12話 意味
12話、完了です。
遅くなりまして、申し訳ありません。
とてもファルミア君が悪者になってます。ご注意下さい。
消え去った屋敷の前に、一人の女性が佇む。夜闇の中であっても、艶のある白金の長髪は、仄かな風に揺れ動き、月の輝きに照らされている。
彼女のエメラルドの宝石の様な瞳の先に在るのは、教会区において知らぬ者はいない、代々、大司教の位を受け継いでいる名家、ルースヴェン家の屋敷の在った場所。
名家に相応しく、大仰な屋敷ではあったのだが、今はその景色に存在しない。あるのは、屋敷の在ったであろう部分に残された、天災に飲み込まれたとしか思えない程に陥没した荒地だった。
「帰るか。そして、もうこんな国に、用もない」
冒険者になる事が、この世界に生まれてからの目標であり、ただ一つの、望みでもあった。
聖女の救出、冒険者との一時の邂逅。そして、意気揚々とギルドに登録を願い出た。それだけのつもりが、この国の闇に予期せず遭遇した。
ただの新人である俺に対してだけであるなら、まだよかったのだが、聖女にすら害意を持つ相手を、俺は躊躇する事無く、この世界から消滅させた。
これが小説の中の話であれば、この国を救おう、という気になるのだろうが、実際に現実となって訪れた今となっては、そんな気になれないでいる。
胸中に有るのはこの国に対する落胆。こんな事が出来たらいいのにと、常々想っていた前世の俺を、全力を持って、殴り飛ばしてやりたい。
「・・・あぁ、エリスを迎えに行かないとな」
奇しくも、彼女に与えた法衣の最初の持ち主である、イグリースと同じ末路を辿りつつある、エリス。
呪いの事についても、彼女の今後についても、考えなくてはならない。そして、絶対に、奴隷などにさせてなるものか。
先程と同じ、魔力を用いての相手の追尾。転移魔術とは違うそれは、空間生成の応用に依るものであり、追尾相手の魔力を以てのみ、発動する。
「うぉ!あ、あぁ、お前か」
追尾した魔力の傍に移動する方法だが、今回、エリスの魔力を追って来たのではない。
この移動には、これといった欠点が無い様にも思えるのだが、追尾する相手にも微弱ではあるが、魔力の消費を要する。気づかない程度のものであり、だからこそ、先程の貴族は気づかなかった。
「少し遅くなったかしら。約束は守ってくれたみたいね」
エリスの傍に佇む男の感覚に、微かな風が通り過ぎたと理解したと同時に、先程まで自分を魔力のみで圧倒した少女が、宙に浮いた状態で姿を見せる。
ふわり、と重力を感じさせずに足を地に着けた彼女は、男を一瞥するだけで、すぐにエリスの方へと視線を向けた。
「よくわからねぇが、あんな魔力を浴びて、逆らえる程、俺は無謀じゃねぇよ」
粗暴な態度は先程と変わらないが、此方に対しての敵意のようなものは既に無い。
特に返答する事も無く、緩やかに呼吸するエリスを見て、安堵した様に息を吐いた。だが、まだ全てが終わった訳ではない。
気配の察知により、俺からすれば少ない魔力が大勢、ギルドを囲み、既に少数だが階段を登って近付きつつあった。
「貴方、Sクラスの冒険者よね」
背を向けたまま、男に声をかける。この時の俺は、少しだけだが、約束を守った男を信用してもいい、と思いつつあった。
「たしかに、まあ、貴族様にあぁ言われたんだ。もうAクラスだろうよ」
ギリッ。
またしても貴族。何故、ああまで言われても貴族だからと、従うのか。同じ人の筈なのに。
何の戸惑いも、反抗する意思も見せない男に、歯噛みする。
「依頼をするわ。内容は、エリスの護衛。これから、貴方にはこの国を出てもらう。でも安全な場所よ。私の母がいるだけだから」
「依頼だと・・・?それに護衛か。俺ぁ、護衛ってのは苦手なんだがな」
「報酬は、毎日、私との訓練。勿論実戦でね。死にそうになっても、私が回復させるから、問題ないわ」
「受けた!!」
少々単純すぎるのが玉に瑕だが、元々の能力も高そうだ。毎日手合わせをしないといけないのは面倒ではあるが、報酬としての面から考えると、破格だろう。
階段からこのフロアに通じる扉の前に、多数の魔力がある。その中に、一つ、他とは違う大きなものを感じた。
「聖騎士団だ!ここにいるものは、全員その場を動く事を禁ずる!」
扉が開け放たれると、先頭に出てきたフルプレートの甲冑を身に纏った騎士が、声高く叫ぶ。
ゆっくりと、優しく、俺はエリスを抱き上げる。衰弱して、眠りについた彼女は、前に背負った時よりも、さらに軽く感じた。
「動くな!そのままでいれば、危害を加えるつもりはない!」
「騎士団かよ・・ったく、なんで俺まで・・・」
騎士達がフロア内になだれ込み、数秒で周囲を囲まれる。
男は嘆息して、諦めた様に項垂れているのだが、俺は従うつもりはない。
「貴方、先に行っていなさい。エリスを頼んだわ。私は少し、話があるから」
「は?そりゃどういう」
男の呟きも束の間、湾曲する様に男とエリスの身体が歪み、この世界から存在を消失させる。
空間生成のスキルで、母さんの住む、あの家に。男と共にエリスを母さんの住む家に送り届けた。
母さん、驚くだろうけど、悪い様にはしないだろう。本当の姿を見れば、男は縮み上がるだろうが、変化していれば、問題も無い。筈だ。
包囲していた騎士の数人から、何をした、聖女様が消えた、と呟く声が聞こえるが、彼等に用はない。用があるのは
「いつまで外にいるの?さっさと入ってきたら?」
「なんじゃ、気づいておったのか」
じゃ?語尾に対して首を傾げるものの、騎士達に遅れて入ってきた相手の姿に、何故か納得した様な気持ちになった。
「へぇ、小さいのにとても大きな魔力を持っているのね」
「小さいのが悪い事かの?」
扉の前で腕を組み、小さな身体ではあるが、威厳のありそうな声音と態度を以て、俺を見定める様に視線を向ける。
エリスよりも小さい体躯に、真っ白な足先までを覆う一枚の衣。肩に紫の帯を下げている。
この国での上位の娘であろうが、少女に対して、今はまだ、特に敵意を持つ事はなかった。
鑑定で調べてみたのだが、驚いた事に、この少女は37も歳上らしい。
「いえ、小さいのも好きな人はいるでしょうから・・まあ、それで、何か用があるんでしょう?」
俺の問いに、少女は手を口元に手を当て、僅かな逡巡の後、意を決した様に、先程とは違う鋭い目つきで俺を伺う。
「昨日、この聖教国に向けて、異常な魔力の流れが押し寄せた。あれはお主か?」
昨日というと、俺が大きな魔力を使ったのは、エリスを助ける為にオークを消滅させた時だろうか。
着物の両袖に腕を通し、此方も腕を組む。先程から少女に言葉をかける度、騎士からの圧力が増している。
腕を組んだのは、此方に今のところ、敵対する意志はない、という事を示す行動でもあった。
「・・たしかに、昨日魔物に対して魔力を以て攻撃したけれど、それがどうかしたのかしら?」
「先程、4人の大司教の一人、ルースヴェン卿の屋敷が消滅しおった。その時に感じた魔力が、昨日感じたそれと同じだったのじゃ」
成程、この少女は魔力が大きいだけでなく、魔力に対する感応性も高いらしい。
そして、俺を射抜く視線も、凡そ少女が持ちえるものではない威圧感も備えていた。
「それで、何が言いたいの?」
その問いに対し、少女は俺を一層険しく睨みつけるのだが、彼女の言葉よりも先に、包囲する騎士の方から声が上がる。
「貴様!いい加減その口調を改めよ!教皇様の御前であるぞ!」
教皇
それまで、ただ少女との問答に付き合っていたが、話し相手の存在がどういうものか、理解してしまった。
声を上げた騎士を睨む。腕組みしていた手を解き、指先を向けた。
「待て!やめよ!!」
教皇と呼ばれた少女の叫びが木霊する。指先、辿る先に、騎士の姿は無い。
土畳の上に、掌大の金属の塊が転がるだけだ。それは、騎士の纏っていたフルプレートアーマーと、同じ材質ではあるが。
騎士の一人が、ソレを拾い上げる。だが、ヒィッ、という怯えきった声と共に、それを放る。ただの鉄の塊であるのに、何故か、脈動する何かを感じたからだ。
「殺してはいないわ。お前、いや、教皇とやらに話があるのよ」
「・・・聞こう」
すぐにでも鉄塊となった、騎士の下へ駆け寄りたい衝動をぐっと堪え、その原因となった俺を冷や汗混じりに睨みつける。
拳を握り締め、小刻みに震わせるそれは、俺に対する恐怖ではなく、怒りであると理解できた。
「あの魔力は、私のもの。私は冒険者になる為に、この国に来たわ。その道中で、試しの森という場所で、一人の少女を見つけた」
少女、という単語に、教皇の目が大きく変わる。睨みつけるのではなく、驚愕の方へと。
「その少女は一人で、自分の力を全て、呪いによって封印されていた状態で、その森をオークから逃げていた。身体は傷付き、服もぼろぼろになりながら、必死に逃げていた」
そこまで言い切ったところで、教皇の身体が揺れる。ふらり、と。
ただの魔物ではなく、オーク、と言ったところも、教皇の心を激しく揺さぶった。
「涙と鼻水を拭う余裕も無かったのね。昨日、貴方が私の魔力を感じたのは、少女の身体に、オークが触れていた時よ」
石畳に座り込み、だらりと力無く肩を落とす。目は大きく見開かれ、その瞳に色は無い。
「少女を助けて、身体の傷も治療した。だけれど、少女は丸1日寝込んだ。丁度そこで、冒険者の人達と出会ったわ。私と彼女を怪しんでいたけれど、すぐに迎え入れてくれた」
教皇は、既に聞いているのか、耳に届いているのかすらわからない。
だが、俺はここで口を止めるつもりはない。あの少女が傀儡となってでも、この国を想った理由が知りたいから。
「一晩寝て、彼女の目が覚める直前に、寝言で母親を呼んだわ。孤児のあの子が、母と呼ぶのは誰なのかしら?・・目が覚めて、少女はこの国に帰りたいと言った。だから、連れてきたわ」
大体、母親についての検討はついているのだが。
エリスがここにいた事は、知れている様で驚く事は無かったのだが、彼女はここにいない。
騎士達の消沈した声、悔しがる声、膝を着き、涙する声。様々な感情が、このフロア全体を染めていく。
「だけど、間違いだった。少女を、この国に連れてくるべきではなかった」
俺自身も、視線を下げる。悲しい。ただ、それだけの感情に苛まれる。
いつだって、俺は自分の浅慮な思考に苛立ちを募らせる。前世でも、今世でも。
「私は冒険者となる為に、試験を受けた。模擬戦になった時、審判を勤めた子、彼女はとある魔力によって、操られていた。」
猫耳の少女は、この場にいない。大方、あの男がどこかに運んだのだろう。
魔力によって操られていた彼女に、外傷こそないものの、俺に魔力による接続を斬られた事で、一時的なショックにより、暫くは夢の中だろう。
「その操者は、色々と教えてくれたわ。自分の愛妾となるのを拒否すれば、ギルドに、騎士団に、犯罪者として手配すると。姿を見せないのは、お前とは身分が違うのだから、と」
身分を笠に、断れない命令を下す。表舞台では明るく笑みを零し、影では下位の者に苦渋を呑ませる。
貴族にあるまじき、いや、どうだろう。権力を持った人という者は、総じて、その様な愚行を犯すものなのだろうか。
「そして、こうも言ったわ。呪いの罹ったその身体で、試しの森の旅行はどうだったか、楽しめましたか?と。民の不安を払拭する為の、飾り物の人形だ、ともね」
教皇の嗚咽の混じった声が漏れ出る。必死に堪えようと、歯を食い縛り、俺を見据える。
「その者の・・・名は・・・」
「・・知ってどうするの?罰を与えるの?」
「・・そうじゃ・・の。法に基づいた、罰を・・」
「必要ないわ。もう、既に私が消滅させたから。異常な魔力。今日も感じたのでしょう?貴族の屋敷が、消えたのでしょう?」
教皇の目に、俺はどう映ったのだろう。貴族位にある家を消滅させた虐殺者?大逆人?
既に俺に、表情は無い。自分からではあるが、また、あの暗い感情が押し寄せる光景を、言葉として伝えたのだから。
「・・聖女は・・どこにいるのじゃ」
「聖女なんて知らないけれど、助けた少女は、こんな国よりも、絶対に安全で、穏やかな場所にいるわ」
「一目だけでも・・顔を・・」
無表情のまま、首を傾げた。何を言っているの、とでも言いたげに、本当に、わからない、と、その仕草で。
「今更、何を言っているの?会いたければ、騎士達よりも先に来れば良かったでしょう?顔を見るだけでなく、その腕で、抱きしめてあげれば良かったのではなくて?」
「っ・・・」
「でも、そうね。もし、会いたい、と少女から懇願されたら、連れてくるわ。でも、その時、少女に対しての接し方は、良く考えてみる事ね」
顔を、その小さな両手で覆い、蹲る教皇に、騎士達は一人、また一人と、その傍に寄り縋る。
その光景を目に、俺の姿は模擬戦場から消え失せた。
お読み頂き、ありがとうございます。
PVもユニークPVも増えています。
読む方も良いのですが、書いて、読んで頂く、というのも良いものですね。
次回も明日のこの時間を目処に、頑張ります。
12/23 ご指摘のありました部分を修正致しました。