21話 散歩
21話 完了です。
急激に寒くなりました。布団はお友達
家の中に戻ると、丁度母さんとエリスが階段から仲良く談笑を交えながら降りてくる。
その姿を見ると、本当の親子のようにも見えてくる。お互いに銀の髪をしているから、尚更そう思えるんだろう。
「二人とも、部屋は大丈夫だった?」
「はい、とても広くて、それに室内にある家具も素晴らしい物でした。とはいえ、私には少し、広すぎるかと思ってもいるんです」
「我は寝れるなら何処でもよい。元々雨風さえ凌げれば問題はないからな」
声をかけると、少し小走りになりながら近寄ってくるエリスと、そのままゆっくりと近付いてくる母さん。
「エリスは広すぎて、母さんは大丈夫、と。わかった、後でエリスの部屋は調整しましょう。それと、少し出かけるけれど、二人とも大丈夫かしら?」
「私はいつでも構いません」「我も構わんが、何処に行くのだ?」
「ちょっとした散歩。この国に来て、あまり町を見て周る暇がなかったしね。白水、スレイに少し出かけるのと、あとでエストが来るかもしれない事を伝えてきてくれる?その後は家の中でなら自由にしていていいわ。だけど、エストには見つからないようにね」
「わかりました、では」
納刀した状態から刀に一瞬光が灯ると、刀身は消え、眼前に白水が人化した姿を取って現れる。
小さく一礼した後、階段からスレイの部屋側の扉へと消えていく。
「それじゃ、行きましょうか」
玄関の扉を開けて、外に出る。先程までこの屋敷の前に居た人々は既に姿を消しており、外出する事に難儀する事は無さそうだ。
この国の、一応城下町になるのだろうか。教会区から暫く歩くと、建物の外壁に看板が下がっていたり、屋台を設けている場所に辿り着いた。
さすがに教会区の様な静けさは無く、商人と客の喧騒が広がっている。屋台を出しているのは、野菜、果物、そして軽食を販売している者が多い。
店舗を構えているのは武器防具、道具に宿等が多い。冒険者ギルドも此方側にあった筈なのだが、あの日は夕刻を過ぎており、今の状況とは全く別物に見えるこの場所から探すのは困難に思える。
「屋台の数もだけど、昼に来るとここまで人が多いのね」
「昼の時間帯はこのミルフィナの人口の殆どが此方に押し寄せます。食事に来る人、お店を開いたり、買い物をする人等ですね」
「なるほどね・・・それにしても、こう人が多いと、はぐれないか心配だわ。母さんは・・あれ、いない?」
今まで横にいた筈の母さんが、突然姿を消している。この国に着物を着ている人はほぼいない。それに母さんの銀髪は目立つ。
すぐに見つかるものと思っていたのだが、視界に入る範囲には居ないようだ。
「どこいったのよ・・この人ごみで探すのは大変なのに・・」
「ヴァルニア様でしたら、先程あちらの店舗に入って行かれましたよ?」
え?と思いエリスを見るのだが、建物が並ぶ中の一つに入っていったようだ。エリスの指差した方に進み、その店舗を見上げる。
看板に描かれているのは・・水晶玉・・?
「なんの店なのかしら。水晶?宝飾品関係?」
「入ってみたらわかりますよ。私も、此方の方に足を運んだ事はあまり無いのです」
横に立つエリスを見る。自分が入った事の無い店なのだろう。私!わくわくしています!という感情が漏れ出ている。
その姿を微笑ましく見ていると、俺の方を見て顔を赤らめる。
「面白いものが見れたけど、エリスをからかうのは後ね。さて、何を売っている店なのかしら」
恥ずかしいのだろうエリスは顔を下げてしまったが、俺の後ろには着いてくるので、そのまま店に入る。
店の中は陳列棚が多く並び、昼の時間でなければ置いてある物がなんなのかわからなくなってしまいそうな程暗く感じる。
「いらっしゃい」
棚が並ぶ先に、カウンターが見える。そこに座っているのは店主なのだろう男。
ひょろっとした体型に、眼鏡をかけている。日本でもよく見かけるような姿だ。
「珍しいね、三人も一気にお客さんが来るなんて。それもみんな美人ときた」
「ここは何を扱っている店なの?看板はあったけれど、ちょっとわからなかったのよ」
「此処は魔道具屋だよ。僕が作った魔道具を売っている店だ。まあ、君達エルフの作った物に比べると、どうしても劣ってしまうけれどね」
魔道具 名前は聞いた事があるのだが、今まで見たことは無い。持っているのかもしれないが、魔道具なのかどうか、俺にはわからない。
「私はエルフだけど、少し異端でね、魔道具についてもあまり詳しいわけじゃないのよ」
「珍しいね、魔道具を知らないエルフなんて・・いや、失礼、簡単な物でよければ紹介するけど、どうする?」
「いえ、それよりも先に入った人は何処に?私の連れなの」
「彼女なら・・ああ、そこの角にいるよ」
ありがとう、と礼を告げて、母さんの居るだろう店舗の角に向かう。棚を避けて角の場所を見ると、母さんは小さなポットの様な物を手に持って眺めている。
「母さん」
「ん?ああ、ファルか。どうした?」
「どうしたじゃないってば。いきなり居なくなって、探したのよ」
「む・・すまん、少し、人の作る魔道具というのが気になっていてな」
母さんは何度か自分で町にも来ている筈なのだが、魔道具については見たことがなかったのだろうか。
俺も母さんの持つ魔道具を横から見てみるのだが、一見普通のポットにしか見えない。どこか追加してあるような物もなく、ただの保温用ポットだ。
「保温用のポット?それが気になってたの?」
俺の質問を聞いて、一瞬不思議そうな顔をする母さん。何か不思議がる要素があったのだろうか。
「ファル、これが保温用のポットだと何故わかったのだ?」
「何故・・って、どう見ても保温用のポットじゃない。むしろそれ以外の何なの・・?」
「いや、それならば、これは何だと思う?」
そう言ってポットを置く母さんが、次に手に取ったのは鉄を楕円状の形にした物の上に、小さな穴が開いた物だ。
これもなんとなくだがわかる。多分。
「ライター・・うーん、火をつける物かな?」
「ふむ、正解だ。見た事があったのか?」
「そういう事じゃないけど・・」
前世の記憶にある物だからわかった。母さんだけなら話すことも出来るのだが、ここにはエリスもいる。
「まあよい、大体の物は見れた。だが、やはりエルフの物に比べるとな」
店員の人も言っていたのだが、エルフの作る魔道具というのはどうすごいのだろう。
此処にあるライターやポットなんかは、とても実用的に思えるのだが、それ程にエルフの作る物がすごいというのならば、少し興味も湧く。
「じゃあ、そろそろ出よう。少し屋台を見てみようか」
「そろそろお昼も過ぎますから、人の数は少しずつ減っていますので、先程よりも動き安いと思います」
「お昼を過ぎると、屋台って少なくなるの?」
「いえ、お昼を過ぎても多少なり人はいらっしゃいますから、販売は続けていますよ」
店の外に出ると、エリスの言ったとおり人の数は減ったものの、そこかしこから屋台の客寄せの声が響いている。
やはりというか、軽食を売っている店の前には人だかりが多く見える。
「そろそろ私達も昼食にしたいけど、屋台の方は何処も混んでるわね」
「それでしたら、お勧めの場所があります。孤児院の子達によく料理を振舞ってくれる人がいるのです。私も何度かお店の方に行った事があるので、案内しますね」
孤児院に料理を振舞うとは、ボランティアみたいなものだろうか。この国にも酔狂な人も居るものだ。
「わかった、じゃあそこに行きましょう。母さんも、今度は離れないで着いてきてよ」
「わかったわかった、そう眉間に皺を寄せるな」
誰の所為だ、と口に出して言いたい衝動をなんとか堪える。その際、更に眉間に皺が寄った事で、エリスの小さく笑う声が聞こえた。
「では、手を繋いでは如何でしょう?私も姉さんと、姉さんはヴァルニア様と」
「う・・・それは、なんというか、小恥ずかしいというか・・・」
「なんだ、手を繋ぐくらいよかろう。ほれ」
エリスの小さい手と、母さんの細い手が俺の両手を握る。満面の笑みのエリスと、ニヤついた顔の母さん。こうする事でわかるのは両者の意識の違い。
母さんはただ楽しんでるだけで、エリスは・・多分、普通に嬉しいのだろう。誰かと手を繋ぐというのは、あまり経験もなさそうに思える。
「しょうがないな。じゃあ、案内して、エリス」
「はい!」
笑顔のまま、案内役として抜擢されたエリスは、元気良く返事をして商業区を歩き始める。その後ろに俺、母さんと続くのだが、歩いている俺達の方に、人々の視線が集中している気がする。
まあ、なんとなくわからないでもない。エリスも母さんも、共に絶世の美女と言っても過言ではない。それに加えて、俺達の服装も要因の一つだろう。
俺の方も何人か見ていたようだが、残念、俺は男なんだよ・・・。
屋台の立ち並ぶエリアを抜けて、周囲にあるのは先程までの立ち並んだ店舗とは違い、大きめの建物が一軒一軒道を挟んで並んでいる場所に辿り着いた。
この辺りも商業区なのだが、店舗に並んでいるのは衣類や装飾品等、少し値が張る物が多い。
「此方の建物です。一階部分が食事をする所で、二階から上は色々な物を取り扱っているそうなのですが、私は上がった事がないので、ごめんなさい、わからないのです」
「いや、なんとなくだけど、想像はできるよ。案内してくれてありがとう、エリス」
繋いでいた手を離すと、温もりの残る手を残念そうに見るのだが、俺の空いた手で頭を撫でてやると、途端に笑顔に戻る。
「いちゃつくのは構わんが、入らんのか?」
いちゃ・・・あぁ、エリスが頭から蒸気機関車の如く煙を出している。母さん、からかうのはいいけど、相手は選んでくれ・・。
店のドアは全て木で出来ている。というか、建物全体の大部分が木で建てられているらしい。他の建物を見てみると、レンガ作り、コンクリートの様な白壁の物が多い。
金がないのか、ただ古くからある建物なのかわからないが、ボランティアをする程なのだ、多分後者なのだろう。
「そ、それでは入りましょうか」
若干早足でエリスが店の扉を開く。入店を報せるベルが鳴ると、扉の横にあるカウンターの奥から、一人の男性が姿を見せる。
「いらっしゃいま・・あれ、エリスちゃん?」
「こんにちは、お久しぶりです、フェルトさん」
「久しぶりだね、今日は孤児院のお使いか何かかい?」
「いえ、昼食がまだなので、此方に伺わせて頂きました」
「昼食?ふむ、構わないけど、後ろの御二人も一緒かい?」
エリスと話をする間、ずっと此方を見ていた。視線こそエリスに合わせているものの、意識は此方に向いていたのは何となくわかっていた。
だが、それは商売人として客を吟味していたのだろう。俺に対する害意のようなものは感じなかった。
「はい。私の姉さんと、えっと・・義理の、お母さんです」
えっ?義理の、お母さん?初耳だぞ、そんな話。いつの間にそんな話になったのか、ちらりと母さんを見ると、やはりあのからかうようなニヤニヤ顔をしている。
俺とエリスの姉妹という話も嘘なのだが、いきなりそう言われると、少し困惑してしまうんだが。
「エリスちゃんにお姉さん・・?まあ、それはともかくとして、御挨拶がまだでしたね。私はこちらの店舗、ファナト商会のフェルトと申します。以後、見知り置き下さい」
右手を腹に添えて、九十度の綺麗な礼の姿勢で挨拶をされる。
彼の服装は普通の町人と変わらないように思えるが、使われている素材が相当に高価な物であろう事は、鑑定を使用しなくともわかった。
「初めまして、私はファルミア。それと・・」
「ヴァルニアだ」
二人の名前を告げると、フェルトは顔色を変える。
今まではエリスが居たのもあって、余裕のありそうな表情をしていたのだが、今はその面影は消えている。怯えているようにも思えた。
フェルトという男とは初めて会った筈で、こんな顔をされる云われはないのだが、と小首を傾げてみると、慌てたようにフェルトが口を開く。
「し、失礼致しました。貴女がファルミア様でしたか」
「どういうこと?」
先程の優雅な挨拶とは違い、今度は片膝を立てて跪き、頭を下げる。
彼の口振りからすると、どこかで聞いたのだろうとは推測できる。それが誰からの話なのか、そこが気になるのだが。
「当商会は教皇様を始め、大司教様からも注文を受けているのです。偶々、ファルミア様の御話について聞いてしまう事がありまして・・」
なるほど、偶々、ね。
彼も商売人だ。貴族連中が話している事に聞き耳を立てるのも頷ける。情報は彼等の得意分野だろうからな。
「まあ、理解できたわ。今はただの散歩で町を歩いているだけで、その途中、此処にお昼を食べに来ただけだから、そこまで畏まらなくてもいいわ」
「ファルミア様の御話についてはその時に、ですが、まさかこれ程の美女とは思いませんでした」
「美女・・くくっ」
笑うな、そこ。
貴族連中の話とは、多分こうだろう。一つの貴族家を一夜にして潰す。教皇すら超える魔力の持ち主。そして教皇を泣かせたエルフ。
自分でやっておいてなんだが、魔王みたいな事してるな、俺・・。
「とにかく、私達は昼食の為に来たのよ。席は空いてるかしら」
「急ぎ、奥の個室を御用意致します。手狭では御座いますが、防音になっていますので、都合がよろしいかと」
「だから畏まらなくても・・まあ、今回はお言葉に甘えましょうか」
此方から強要した訳ではない。あくまでも、フェルトの厚意によって、である。
フェルトに呼ばれた給仕の女性が、店内を進み、案内してくれる。個室という事で、俺は小さな部屋、というのを想像していたのだが。
「こちらで御座います」
給仕の女性が扉を開くと、その先に広がる光景に絶句する。
中央に六人が向かい合わせに座る形のテーブルと椅子。それはわかる。だが、教皇と会った謁見の間にあったような大型のステンドグラスがあり、白一色の壁に輝く光を落としている。
個室に入り、更に驚く事に、部屋の隅に楽器を持った女性が三人、跪いて控えているのだ。
「これは・・・なんというか・・」
「私も、此処に入ったのは初めてです・・」
「なんだ、座らないのか?」
一人、この部屋の異常さに驚かず、平然と椅子に座っている母さん。
まあ、母さんは気にしないだろうな。一般庶民だった俺からすると、こういう部屋でご飯っていうのは、とても落ち着かないんだが・・。
俺とエリスも席に着くと、給仕の女性が外に出るのと入れ替わりで、フェルトが入ってくる。
「此方の部屋は教皇様の為の個室なのです。たまに、お忍びでいらっしゃるのですよ」
「まあ、あの教皇ならやりそうね・・」
「いつも騎士団長様がお怒りになりながら迎えに来られるのですよ。そして、それを宥めて一緒に食事をなさるのです」
大変だな・・バームンド卿・・・。
それはともかくとして、そろそろ母さんが飯はまだか、という顔で此方を見ているのがわかる。俺に対してだけの無言の圧力である。
フェルトもそれに気付いたのだろう。俺の方を見ながら苦笑する。
「それでは、そろそろ料理の方も出来たでしょう。ごゆっくり、お楽しみ下さい」
そう言ってまた姿勢良く礼をすると、指を鳴らす。
同時に、今まで跪いていた奏者の女性達が音楽を奏で始め、扉からは給仕の女性が入ってくる。この世界の一般的な料理というものは、今回初めて口にするのだが、とても楽しみだ。
対面に座るエリスも、運ばれてくる料理に目が行っている。嬉しそうで、何よりだ。
お読み頂き、ありがとう御座います。
ファルミア君とエリスちゃん。そしてヴァルニアさんとで散歩。
着物エルフ、シスター聖女、銀髪花魁
多分、意識的にはこうなっている筈!




