士団ならバームンドもいるか。構わないわ」
「だから呼び捨て‥もういい、では、此方に。騎士団詰所とはいえ、大体の人間は貴族だから、あんまり問題発言はしないで欲しいんだが‥」
目の前の、一介の兵士からしてみれば、エレインもバームンドも雲の上の存在であろうことは明白だ。
対して、その二人に用があるという俺は、どこの馬の骨とも知れぬ観光客にしか見えないのだろう。呆れたというよりも、彼等の表情は困惑しているように見える。
だから、エレインやエストから連絡が来ていないのであれば、事実、そう思われたとしても、無理もない話なわけで。
「まあ、困っているのはお互い様よ。とにかく、早い方がいいわ。騎士団の詰所はどこ?」
「やれやれ、事実上の連行と然程変わらないというのに、自分から先を促すとはね‥」
「何も悪い事はしていないもの。連行されたところで、ただ聴取されるだけでしょう?ほら、早く早く」
なんだかなぁ、ともやもやした心情は察するに留めるが、兵士は歩き始めた。その背を追って、俺も後ろから歩き始める。
門の守護をする人員が一人減るのだが、それはいいのかとも逡巡するが、ふと後ろを振り返ると、門前の詰所で再び書類に目を落とす姿に首を傾げた。
「そういえば、門の守備はあの人だけでいいの?」
「目と鼻の先とまではいかないが、詰所自体はそこまで遠くないんだ。それに、あの門に近づくのは大体が教皇様の側近の方だからね。君みたいな可愛い観光客の方が圧倒的に珍しいんだよ」
なるほど、だから、平時であればそこまで警戒する必要もないという事なんだろう。
とはいっても割り振られた仕事である事に変わりはない、現場の人間の判断だけで動いてもいいのだろうか。その辺り、この国の兵士の考え方は緩いのだとも思ってしまう。
門から離れ、歩く事三分程度の所で騎士団の詰所に辿り着いた。
建物には聖教国の記章と、騎士団を表す旗が大きく掲げられている。堅牢な造りは見ただけで理解でき、それでいて荘厳な印象をすら感じる。
騎士団の詰所という事で、奥の方から訓練をしているのだろう大きな掛け声も聞こえてくる。門を越えて、暫くはきょろきょろと周囲を見渡しながら歩いていると、騎馬隊の訓練中であったろう者が、一人だけ此方へ走ってくる。
「馬上にて失礼、やはりファルミア様でしたか。このような場所へ如何されたのです」
「バームンド‥卿って言った方がいいのよね。エレイン‥いえ、教皇に用があって門を越える前に、勘違いで此処に連れてこられちゃったのよね」
「勘違い・・・?」
首を傾げ、逡巡の後馬から降りると、横で背筋を伸ばし、右掌を顔の横に添えて立っている兵士の方を向く。
あの状態がこの国の敬礼のポーズなのだろう。顔は強張り、見るからに緊張していますと物語っている。
「お前は‥外門警備の者だな。此方の御方が来ると連絡は受けていないのか?」
「はっ、そのような指示はありませんでした。外門を通られる場合、教皇様以外の御方は何方であろうと事前に連絡はある筈です」
「なるほど、そういう事か‥。申し訳ありません、ファルミア様。こちらの連絡の不備により、御面倒をお掛け致しました」
スッ、と流れる様な動作で、その場に跪く。
その光景を見た外門警備の兵士は、目を丸くして驚愕している。まあ、自分が連行してきた相手に、自分達騎士団の長が跪く姿を見れば、驚くのも無理はない。
「いいから、普通にして頂戴。エレ‥教皇に用があるけど、別段急いでいる訳でもないし、観光気分で楽しかったわ」
数分程度の道程ながら、私は只相槌を打っていただけに関わらず、この兵士は色々と場所についての話をしてくれていた。観光名所、景色の綺麗な場など。
興味があるかといえばそれほど唆られる内容でもないのだが、国内の場所に関しては知っておいて損はない話なので、大人しく聞いていたという訳だ。
「そうでしたか。では、ここからは私が御案内致します」
「いやいや、訓練中だったのでしょう?連絡さえしてくれれば、私一人で平気だから」
「‥わかりました、それでは。お前はファルミア様を門までお連れしろ。その後は引き続き警備任務に戻るように」
「はっ、了解しました」
立ち上がりながら言う彼の提案は嬉しいのだが、彼にも戻ってくるのを待っている者達がいる。騎乗したまま、此方を伺うように見ている一団。
皆揃いの鎧に身を包み、屈強そうな体つきは、彼等が精鋭の団員なのだろうと認識させてくれた。
「じゃ、戻りましょうか。また楽しい話を聞かせてくれると嬉しいわね」
兵士を振り返ると、ふわりと俺の髪が靡く。笑顔を向けてエスコートを願い出ると、兵士の顔に僅かながら朱が差している。
自惚れだろうけど、実際俺の想像したこの姿は目を惹くだろうし、こういう感情を向けられるのも仕方ない事だろう。
この時、私は気づいていなかったが、どうやら門兵だけでなく、バームンド、そして遠巻きながら見ていた騎馬隊の面々も感嘆の声を上げていたらしい。
兵士に連れられ、外門に戻る。
先程来た時と違う点といえば、閉ざされていた門が開かれている事と、その前にメイド服に身を包んだ人間が立っている事だ。
たしか、彼女も見たことがある。謁見に来た時にバームンドと一緒に居た者。俺に土地を与える事を進言したのも彼女だった筈だ。
「お待ちしておりました、ファルミア様」
俺が近づき、彼女の近場まで寄ると恭しく頭を垂れる。
銀縁の眼鏡を掛け、見るからに『私、出来る女です』という印象を受ける。相対して間もないながら、鋭い眼光に萎縮しそうになる。まあ、あの時は彼女自身をそこまで見てはいなかったからだろう。
「こちらへどうぞ、御案内致します」
門を抜けた先からは彼女が案内役らしい。兵士の方に笑みを向け手を振ると、敬礼の姿勢を取ってくれた。
色とりどりの花が、先導されて歩く俺に、その微かな香りを風に乗せて運んでくる。この場所も二度目の筈なのだが、違う場所を通っている感覚に陥る。
やはり謁見という名目もあって、俺自身、気づかない内に緊張していたのだろう。
「ファルミア様」
「ん?」
「連絡の不備について、大変申し訳ありません。エストも悪い子ではないのですが、こう、稀に抜けている部分がありまして‥」
「気にしていないわ。門の警備兵はとても良くしてくれたし。というか、その言い方だと、まるでエストの親みたいね」
「はい、私の名はファリア・ヴェサリア。エスト・ヴェサリアの母であり、猊下の侍女長を務めています」
驚いた事に、目の前の女性は一児の母だという。正直、まるでそうは見えない若作りな顔をしている。
髪の色は濃い青。エストは水色のような感じだったから、言われてみればなんとなく、という感想しか出てこない。というか、そうなるとこの女性は幾つなんだろうか。
「驚いた。冗談半分だったけれど、本当にそうなのね」
「早い内に産みましたから、そう思われても仕方ありません。では、こちらの部屋になります。外に私も控えておりますので、何か御座いましたら、声をお掛け下さいませ」
歩きながら会話していたとはいえ、いつの間にか目的の場所に着いていたようだ。
さすがは出来るメイドさんといったところだろうか。再び頭を下げるファリアを横目に、開かれた扉の先に足を踏み入れる。
これからエレインと話す事は、他の貴族達にもあまり聞かれたくない話だ。俺の話、そして、エリスとエレインの話。それと、母さんの話だ。
一度はこの国に住む事をエレインは了承したが、この話によって、また話が変わるかもしれない。交渉というわけでもないが、気を引き締めて臨もう。
お読み頂き、ありがとうございました。
今更ながらPS4を買おうか迷っています。
何かゲームやりたい、っていうわけでもないんですけどね・・。
あると何か使えるかなーっていうノリで(笑)




