15話 帰国に向けて
15話 完了です。
風邪、治りません。頭痛い・・。
エリスの目覚めから2時間程経過した。とりあえず、母さんのついでとはなるが、エリスにもお茶を進呈した。
俺が茶を淹れに席を立っていた間に、これまでの大体の経緯は説明もされている。俺から話すべきなのだろうが、まあこの際だ。母さんに話してもらうのもいいだろう。
エリスが契約者になったという事は、これから先、俺と必ず行動を共にするようになる。その際に、母さんともいずれ会う機会ができただろうし、それが前倒しになっただけだ。
そして、今現在。俺はエリスと二人、向かい合う様にして互いの出方を伺っている。何故こうなったかと言うと、「我は一度外に行く。あぁ、スレイとやらもな」と、勝手にいなくなってしまったからだ。
「あー・・改めまして、黒刃竜のファルミアです。エリスには悪い事をしたと思っている。なんの情報も与えずに、勝手に契約までして、すまない」
言って、正座している体勢から平伏する様に頭を下げる。エリスは何も知らなかった。ただ、俺と一緒に居たいと言ってくれただけなのだが。
契約に至った流れに関しては完全に俺に非ががる。これからのエリスの人生を大きく狂わせてしまうのだから。
「そんな!頭を下げないで下さい!・・たしかに、ファル姉さんが竜、という事に驚きはしましたが、契約そのものを知らなかったとはいえ、一緒に居たいと願ったのは私なのです。気にしないで、と軽率な言葉は相応しくないのかもしれませんが、私は姉さんとの繋がりが出来て本当に嬉しいのです」
恨まれこそすれ、感謝されてしまう。前に聞いたとおり、彼女を蝕んでいたのだろう呪いや、元々の身体の虚弱さは消え去り、健康体そのものとなっている。
「・・だが、エリスにはエリスの人生がある。それを俺の契約で縛ってしまうんだぞ?エリスはそれでいいの?」
彼女の生き方と、未来を俺と共にいる事によって奪ってしまう。これから、俺との契約の事を知られれば恐らく、平穏の元に暮らしていく事は難しいだろう。
「わかっています。ですが、それでも私は、姉さんとのこの繋がりを、無かった事にしたくはありません。私が望んだのです。傍に居たい、と。・・あの、やっぱり迷惑でしたか?」
それを言われてしまうと弱い。これ以上彼女に何を言っても、彼女の意思はまがらないだろう。それに加えて、既に泣きそうな顔で此方を見ている彼女に、突き放す様な言葉など言えるだろうか・・。
「わかった、わかりました・・。そもそも、貴女のその言葉は引き出したのは私だものね。貴女からしたら、意地の悪い質問だったわ。ごめんなさい」
そう言ってまた頭を下げるのだが、それにまたしても彼女は慌てふためき、わたわたと手を上下するのがとても面白い。
フッと顔を上げて、手を伸ばす。もう一度約束しようと、彼女の手を取った。
「私自身、私の事についてはまだ知らない部分が多いわ。それでも、エリスとの約束は守る。貴女を絶対に、一人にはしないと誓うわ」
「・・私も、いつ、いかなる時も姉さんと共に歩んで行きたい。放しません、姉さんとの繋がりを・・」
互いに笑みを浮かべ、ここに本当の意味で契約は成った。彼女と共に生き。彼女と共に歩むこの竜生を、絶対に悲しい物になんてしない。
「・・一度、私は聖教国へ行きます」
あの後暫く、二人で笑い合っていたのだが、少し神妙な顔つきになったエリスが、そんな事を言い出した。
正直、わかってはいた。エリスは行くと言うだろう事は。だが、俺はそれを二つ返事で了承する気になれないでいる。
「・・飾り物とはいえ、あの国で私は生きてきました。人形と影で嘲笑われようと、私は聖女なのです。このまま、何も言わず消えたとなれば、あの国で生きる人々の信仰を裏切る事になります」
飾り物、人形。その言葉に俺の気分はとても悪くなる。こうも聖女として必死に生きようとする彼女を、何故人形等と比喩する事ができるのだろうか。
深く溜息を吐く。そんな俺に対し、エリスの不安に彩られた表情にうっ・・と身動ぎする。
「わかったわ、そもそも、あそこを出る時に、教皇にはエリスの意思を尊重すると伝えているからね。私は本当に気が乗らないけど、しょうがないわね」
ぱぁっ、と、効果音と後ろに後光を射す勢いでエリスの顔に笑みが浮かぶ。この分だと、これから先もエリスのこんな願いに振り回されるのではないだろうか。
「ごめんなさい、姉さん。でも、一度孤児院に行きたいのです。皆が皆、私を人形という訳ではないの。それを、姉さんにも知ってもらいたい。私の居場所は多分、聖女となる前もなった後もあの場所しかなかったのだと思います・・」
そういえば、エリスは元々孤児院でシスターの手伝いをしていたと以前聞いた。だが、多分それは出来ないだろう。あの国で俺は追われる身になっているし、エリスにしてもそれは同じだろう。ここはやはり、先に教皇の元に行って、話をつけてからの方がいいのだろうか。
下手に人目について国側がどのような手段に出るともわからない。そんな状況をわざわざ自分から作るつもりはないし、何か方法があればいいのだが。
「そうね、孤児院に行きたいという話についてはわかったわ。けど、追われている私と貴女がいきなり孤児院に行っても迷惑がかかるでしょうね・・。とりあえず、先に教皇の所に行くわ。話をつけて、追われない様になればそれが一番良いわけだし」
実際、教皇の傍には多数の側近やら国の重鎮やらがいるだろう。その中に突然俺が行ったとして、友好的に話を聞いて貰える筈もない。気配を探る事も出来るには出来るが、隠密等影で動く者の動きを捉えられるかと言えば、曖昧になる。
契約者となったエリスが、普通の騎士や暗殺者に負けるとは思わないが、それでも仮に俺の隙を突かれたら、と考えると気が気でない。また、何か方法はないかと思い、腕を袖の中で組み、考え込む様に視線を下げると、そこに一振りの刀。
「あぁ、そういえば白水。お前、エリスとも会話ってできるの?」
唐突に誰かの名前を呼んだ様に見えるのだが、エリスの視界に映るのは姉であるファルミアのみ。指を顎に当てて、更に困惑の色を強める。
(可能です。少し魔力を頂けますか?」
「問題ないわ。やって」
その言葉に白水が応じ、いつもの様に凛とした声色で返答してくる。少しずつだが魔力が白水に流れ行くのを感じた。ただ、それは本当に少量で、閉めた蛇口から零れ落ちる水滴の様に思える。俺の魔力の総量から言って、全く減っている様に思えない。
(申し訳ありません、あの、鞘から抜いて私を両の手で支えていただけますか?)
「構わないが、どうするんだ?」
漆黒の鞘よりゆっくりと白水を抜き放ち、言われた通り、両手で支える。すると白銀の刀身に柔らかな光が灯り、その光が部屋中を眩く照らし出す。
俺自身も眩しさに一瞬目を瞑るのだが、両手に白水とは違う重量を感じると、慌てて目を開ける。
「・・どういうこと?」
「これで話せます。すみません、鞘から出ないとこの姿になる事が出来なかったのです」
俺の両手に乗り、所謂お姫様抱っこの形になっているのは、状況から見て白水なのだろう。
眠そうな半開きの目に、白く輝く様にサラサラのおかっぱの髪。白色の着物姿をしている彼女は、七五三に見る様な少女の姿をしている。次点で、頭に三角のアレを付けたら・・いや、それはいい。身長はエリスと同じ程度だろうか。教皇よりは高そうに見える。
「いや、それはいいんだが・・お前、こんな事も出来たのか」
「この姿の時は魔力をずっと持ち主から吸い続けてしまうので・・それに、この姿は色々と不便なのです」
とりあえず、畳の床にゆっくりと降ろす。エリスの方を見るとぱくぱくと口を動かして目も大きく開かれていた。それは当然だろう。俺だって実際こんな事起きたら、驚く。
というか驚いてるんだが、何か既に麻痺しているのかあまり表情に出ないだけだ。
「まあ・・これでエリスとも話す事ができるわね。エリス、私の刀で、白水よ。何故喋ったりできるのか、私にもよくわからないのだけど。こんな状態だから言うけど、仲良くしてね」
これについては俺も聞いていない。話せる刀がいても、こんな世界なのだから一振り二振りなら存在するだろう。そしてそれも、母さんの寝床にあったのだから納得できていた。
「白水と申します。エリス様、よろしくお願いします」
「えっ・・あっ、こちらこそ!よろしくお願いします!」
白水はエリスに向き直ると、その場に滑らかな動作で正座し、腰を折り曲げて頭を下げる。それに慌てて、エリスも同じように正座して頭を下げた。小さい子がお互いに正座して挨拶をする。横から見ている身としては、何やら微笑ましい光景を作り上げているように思えた。
「その状態だと魔力を常時消費するという事らしいけど、私には全く減った気がしないのよね。まあ、だから暫くはその姿でいてくれないかしら?」
「ご命令とあらば、その通りに致します」
命令という形ではない。その言葉は聖教国の一件があった後だと、あまり耳にしたくない言葉だ。
俺自身が確かに、白水の主であることに変わりないのだが、どうも命令という形に対して嫌悪するようになっている。
「いえ、命令じゃないわ、お願いよ」
「・・失礼しました、では、お願いを受け入れましょう」
白水も俺の感情を理解したのだろう。一瞬の逡巡の後、すぐに答えを返してくれた。やはり、良く出来た奴だ。
「少しエリスをお願いしていいかしら?母さんを探して来るから」
「わかりました、いってらっしゃいませ」
「母さんを探してくる間、少しの間だけ白水と此処にいてくれる?多分、この空間から出ている筈だから」
「はい、では、私は私と会う前の姉さんの事を白水さんとお話していますね」
何かとんでもない事を聞いた気がするが、気にしないでおこう。
軽く行って来ますの挨拶をして、部屋を出る。母さんの魔力を探ってみるのだが、やはりこの空間にはいないらしい。大森林の方で狩りでもしているのだろう。
母さんと共に行動しているだろうスレイについても同じ、この空間に魔力は無かった。
空間の移動を完了し、一日離れていたい程度なのに、懐かしく感じる洞窟の中で、また母さんの魔力を探る。魔力さえ掴めれば、母さんの傍に移動する事も可能だ。
そして、見つけたのは洞窟を出た所だ。これなら空間移動をする事無く、徒歩で動いてもすぐに合流する事が出来そうだ。
洞窟の出口、日の光が洞窟の中に射し込み始める頃、母さんとスレイの声が聞こえる。楽しげに笑う声に何故か少し、もやっとした気持ちになった。
「あぁ、うめぇ。久しぶりにこんな美人に酌されたぜ」
「くく、そうかそうか。だがお前、我の胸ばかり見ているな。そんなに興味があるのか?」
「当然だろう、そこには男の夢や浪漫がだな」
よし、スレイは埋めよう。
その後、母さんと合流したのだが、何故か俺の魔力が爆発したのと、崖下の大森林に向かって悲鳴を発する何かが落ちていったのは無関係である。
お読み頂き、ありがとうございます。
今回は白水ちゃんが擬人化しました。
武器の擬人化は浪漫がありますね。
次回、聖教国帰還の話となります。