22話 ファナト商会
22話 完了です。
遅くなってしまい、申し訳ありません。
また少し風邪気味になってしまいました。
見た目も綺麗な高級料理に舌鼓を打ち、暫くフェルトと話をしている。
ファナト商会は教皇を始め、聖教国の有名な貴族との取引を主とする大規模な商会。そしてフェルトはその会頭ということで、色々な話を聞けた。
彼の商会で扱う物は、衣、食、住の生活に必要な物についてはほぼ全てを網羅しているという。
昔は奴隷も扱っていたらしいのだが、現教皇が実権を握った時に、その分野は廃業した。
奴隷については俺も考えていた。屋敷を手に入れた事で、常駐してくれる管理者が欲しいというのはすぐに思った事だ。
ただ、これについてはエストの方で紹介が出来るというので、悩む必要も無さそうに思えた。だが、その話をするとフェルトからの話で、俺の考えが甘い事を知らされる事になった。
貴族の紹介で来るメイド。それは俺の屋敷、その内部を調査する為のスパイを送る唯一の手段となる。
内部を知り、そして俺の弱味を握る事が出来れば、俺を操る事が出来るのではないかと、そう考える貴族がいない訳ではない。
俺があの場で正体を晒した時に居たのは大司教、枢機卿である。彼等は教皇に心酔している節があるので、その心配は無いのだが、それでも、俺の情報があの場以外に洩れないという事も無い筈。
現に、既に俺の前にいる人物は情報を得ている。短い期間だが、彼はそれを知って悪用するという事はないと思う。俺の意見だけではなく、エリスからもそう言われたのでは、疑う必要はないだろう。
そして、俺の屋敷に来るという事は、スキルの空間生成で構築したあの扉を知る事となる。
あの扉は俺の許可がある者にしか開く事は出来ない。そういった制限を設ける事は可能なのだが、あの屋敷にあって、それも俺やエリスの寝室側に開かずの扉があるのは、少なからず使用人が不思議に思うだろう。
そういう事もあって、やはり使用人は気心が知れた相手が良いのだが・・。
「気心が知れた相手・・ねぇ・・・人の住む場所に来たのは、此処が初めてだからねぇ」
「私も孤児院以外ではあまり、お付き合いがある方はいません・・」
俺は竜で、人との関わりは皆無。エリスも聖女ではあるが、聖女としての力を求めて縋る相手としてしか、関わりは無い。
ん?孤児院・・・?
「エリス、孤児院から使用人を雇うっていうのは難しいの?」
「どうでしょう?孤児を引き取るのは、大体の方が貴族の方です。多分、相応の地位、そして財産を持った方しか、引き取る事は出来ないんだと思います」
なるほど、それはそうだ。孤児を養子として引き取るのは前世でも難しいと聞いた。貴族とまではいかないが、養子として引き取った後に、しっかりと養育する為の調査みたいなものをされる筈だ。
俺みたいな一般市民では人間一人をしっかりと育てるというのは難しいのではないか、と頭を悩ませていると、また、フェルトが口を開く。
「ファルミア様は・・たしかに貴族というものではないのですが、そもそも人間からしてみれば教皇様以上の存在です。私がこう言うのは問題かと思いますが、貴族というのはこの国の決めた事であって、エリスちゃ・・エリス様と契約をされたファルミア様は、聖教国内では貴族以上の存在です。それでなくとも、黒刃竜様なのです。孤児を引き取る事に、誰も反対等ありませんよ」
「それは・・まあ、だけど、私は引き取る事は出来ても、育てる為の費用が出せないと思うわ」
「・・僭越ながら、申し上げますと、ファルミア様は、御自身の存在というものを、まだ御理解頂けていないようですね」
たしかに、俺は黒刃竜で、全種族から信仰を集めるというのはアリシアさんから聞いている。それでも、それが人一人の命を簡単にどうこう出来る物ではないと思う。
わからない事は、この国内においての俺の立場だ。聖女との契約者、そして黒刃竜という存在。屋敷にSランク冒険者を護衛として配置。その屋敷を一日と経たずに建築。
実際、列挙してみるととんでもない事をしているのは理解できた。
「ファルミア様は竜の中でも更に特殊な刃竜様であり、契約者であるエリス様は実の姉の様に慕う程。前者は教皇様を始め、主だった貴族様方を味方に、後者は国民の信頼を得るに十分なものと思います」
「エリスは国民全てが知っている訳ではないんでしょう?それでも信頼を得られるのかしら」
「聖女様の名は全国民が知っています。そしてエリス様を聖女として選んだのは教皇様である事も、知っています。国民の方々が知らないのは、エリス様の顔についてですね。孤児院にいらっしゃるお手伝いのシスターが、聖女様とは誰も思わないでしょう」
という事は、聖女としての顔こそ知らないものの、エレインに選ばれた聖女を信頼するのは当然。
ただ、エリスを貶めた、俺を愛妾にしようとしたあの貴族のような者もいる。言いたくはないが、俺にはすぐに信用出来そうにない事だ。
「・・貴族、という形は取らずとも、近い内にファルミア様を貴族の方々に紹介する、大規模なパーティーが開かれるでしょう。教皇様も考えていない訳ではないと思うのですが、ファルミア様がここ、聖教国内でどのような立ち位置に収まるのか、私にもわかりません」
「教皇というトップがいる以上、それよりも上に位置する事はないと思うけど・・」
あの謁見の場では、エレインは俺に対して頭を垂れた。だが、自分達の国の最高権力者が、俺に頭を垂れるのを黙って見ていられる筈もない。あの場ではエレインの静止の声で止まった。だが、それで理解した。
例え俺が刃竜であろうとも、彼等はエレインを止めるだろう。というか、そうしてくれないと困る。
エレインとはあの後も特に問題無く会話をする事が出来る。それよりも他の貴族だろう。エレインがどういう紹介をするのか、現状では把握する事が出来ない為に、俺もどう対応すべきなのかと考える必要がある。
エリスも含め、三人それぞれが悩みに唸るなか、黙々といまだ食事をしていた母さんが口を開く。
「ファル、少し勘違いしてないか?」
「え?」
「お前は貴族になりたいのか?この国で、お前は地位を得たいのか?」
「いや、そういう訳じゃないけれど」
「ならば、何を考える必要がある?そもそも、刃竜と、その契約者は既に人知を超えた存在。人の力などで縛れるものではない。国という人の作った小さな世界で、既にお前達は隔絶した存在なのだ」
黙々と食事をしていたかと思えば、しっかりと話は耳に入れていたようで。
しかも、その話によると、俺は元より、エリスは人としての存在とは別の扱いという事になる。
「エリスもそうなの?もう、人の世界で生きる事は難しいの?」
「難しいだろうな。というのも、エリス、お前の力は既にスレイをすら越えているのだ。戦闘経験こそ皆無だろうが、地の力が違いすぎる。まだ契約してから、魔術の行使などした事がなかろう。これについては自分で感じた方が早い。魔力を使うイメージをしてみろ」
呆けた顔をしているエリスが、母さんに促されて魔力の行使を始めようとする。
胸元で、両の掌を上に向けると、徐々に魔力の輝きが強くなり始める。小さな魔力の塊が、エリスの両手よりも大きくなり、部屋中に輝きを放つ。
その魔力は、とても澄んだ輝きで、仄かに暖かさを感じるものだ。目が離せない。目前で起こっている光景に、フェルトも驚きを露にしている。
「すごい・・こんな魔力、これは、教皇様以上の・・・」
「そこまで、それ以上はこの建物が崩れるぞ」
慌てて魔力の開放を止め、佇む魔力の塊を霧散させる。魔力の残滓が、神々しい輝きを纏いながら散り散りに消えていく。
エリスは呪いを受けていた事もあって、本当の能力値を見る事が出来ないでいた。俺の契約者となった彼女の能力値は、どのように変化したのか。
彼女に意識を向ける。鑑定をする為に。小さく表示されるステータスが、最近見ていなかったので少し久しぶりに感じる。
名前:エリシーヌ・イングリッド
種族:人間(刃竜契約者)
年齢:13歳
性別:女性
職業:イグリース教会聖女
レベル:5
STR:12101
VIT:14001
INT:18091
AGI:11001
DEX:15901
CHA:10000
<スキル>
弓術(C)
光魔術(B)
祈り(B)
聖術(S)
慈愛(ユニーク)
刃竜召喚(ユニーク)
竜刃器生成(第一位階)(ユニーク)
黒の覚醒(ユニーク)
<加護>
月光神シル(加護・祝福)
神竜レネメア(加護)
眩暈がした。契約する事で、ここまで能力が爆発的に上がるとは思わなかった。スキルも多分、俺との契約で追加されたのだろう。加護についても、以下同文。
スキルの欄で、俺に関係するスキルが見える。召喚については、多分その名の通りなのだろう。気になるのはあとの二つ。刃器生成と黒の覚醒についてだ。
これについても知っておくべきだろう。能力の内容によっては、あまり使わないように言う必要も出てくる。
スキル 竜刃器生成(ユニーク)
刃竜との契約者が、契約した時点で自動的に取得するスキル
第一位階で可能とする事は、刃竜を自分の好む形に変える事である。
その際、武器としての竜刃器の力は、刃竜の力そのものである。
第一位階 生成
第二位階 ???
第三位階 ???
第四位階 ???
第五位階 ???
スキル 黒の覚醒(ユニーク)
黒刃竜との契約時に、契約者が自動的に取得するスキル
スキルが発動すると、刃竜と同等の能力値を得る事が出来る。
このスキルは特定の条件を満たした場合にのみ発動でき
発動時間は契約者の能力に一切関係無く、十分間のみとなる。
発動後は契約者と刃竜ともに能力値が十分の一になる。
竜刃器生成の方は、アリシアさんに聞いていたものと合致する。刃竜は元々契約者の武装になる事が出来る竜らしいから、その点だけを見れば気にする事はなかった筈。
だが、その続きに書いてあるものが現状では理解出来ない。位階というのは一体なんだ?俺が聞いた話は契約者の武装になるところまでだ。それでも、位階が上がる事でその先に何かがあるという事はわかる。
母さんなら、何か知っているだろうか?ただ、母さんも万能ではない。先に一度、白水に聞いてみるか。
次に、黒の覚醒だ。こちらについては実にシンプルに思えるスキルだ。人間にとっては過剰な、俺の能力を一時的とはいえ、その身に宿す訳だから、その後に起こる弱体効果というのも納得だろう。
ただ、条件というものがある事で、普段から発動が出来るものではないだけだ。それが何故か俺にも適用されるのが謎なんだが。
「わかっただろう?契約した段階で、エリス、お前がどのような存在に至ったのか」
魔力の発露と霧散によって静まり返った室内に、漸く会話が復活する。切り出したのは母さんだ。
エリスは自分の両手を見て、驚いているのだろう。復帰するまでは多少の時間がかかりそうな気がする。
フェルトの方は、こちらもやはりエリスを見て驚愕の表情を浮かべている。先程までと違い、顔に商人特有といえる余裕な感じは一切無かった。
「正直、話だけであれば眉唾でした。ですが、実際に先程の光景を見ると、信じざるを得ないでしょうね・・」
「恐ろしくなったか?本来の力を解放していない、契約を交わしただけでアレなのだ。お前達人間が、何人押し寄せようと、縛る事はできまいよ。同じ、契約者であれば別だろうがな」
母さんの言葉に、フェルトの眉が一瞬跳ねる。あまりにも小さな挙動で、気付いた者は少ないだろう。
「あまり、私を見くびらないで頂きたいですね・・。エリス様やファルミア様がどういった存在であれ、私は接し方を変えようとは思いませんよ。今と変わらず、お客様として、応対致します」
「くくっ・・殊勝な心がけだな。まあ、此処の飯は美味い。我は此処を気に入ったぞ、ファルよ」
「引っ掻き回してくれた挙句、結局最後は食事の評価なのね・・呆れるわ」
嘆息し、自分の出番は終わったと、再度食事に手をつける母さん。フェルトもすごいな。先程から話しながらではあるけど、食事が無くなりそうになったらすぐに追加する。
というか、此処まで気にしないで食事を続けているが、支払いってどうするんだ?俺は金なんてほぼ持ってないし、エリスも同じだろう。母さんは・・・まあ、洞窟の方に行けば金はあるだろうが。
「ファルミア様、一つ、お聞きしたい事があるのですが」
「何?答えられる事であれば答えるけど」
今更何の質問があるのだろう。俺について大体の事は彼の情報網に入っているだろうに。
「ヴァルニア様・・先程から母さん、とお呼びになられていますが、ヴァルニア様も竜族の方なのですよね?」
「そうか、その情報は無かったのね。教えてもいいけれど、内緒にできる?」
口元に手を当てて、苦笑する。これについては、後程エレインにも伝えるつもりだ。そもそも、エレインに会う為の理由の一つだからな。
フェルトは少し怪訝そうな顔で頷く。俺の内緒、という言葉にも反応して、ほんの少し首を傾げる動作も見えた。
「信用は商人にとって何よりも大切な事です。自分からそれを投げようなどとは思いませんよ。それも、相手が貴女様とあれば、尚更です」
「ならいいけど、母さんは竜族よ。皇竜って種族らしいけど、聞いた事はある?」
なにをするにも、商売っていうのは信用第一だからな。やはりそこはこの世界であっても、共通認識らしい。
内緒にする、と彼が言うのであれば、話してもいいだろう。そろりそろりと、フェルトに近寄って耳を拝借する。小さな声で質問の答えを言うと、皇竜。その言葉を聴いた瞬間、フェルトは泡を吹きながら気を失った。
お読み頂き、ありがとう御座います。
エストに頼るのか、ファナト商会で話に出た孤児院に行くのか。
ファルミア君はどちらに行くんでしょうか。
次回は風邪の状況にもよりますが、また二日後に投稿予定です。




