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竜の子とともに  作者: 眠々
21/27

閑話 副団長の葛藤

遅くなりました、完了です。


今回から少し、執筆が遅くなります。

大体ですが、二日に一度、のペースでやっていこうと思います。


 私の名はエスト、エスト・ヴェサリア。

 聖教国の中でも代々続く名門の貴族として、国内外問わず有名だ。父は枢機卿として国の内政に関わる重要な位置に立っている。

 だが、私は父や先代達の様にそこまで頭の回転が良い訳ではなかった。


 学園に在籍している間は剣術の訓練に打ち込んだ。とりわけ魔術についてもあまり適正があった訳ではない。

 火の属性適正は代々ヴェサリアの人間に受け継がれているものだが、私は身体強化、しかも筋力上昇程度のものしか扱えなかった。

 それでも学園在籍中、私は学園内の序列で2位にまで登りつめた。単純な剣術と筋力強化の魔術でそこまで駆け上がった。


 卒業後は騎士団へと進むつもりで、日々剣術の鍛錬に勤しんだ。

 そんな私を、父はいつも応援してくれていた。だが、その優しい瞳の奥にあるのは、どこか諦めた様な、悲しい色だった。


「父上、私は聖騎士団へ入るつもりです。既に学園で申請を出しておきました」


「・・・わかった。お前がどのような道を歩もうと、私は応援しているよ。お前にはヴェサリア家の一員として、と煩く言う者もいるだろうが、気にしなくても良い。好きにしなさい」


 学園に入る前までは、ヴェサリアの息女として淑やかにするように何度も口煩く言われたものだが、父に進路を打ち明けた時、快諾してくれた訳ではない。

 母に進路を話した時は、盛大に泣かれた。父がなんとか宥めたのだが、それでも母は反対のまま、私はそれを押し切って騎士団へと入団した。


「今期入団者、前へ!」


 騎士団への入団式で、新人の挨拶が先輩方の整列する前で行われる。

 騎士団はやはり男が大多数で、女性の騎士はそう多くなかった。今期の新人でも女の新人は私だけだ。

 先輩騎士からの不躾な視線を度々感じるが、これから私はこの中で活動をするのだから、慣れなければならない。


「エスト・ヴェサリアです!よろしくお願いします!」


 次々にざわつき始める先輩騎士。ヴェサリアの名を聞いて、顔を顰める者もいる。

 騎士は基本的に貴族がなるものだ。それも下位の貴族達が多い。少なくともヴェサリアのような名門貴族が騎士になるのは前例の無い事だった。

 学園の時も自己紹介の後は皆、距離を置いた。学園の頃はそれで過ごし易かったのだが、騎士団に入ったとなると話は別だ。

 戦いにおいて、連携は集団先頭においてとても重要であり、それが出来なくては騎士としては二流以下だ。

 生半可な気持ちで此処にいる訳ではない。だから、ヴェサリアとしてではなく、一人の騎士として、対等に扱って欲しい。


「私は一人の騎士として、この場にいます。この場では、私はヴェサリアの名を捨てているつもりでいます。どうか、ただの新人騎士として扱って下さい!」


 意を決して続けた言葉。だが、先輩騎士達の反応は芳しくない。目を逸らす者、関わらなければいいと解釈する者。

 今この場では、いつも誇りに思うヴェサリアの名が、疎ましく感じてしまった。私自身もこの場において、既に打開する術がない為に、下を向いてしまう。

 下げた視界、だがそこに、歩み寄る足が見えた。


「ああ、よろしくな。私はレイズ・バームンド。お前の配属される部隊の隊長だ」


 その声に、下を向いていた頭をバッと上げて相手を見る。とても自然に、笑みを浮かべて手を差し出された。

 ただ、普通に扱って欲しい。腫れ物を触るのではなく、ただ、自然に。それが難しいという事は誰もが理解できる事だ。


「よろしくお願いします!!」


 差し出された手を確りと握り、私も自然に笑いながら握手をする事が出来た。

 自然に笑みが零れたのは、いつ以来だろうか。思えば、父上や母上に対しても、ここまで自然に笑う事が出来なくなっていた。私自身の後ろめたさが、自然な表情を隠してしまっていたんだと思う。

 少ないながらも、私の事を理解してくれる人は、彼みたいにいるだろう。だから、私は下を向いて歩いて行かなくてもいいんだと、安心できた。










 月日は流れ、私は隊長と共に長い時間を過ごし、団長と副団長が代替わりする際、隊長が団長に、私は副団長に昇進。

 隊長は年齢的に見ても相応と評価されるのだが、私の場合はあまりにも若いという事で、方々から反対意見が多く寄せられた。

 だが、それに異を唱える者が現れる。それが教皇猊下だった。猊下の意見としては、聖女様の護衛をする女性騎士を多く集められれば、と私に広告の様な立ち位置を要求するものであった。

 当初、私はその話にとても賛同できるものではなく、辞退する事を考えていたのだが、一度会ってみると良い、という言葉に渋々了承した。


「貴女が、エスト様ですね。エリシーヌ・イングリッドと申します。エリス、とお呼び下さい」


 初めて聖女様を見た感想としては、何を考えているのか、意識があるのかすら正直疑ってしまう程に、無表情。

 視線こそ此方に向いているのだが、その瞳に、はたして私という存在が映っているのか、まるで分からない。


 私自身もどのような挨拶をしたのか覚えていない。

 聖女様のあの表情と瞳は色が無く、何も映していないのだと錯覚させた。

 どうして、彼女がそんな顔をするのか、まだ私には理解出来なかった。だが、そうであったからこそ、私は副団長の任を受けようと思った。

 哀れみ等でなく、ただ、漠然とした、彼女を守らなければ、という意思があったのだと思う。


 その後、聖女様の身辺を警護する女性騎士を育て、彼女の下に送った。少しでも、彼女の心の氷塊を溶かせるように、明るい者達だ。

 少しずつ、聖女様の表情に明るさが戻りつつあった。偶に見る程度だったのだが、それでも彼女の変化は目に見えて感じ取る事が出来る。

 

 王国と帝国が戦争を起こした。王国の有名な公女によって死傷者こそ出なかったものの、兵としての力を削がれた帝国を攻めるべき、という話が一人の貴族から上がる。

 同調する者は多くない、だが、ルースヴェン卿、彼の持つ権力によって、多くの下位貴族が無理矢理にでも徴兵されそうになった時、聖女様の反対の声で、それまで黙っていた猊下教皇も反対意見を出した事で、戦争は回避された。

 下位の貴族達は聖女様にとても感謝しているのだろう。武功を挙げる事よりも、やはり自身の家を守る事が出来る方が、余程大事なようだ。


 そんな中、団長から呼び出しを受けた。戦争、生死に関わる事、それ以外で団長のあのような表情は初めて見た気がする。

 険しい表情の中、団長から告げられた言葉を、信じる事が出来なかった。


 聖女様が行方不明になった。


 頭の中が真っ白になる。何も考える事が出来ない。ただ呆然と、その場に立ち尽くしてしまう。


「エスト!しっかりしろ!すぐに捜索隊を編成する!」


 その声に我に返ると、ふらつく足取りで団長の執務室を出る。

 聖女様が行方不明?何故?壁伝いにゆっくりと進みながら、考えてみるものの、私の今の頭では、何を考えようと無駄だった。

 やる事はわかっている。聖女様の消息を絶った理由については考えず、ただ、捜索隊の編成をする為に自分の執務室へと向かった。










 捜索隊の編成を終えると、団長に報告し、私と団長が各自1隊を率いて出発した。10人ずつの体勢だが、各自索敵の魔術を使える者達であるため、少数精鋭で編成してある。

 門を抜けて、馬を走らせる。思えば、門を出る前に索敵魔術を発動してさえいれば、もっと早く、聖女様を私達が救う事ができたのではないだろうか。

 

 日が落ちて尚、捜索は続けた。一刻も早く、聖女様を救い出す為にだ。捜索隊の面々も嫌な顔一つせず、夜通しでの捜索が続いた。

 街道沿いだけでなく、夜が明けて日が昇れば、進行方向にある森林地帯にも索敵範囲を広げる。馬は街道に置き、必死の捜索の中、魔力の過剰消費によってふらふらになる者が出始めた。

 待機させた馬の嘶きに気付くと、一人の騎士が私の下へと近付いてくる。伝令だ、指示を書かれた書面を開くと、聖女様の無事を報せる物だった。


 団長が救出したのかと思ったのだが、それならば、こちらに伝令が来るのはもっと遅い筈だ。私と団長は反対の門から出て、捜索をしている。だとすれば、これは国内からの報せであろう。

 何故と思うが、今はただ、聖女様の無事を聞いて安堵した。捜索を切り上げて、すぐに帰還する準備を整えて出発する。


 騎士団の本部に戻り、団長の執務室へと向かう。私の報告は実のある物ではないが、団長なら、あの伝令が何処からの物かわかるだろうと思って。


「失礼します、エストです」


「ああ、入れ」


 扉を開けて中に入ると、昨日よりも表情を険しくさせた団長が目に入る。


「捜索隊10名、無事帰還しました」


「ああ、ご苦労だったな。さて、あの伝令、お前も疑問だったろう」


「・・あれは何処から出された伝令なのですか?」


「あれは、教皇猊下からの指示による伝令だ。私もつい先程戻ったばかりでな、詳しい話はまだ聞いていない。この後、教皇猊下の召集の下、緊急の会議がある。そこでわかるだろう」


「聖女様はどちらに?」


「・・それもわからん。私もただ、無事、という事だけを伝えられただけだ」


「・・・聖女様の護衛に就いていた者達はどうなりましたか」


「・・・」


 無言、それだけで、彼女達がどうなったのか、大体の想像は出来る。

 聖女様の近衛として傍に居た3人の騎士、彼女達は私が入団後、副団長の地位に就いた後に入団した者だが、剣と魔術の腕は騎士団でも上位に入るまでに成長した者達であり、そして近衛騎士として、私とも打ち合えるレベルになっていた。

 成長を傍で見続けていた彼女達の結末を知り、騎士団の厳しい訓練も、母に騎士になる事を反対された時も流れなかった涙が、久しぶりに私の頬を濡らす。

 その顔を団長に見られる訳にもいかず、背を向けるが、そこに新しい指示が告げられる。


「会議の後、教皇猊下も立ち会っての葬儀が行われる。お前も出席しろ」


「猊下が、ですか?」


「ああ、彼女達は己の職務を全うした。教皇猊下の申し出で、騎士団詰所で行われる」


「・・はい、了解しました」


 一般的な貴族の葬儀に、猊下が出席される事は珍しい。枢機卿や大司教様の葬儀であるならまだしも、彼女達は下位の貴族だ。

 その彼女達の為に、猊下が出席される事に、喜べばいいのか、わからない。


「近衛騎士達、そして影騎士2名が殺された。現場には他に一人騎士がいた。魔力感知に優れた者だ。すぐに察知して行動したのだろう。だが、彼女も重症だ。近衛騎士達に庇われながら、報告の為に命からがら逃げ延びたらしい」


「そこまでの手練なのですか・・・。」


「・・とりあえず、身支度を整えろ。その様な顔で猊下の御前に立つのか?」


「・・・いえ、失礼します」


 彼女達の葬儀に、涙を流すのはエストとしての感情がそうさせるもの。だが、今の私は聖騎士団副団長。部下の前でおいそれと感傷に浸ることすら出来ない。

 団長の執務室を出ると、すぐに自室へと向かう。今も止め処なく溢れるこの涙を隠さなければならない。落ち着かなければ。










 葬儀に参列した者は、彼女達の親族、そして騎士団内でも仲が良かった者達。近衛騎士の彼女達は喜怒哀楽がはっきりとしていて、とても親しみ易い性格であったため、大勢の騎士が訪れていた。

 猊下は親族達と共に祈りを捧げていた。小さな身体で棺の前に跪き、両手を組んでいる。


「エスト、あとで話がある。すまないが、また私の執務室に足を運んで欲しい」


「了解しました。後程伺わせて頂きます」


 横に立つ団長から小さな声で告げられる。

 葬儀が終わり、団長から聞いた話によると、聖女を救出したのはエルフの少女という事。エルフの少女について、冒険者ギルドへ彼女が現れたらすぐに報せるよう依頼する事。

 気になったのは、そのエルフの少女の機嫌を絶対に損ねない事、損ねればこの国の滅亡、という内容。困惑したのだが、団長からもそれは最重要、と念を押された為に了承した。


 冒険者ギルドへ足を運び、受付に団長から受け取った書状を差し出すと、先に連絡をされていたのか、対応は早かった。

 書状を受け取った者は奥に消え、代わりに獣人の若い受付が姿を現した。


「ここからは、私が応対致します。エスト様」


「書状の内容について私も中を見た訳ではないのだが、きみは?」


「セリエと申します。書状についてはマスターに届けさせました」


「そうか、では、よろしく頼む」


「お待ち下さい、私のお話を少し聞いて頂けますか?エルフの少女、ファルミアさんからの伝言です」


 エルフ 団長から指示のあったエルフの事だろうか。だとすれば、機嫌を損ねない事、と念を押された身としてはそれを伝える外あるまい。


「なるほど、それで、その内容はどういうものでしょう」


「私も御本人より伺った訳ではないのですが、一語一句、間違えずお伝え致します」


 本人からではない、という事は誰か間に挟んでいるという事だろうか。


「聖女が国に帰ると言うから、連れて行く。また聖女が害意に晒された時は、国ごと潰す。です」


「なっ・・・」


「お急ぎ下さい。ファルミアさんがいつこちらにいらっしゃるか、私も分かりません」


「・・わ、わかった。至急猊下にお伝え致します」


 挨拶もする余裕も無く、ギルドを出て教皇庁へ走った。機嫌を損ねるな、という事だから迎える準備を早急にしなければならない。

 教皇庁の外門警備の騎士が屯する場所に辿り着く、走っている私を見て何事かと目を白黒させるのだが、気にしている場合ではない。


「門を開けよ!緊急の要件だ!!」


「は、はっ!」


 急ぎ門を開き、走り去る私を不安そうな目で追う騎士。副団長ともあろうものがここまで焦っているのだから、大変な事件があったのではないかと危惧するだろう。

 教皇庁内門に辿り着くと、そこに駐屯する騎士の前に立つ。


「猊下へ至急お伝えしなければならない事がある!猊下はどちらにいらっしゃるのだ!」


「あ、え、げ、猊下は教皇庁にいらっしゃいますが・・」


「すぐに門を開けよ!一刻の猶予もないのだ!!」


「は、はっ!開門!開門!!」


 私の剣幕に事態の重大さが理解できたのであろう、特に理由を聞くでもなく、門は開かれた。

 だが、そこからも私は歩く訳にはいかなかった。団長の言っていた言葉を信じていない訳ではない。だからこそ、急がねばならない。


 教皇庁の中で猊下の世話をする傍付き達が多く暮らすこの場所を、騎士甲冑を身に付けた者が走るのは、式典等の場合を除き、許される事ではない。

 謁見の間に続く扉の前に、一人の女性が此方を見て立っている。


「副団長様・・・?」


「ふぁ、ファリア殿・・すまない、少し、待ってくれ・・」


 乱れた呼吸を整える。暫くこういった持久力のトレーニングは疎かになっていた為か、暫くの時間を要した。


「すまない、至急、猊下にお伝えしなければならない事がある」


「はぁ・・わかりました、ですが、少々お待ち下さい。猊下の御前に、そのような乱れた御髪ではいけませんよ」


「・・う・・っ」


 事実、今まで一心不乱に走り続けた為、私の髪は大変な事になっている。慣れた手付きで治してくれるファリア殿に礼をし、猊下に謁見の許可を取り付いでもらった。


「それでは、どうぞ」


 扉が開き、謁見の間へと歩を進める。長く続く道の先に、葬儀の時に祈りを捧げてくれていた猊下の姿を確認する。

 猊下の前で跪き、頭を垂れる。この行動すらも、今この状況に至っては邪魔でしかなかった。


「面を上げよ。それで、何事じゃ。随分と急いでいたようじゃな」


「はっ!・・・エルフの少女、ファルミアという方より伝言を頂きました」


「エルフ・・じゃと?して、その伝言とはなんじゃ」


「聖女様を連れて戻る、迎える準備を。との事です」


「まことか!・・・エ・・聖女は・・・帰ってくるのか・・・!」


 勢いをつけて立ち上がった猊下に、周囲がざわめき立つ。平時は此処に多く貴族達が居る事はないのだが、教はやけに多い気がする。その中に、私の父の姿も視認できた。

 大分脚色した内容ではあるが、間違えてはいない。あの様な内容を伝えられる筈もない。


「聞こえたな!すぐに準備をせよ!!」


「聖女様とエルフの少女は冒険者ギルドに現れるそうです」


「エスト、お主は冒険者ギルドに向かい、彼女等を案内せよ。再び走らせてしまうが、頼む」


「いえ、では、失礼します」


 立ち上がり、礼をした後に退室すると、すぐに走ってきた道を戻る。

 案内役が其処にいないのでは、格好がつかない。聖女様とエルフの少女がいつ現れるか定かではない為、急ぎ戻らなければならない。


 内門、外門を抜けて、只管にギルドを目指す。民の目が四方八方から刺さるのだが、気にしてはいられない。


 ギルドに辿り着き、息を整える。先程ファリア殿に言われた通り、髪も手早く治した。ギルド内に入ると、先程見た獣人の少女が受付に立っていた。


「エスト様?どう致しました?」


「私が聖女様とエルフの少女の案内役を仰せつかった。暫く、此処で待たせて頂くよ」


「そうでしたか・・昨夜現場に居合わせたスレイさんも同行します。私は上に上がりますが、一緒にいらっしゃいますか?」


「いや、私は外で待とう。ギルド内に騎士がずっと居たのでは、彼等も気が気でないだろうから」


 視線の先にいるのは、今回の件に関わりの無い一般の冒険者達。彼等がいるのは二階なのだろうが、出入り口は一階にしかない。

 ギルドに入った先に騎士がいたのでは、息苦しいだろう。


「わかりました、それでは、もう暫くしたらいらっしゃると言っていましたので。それともう一つ重要な事を、昨夜起こった事で、ファルミアさんは貴族に対して尋常でない嫌悪感を抱いていらっしゃいます。ですので、その、そういった態度を取られても、怒らないで頂きたいのです」


 失礼します、とセリエという少女は階段を上がっていく。そういえば、結局昨夜の件というのは聞いていない。昨夜の件があって、エルフの少女は貴族を嫌っているのだろうか。

 そして、スレイという名前に聞き覚えがある。Sランク冒険者、しかもこの国で唯一人、単独でのSランク冒険者だった筈だ。


 ギルドの前で暫く待っていると、視線の先にある扉が開く。中から出てきたのは、見た事が無い意匠の衣服を身に纏うエルフの少女。間違いない。

 あの少女が、この国を滅ぼす程の力を持つのだろうか。疑問はあるのだが、考えても仕方の無い事だ。


「お待ちしていました。ファルミア様、聖女様、そしてスレイ殿ですね。教皇庁への案内を任されました、エストと申します」


「エスト?たしか、聖騎士団の副団長じゃねぇか。こりゃ大物が出てきたもんだ」


「大物?そうね、副団長と言えば大物になるのかな」


「いや、それもあるんだが、エスト・ヴェサリア。枢機卿の一人でもあるヴェサリア家の息女でもあるんだよ。有名なんだぜ?まあ、美人だっていうのも人気の秘密だがな」


 そこで、途端に目付きが変わるファルミアという少女に若干気圧されるのだが、此処で間違えてはいけない。絶対に。


「スレイ殿、今の私は聖騎士団の一員として任務に就いています。家の事は・・」


「あぁ、すまんすまん。まあ貴族ではあるが、お前の嫌いな部類じゃねぇ。だから、そう怒るなよ姉ちゃん」


「・・ん?怒って・・るか、私?」


「ああ、そりゃもう、な。横、見てみろよ」


 私も横にいらっしゃる聖女様に視線を向けると、とても心配そうに、彼女を見上げている。

 驚いた、彼女がそんな顔をする事に。そして頭を撫でられる聖女様を見て、更に私は驚愕した。とても柔らかく微笑むのだ。そんな表情を、私はまだ見た事が無かった。


 ギルドから教皇庁へ歩を進める中、彼女達の会話に耳を傾ける。スレイ殿がAランクに落ちた、だがSランクに戻った。

 それを貴族がギルドに圧力をかけて、もみ消しを謀った。理解が追いつかない。昨夜、一体何があったのか。


 それでも、それが貴族が起こした事というのであれば、私は・・・


「・・今回の一件で、スレイ殿、及びギルド職員の方々にも多大な迷惑、心労を掛けている事は理解しています・・ここからは教皇庁の方でお話頂けると思います」


「いいわ。そもそも、私はもうこの国に何一つ期待していないの。今回私が来たのは、エリスのお守みたいなものよ」


 間髪入れずに返されるその言葉に、歯噛みする。期待していない。彼女が例えこの国の民であっても、なくても、その言葉は私の心を抉るには十分過ぎた。

 悔しいのだが、事実なのだろう。昨夜の事を知らない私は、何も反論する事が出来ない。例え反論したとしても、それは愚策だ。

 とてもじゃないが、私一人で、貴族全員の肩を持つ等不可能だ。


 教皇庁外門に辿り着き、駐屯する騎士に開門の指示を出す。


「副団長・・?大丈夫ですか?」


「何がだ?」


「いえ・・とても、その・・悲しい顔をされています」


「・・・なんでもない、気にしないでほしい」


 騎士の一人、たしか、彼は私の同期だ。ずっと同じ時間を騎士団で過ごした為に、私の今の状態も察する事が出来たのだろう。

 俯く騎士、彼の肩に手を置いて苦笑する。開門の準備は出来た。もう少し、私の仕事は残っている。


「お待たせしました。ここからまた少し歩き、内門の先が教皇様との謁見の間になります。こちらです」


 私は今、どのような顔をしているだろうか。ただの冒険者に、貴族に期待していないと言われた事が、何故ここまでの苦悩になるのだろう。

 門が開き始めると、私は彼女達に振り返り、一礼する。そこで目にしたのは、聖女様の顔。先程目にしたものと同じ、笑みを浮かべて、此方を見ていた。


(あ、り、が、と、う)


 声にこそ出さないが、そう聞こえた気がした。それだけで、よかったのだ。

 私は貴族ではあるが、そもそも、入団した時に言った筈だ。貴族の名を捨てている、と。だから、聖女様を、猊下をお守りする事こそが、真に大事な事なのだ。

 聖所様の笑顔を守る事が出来た。誘拐という事柄を過ぎて尚、聖女様が笑っているのは、ファルミアというこの少女の成した事なのだろう。

 だから、聖女様と共にいらっしゃるファルミア殿、これからも、聖女様を守って頂きたい。


 余談だが、聖女様が契約者、ファルミア殿が刃竜という話を聞いて、私は卒倒した。

お読みいただき、ありがとうございます。


副団長エストさんのお話でした。

彼女はこれから少し本編にも参加してくるので、閑話として挟ませて頂きました。


次回から本編に戻ります。


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