10話 聖教国ミスティナ
10話、完了です。
仕事中に妄想→休憩時間に忘れる。
悲しい・・・
外に出て、ライムから木の実や果実をそれぞれ分配される。
俺は必要ないので、あとでエリスにでも渡そう。空腹を紛らわす程度だろうけど、俺よりも彼女の方が必要になる。
「そういえば、ファルミアさんは帯剣しているようだけど、戦闘のスタイルはどうなるの?」
「そうだな。俺達の場合は見たまんまだが、姉ちゃんは魔術も使うからな」
最もな事だ。いざ魔物と遭遇した際に、4人任せにしている訳にもいかない。
そんな中で俺がいきなり加わっても、連携を崩しかねない。
「私の場合は・・そうね、前衛も後衛も両方できるわ。ただ、剣技についてはあまり充てにしないで」
「なら、後衛ですね。周囲の索敵はライム。戦闘になったら私とガルドが前衛に出るわ。コールとファルミアさんは後衛、エリスさんの護衛でお願い」
「了解。あぁ、あと、彼女も少し魔術を使えるらしいわ。どの程度かはわからないけれど、シスターの手伝いをしていたらしいし、光魔術には適正があると見ていいでしょうね」
「助かりますね。僕は火と無の魔術しか使えませんから」
「魔術についてだけど、私は一応、全属性魔術は扱えるわ。特化している訳じゃないから、そこまでの威力にはならないけれど」
「いや・・全属性ってだけで十分すごいんですが・・ファルミアさん、一体何者ですか・・・」
「私は、ただの英雄に憧れた、冒険者を目指す田舎者よ。それと、ファルミアでいいわよ」
全属性は・・まあ、いいだろう。そもそも人として動いてはいるが、自重などするつもりはない。
やりたい様にやる。これで色々問題が出てくるとしても、関係ない。
「改めて、よろしくお願いします。ファルミア」
「ええ、聖教国までのあいだ、こちらこそお願いね、ミレイ。みんなも」
お互いに声を掛けて、少しずつ信頼関係も構築できたか、と笑みを浮かべる。
そして、丁度小屋の方から着替え終わったのだろう、エリスが扉を開けて、外の明るさに若干眉を顰め、何度か瞬きをする。
「お待たせ致しました。準備が出来ました」
先程渡した衣服に着替え、見れば見る程シスターそのものだ。
黒、というよりも藍色に近い主色に、襟元の部分のみが清楚な白色。
少し照れた様に頬を朱に染めるその姿に、ミレイ達からも、おぉ、と感嘆の声が上がった。
そして、何よりとても似合っているのだ。
銀の髪は肩の辺りで切り揃えられ、まだ幼さの残る顔をしているが、それでも、将来、彼女は美人になるだろうと一目見て理解できる。
「あ、えっと、それじゃ、みんな準備完了ね。少し待って、さすがにこれを、このままにして行く訳にもいかないわ」
「たしかに、私達だけが来るのであれば良いのですが、他の冒険者も少なからず現れますからね」
ともすれば、尚更残す訳にはいかないだろう。
魔力を掌に篭めて、小屋に触れる。触れた先から、魔力が流れていく。
この魔力によって、土と土を繋いでいた魔力を剥がしていく。固まっていた土が崩れ、小屋としての形を保てず、ただの土塊と化した。
「相変わらず、すごいね・・・」
「あぁ、魔力で結晶レベルにまで硬化させた土を、また魔力によって分解するなんてね・・僕には到底真似できないよ」
そこまですごい事なのだろうか。俺も魔力操作もそこまで熟練している訳ではないのだが。
一般的な魔力操作のレベルがどの程度なのか、それがわからない為、自分自身のそれが如何に他者の目に映るのかもわからない。
「さあ、これでいいわ。行きましょうか」
「皆様、よろしくお願い致します」
俺の傍に寄りつつ、パーティーの面々に頭を下げる。
やはりシスター・・・。仕草、口調も完全にシスターだ。似合う似合わないではなく、この衣服を作って良かったと思った。
特にこれといった問題もなく、ミレイの話ではあの森から聖教国まで、既に半分は進んでいるらしい。
エリスがいるとはいえ、多分、かなりの行軍速度だと思う。
「エリス、少し休憩する?」
俺が作成し、手渡したとはいえ、シスター服なので、平地とはいえ道の悪い場所を長い間歩くのは辛い筈だ。
もう少し後の事を考えるべきだったと、自分の浅慮加減に卑屈になる。
「いえ、まだ大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「無理しないで、早目に言ってね」
彼女の能力値的に、多分相当無理をしているんではなかろうか。
封印された能力が今の彼女の全てだ。仮に無理をしているのだとしても、粛々と歩を進める彼女の足取りがとても心配だ。
ふと、横に立つ彼女が俺の方をちらりと見上げる。視線が重なり、彼女は小首を傾げて言葉を紡ぐ。
「ファルミア・・さんは・・・いえ、すみません、なんでもありません」
彼女の眼に、俺はどう映っているのだろう。
白水でさえ異常と評したくらいなので、多分彼女も同じ様に思っているのではないか。
他人になんと思われようが特に気にしない性質だが、まあ、気にはなる。
聖女という立場上、彼女も色々な人間と会う筈。特殊な人間も多いだろう。だが、その中でも俺はさらに特殊な部類だろう。
彼女の生立ち、彼女が何故聖女となったのか、俺は知らない。そもそもが、彼女が今、それを隠しているのだから、俺も知ろうとはしない。
その後も、特に魔物に遭遇する事無く、遂に彼女も、1日歩き詰めで、その道程を踏破してしまった。
「よかった、1日で着いたね。魔物と全然遭遇しなかったのは本当に運がいいよ」
「そうだな。あー、腹減ったなぁ。すぐに飯行こうぜ」
「待って、その前にエリスさんの事をどうするか決めないと」
聖教国への入場待機の列に並び、ミレイの言葉にガルドが首を傾げる。
先に聞いていた彼女が手伝っていた、というシスターの下に送り届けるのが無難な回答ではある。
「ん?教会に連れて行けばいいんじゃねぇか?」
躊躇無く、思いついた事を直接口にするガルドに若干呆れてしまうが、俺も同じ事を考えていたのだ。口には出さない。
しかし、そのまま返していいのか、という言葉に、再び思考を巡らせる。
教会にこのまま送り届け、また、彼女が同じ様な目に合うのだとしたら、今度は助ける事は出来ないだろう。
俺は彼女のお守りではない。それでなくとも、俺は普通の人ではなく、人と共に行動するのは極力避けるべきなのだ。
白水に助言を頼むのもいいのだが、白水は俺の事を優先するだろう。今、聞くべきではない。
悩み悩んでも、良い流れは想像できない。彼女自身はどう思っているのだろうか。
「エリス、それでいいの?」
誰に置き去りにされたのか、もし、教会関係の連中に陥れられて、あの場に居たのだとしたら、彼女も教会には戻りたくないだろう。
問われれば、エリスは俯いてしまい、口篭る。何かに怯えるように。
「私は・・・」
明らかに言い淀んでいる。やはり教会に戻るのはまずい、と彼女も思っているのだろう。
本来であれば俺がするべき事ではない。彼女が誰なのか、この国の中で、彼女の事が知られたら、俺も面倒に巻き込まれる未来しかない。
「私は、暫くエリスに付き添うよ。教会には今日中に連れて行く」
ハッとした表情で俺を見上げるエリスに、微笑んでみるのだが、やはり彼女の表情は晴れない。
何をしているのだろう、と嘆息するのだが、言ってしまった事は仕方ない。幸い、守る力には長けている。
「そうですか・・、では、私達はここでお別れですね。暫くはギルド近くの宿に泊まるので、何かあれば尋ねて下さい。では」
「じゃあな。短い間だったが楽しかったぜ」
「エリスちゃんも、じゃあねー」
「失礼します」
彼等は冒険者で、俺達が並ぶ列とは違う場所に並ぶようになっているらしい。
聖教国の首都にもなれば、入場する場所も分かれるのだろう。事実、それがなければ、多分、一日中入場の待機列が切れる事はなさそうだ。
「そういえば、エリスに聞くのも可笑しな話だけど、入国するのに何か必要な物ってあるのかな?」
俺の質問に、沈んでいた表情を少しだけ緩めて、というか若干驚いているような顔にも見える。
なんだろう、何か可笑しい事を聞いてしまったのだろうか。
「入国には身元を明かす身分証というのが必要です。冒険者の方はギルドの発行するカードがそれに当たります。ギルドカードの掲示はこことは別になりますね」
なるほど、まあ、身分証っていうのが存在するのはどこの世界も同じだろうし、多分、これはテンプレが当て嵌まるんじゃないだろうか。
ギルドカードの掲示、というのは、ミレイ達が並びに行った先での事のようだ。
「私の村では、身分証っていうのは無かったんだよね。本当に田舎だったから。その場合は、金を払うとかになるのかな?」
「身分証が無い・・・やはり、エルフの国ではまだ一般的ではないのですね。はい。門の衛兵の方に仰って頂ければ、手続きをしてくれる筈です」
「よかった。ここまで来て、入れない、じゃ目も当てられないよ」
実際にエルフの国の身分証?の普及がどの程度進んでいるのか、俺には分からないが、今回はこれでなんとか誤魔化せたようだ。
列の流れは順調のようで、エリスとの間にぎこちない空気が佇むが、暫く並んでいると、漸く俺達の順となる。
「譲ちゃん、エルフかい?それに、珍しい格好だね?あぁ、身分証の掲示を頼むよ」
俺達に応対する衛兵は歳のいった、結構厳ついお爺さんで、見るからに長年ここで働いているのだろうと思う。
慣れた感じ、というよりも、彼自身からとても微弱だが、威圧を受けた感覚を覚える。
「ごめんなさい、私の村では、身分証がまだ普及していないみたいなのよ」
「そうかい、まあ、全体に普及してるのは3国だけだからなぁ。あぁ、それじゃ保証金として銀貨5枚頂くよ。冒険者になるんであれば、ギルドでこの証書を見せてくれ。譲ちゃんがギルドで試験に合格すれば、今預かった銀貨5枚でカードを発行してくれる筈だ」
ギルドカードの発行に銀貨5枚か。地味に高い気がするな。それに、試験があるのか。俺の能力がどう人の目に映るのか、楽しみではあるが、少し怖いな。
自覚はある。森に一人で居た事にミレイ達は驚いていたし、拠点を作った時も、彼女達は心底驚いていた。
試しの森と呼ばれている場所が、あの山脈に入る為の腕試しの場所。という事は、冒険者にとっては危険な場所なのだろう。
「それで、横の子は連れかい?すまないが、顔を上げてくれるかな」
まずい。仮にこの衛兵が聖女である事を知っていたら、騒ぎになりかねない。
思考をフルに回転させて打開案を考えたのだが、良い案というのは浮かばない。
ここまで来て、今更慌てても後の祭りなのだが、顔を見るだけ、一か八かだが、天啓の様に思いついた、この設定でいくしかないだろう。
「エリス」
「はい、これでよろしいでしょうか?」
「ん?エリス・・?」
衛兵の眉が上がる。聖女の名も、親しみを込めた呼び名で言えば同様の物だ。
鼓動が高鳴る。冷やり、と背筋を汗が伝う。
「あら、何か?」
「あぁいや、なんでもない。小さいシスターさんもありがとうな。あと、譲ちゃん達の関係は?悪い、これも仕事なんでな」
「私の妹よ。種族こそ違うけれど、同じ孤児で、村の方達に育ててもらったわ。私が村を出る時に、黙って着いて来ちゃったのよ」
「ははは、姉ちゃんが心配だったんだろうよ。まあ、女二人の旅っていうのは危険も多いだろうが、頑張りなよ。じゃ、悪いが二人分で銀貨10枚だな。ギルドはここから真っ直ぐいけば見える筈だ」
言われた通り、銀貨10枚を払い、証書を受け取る。
衛兵の方はエリスの名前にこそ若干反応を見せたが、顔までは知らなかったようだ。それ以外の追求はなかった。
とりあえずは、目的地の聖教国への入国は果たした。
これから、エリスをどうすべきかだが。宿を先に取り、彼女はそこに置いておくべきだろうか。
「エリス、私はギルドに行くつもりだけれど、貴方はどうする?多分、荒くれ者もいるでしょうから、先に宿を取って、そこで待っていた方がいい?」
ギルドに行けば、今の自分の容姿からして、ほぼ絡まれるとみて動くべきだろう。
まあ、男の姿で行ったところで、異世界テンプレの中には絡まれるのがお約束になっているだろうから、どちらにせよ絡まれるのだろうが。
「・・ご迷惑でなければ、御一緒しても構いませんか?」
「いいけれど、大丈夫?」
「はい、お願い致します。ギルドの場所もわかりますので、お連れ下さい。何より、私は貴方の妹なのですから」
順応性の高い子だ。咄嗟の虚言にも直ぐに対応出来る。
彼女にわかった、と返し、ギルドを目指す。エリスの事もあるが、俺はギルドの方も楽しみで仕方ない。
エリスの案内により、ギルドはすぐに見つける事が出来た。
石造りによる外壁の、6階建ての造りになっている。ギルドって大体2階建てくらいのイメージがあったのだが、なんの為だろうか。
建造物は縦に伸びているが、横に馬や馬車を置くスペースだろう、開けた場所もある。
「こちらが冒険者ギルド、聖教国ミスティナ本部となります」
「ありがとう。それじゃ、入るけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫です。離れないように、傍にいますから」
そういう訳で聞いたのではないのだが・・、まあ、彼女がそれでいいのなら、着いてきてもらおう。
ギルドの扉は西部劇でよく見るタイプの両開きの物だ。外からでも中が見えるのだろうが、扉の前に立つと、あまりよく見えない。
ギルド内部は光があまり入らないのか、少々薄暗い印象を受ける。
この中に入れば、半年の間求めていた、冒険者としての始まりを迎えられる。意気揚々と扉に手を掛ける。
扉を開けてギルド内に入ると、やはり一斉に視線がこちらに向く。
筋骨隆々の強面の者から、線は細いが、視線の鋭い者。やたらと威圧してくるのは、初めて見る者への洗礼の様なものなのだろうか。
服の袖が引かれ、腕の方に目を向けると、一斉に向けられた視線に心細くなったのか、エリスがきゅっと摘んでいた。
「大丈夫だよ。一緒に行こう」
反対側の手でエリスの頭をそっと撫でると、くすぐったそうに目を閉じる。エリスも少し安心したところで、受付に向けて歩を進めた。
視線こそ此方を追い続けているが、特に絡んでくる者はいないようだ。受付に辿り着くと、頭から猫・・のような耳を付けた受付譲に対応される。
「冒険者ギルド、ミスティナ本部へようこそ。どのような御用件でしょう?」
「冒険者登録に来ました。衛兵の方にこれを渡せ、と言われたのですが」
衛兵のお爺さんに渡された証書を受付の女性に渡すと、一瞬眉がぴくりと動き、訝しむように視線を此方に向けた。
何故だろう。受付の女性からもそんな視線を向けられる様な理由があるのだろうか。猫耳さんにそんな視線を向けられると、少し泣きたくなる。
「ダイムさんの証書を受け取った方は、とても久しぶりです。それも、エルフの方ですか」
「あの衛兵のお爺さんの事かしら?ダイムさん、というのね」
あのお爺さんは、ギルドの方でも名の知れた人物なのだろうか。彼からの証書は何か特別な意味でもあるのか?
「お爺さん・・・ま、まあ、いいでしょう。登録ですね。では、試験の前に、此方の書類に記入をお願いします。終わりましたら、魔力の測定をするので、3階に上がって下さい。それと、横の方も登録ですか?」
「この子は私の妹よ。義理だけどね。私の付き添いでいるだけだから、登録はしないわ」
「わかりました、それでは記入をお願いします」
記入する用紙に入る項目は、名前、年齢、性別、得意な武器、4項目のようだ。
この場で記入する物はこれだけで、他は魔力に関する事と、試験が終わってから何か追記があるのだろう。
文字は日本語とはまるで違う形をしている。だが、言語理解のスキルのお陰だろう。スラスラと記入していく。
「終わったわ。じゃあ、次は3階だったわね。他の階はどうなっているの?」
「1階は受付で、2階は冒険者用の、飲食スペースです。3階は、魔力測定と、会議室。4階は、模擬戦を行う場所です。試験も、4階で行いますね。5階は、ランクS以上の冒険者の方のみが入れる場所で、6階にはギルドマスターの執務室があります」
「ありがとう。それじゃ、移動するわね」
「3階に入りますと、試験監がいますので、その方に先程記入頂いた書類を渡して下さい」
試験監は受付の女性とは別らしい。猫耳・・もう少し眺めて居たかったのだが。
3階に上がり、扉を開くと、3階全てを使っているだろう部屋の中央に、水晶の様な球体が置かれている。
俺達の他に人影は無く、試験監らしい人物もいない。準備しているのかと思い、首を傾げていると、階段のある背後から、駆け上る足音が聞こえてくる。
「す、すみません。試験監の方が、本日はもうお帰りになられているようでしたので、今回は私が試験監を勤めさせて頂きます!」
扉を勢い良く開けて入ってきたのは、先程別れたばかりの、受付にいた猫耳の女性だった。
「あ、あぁ、そうなの?よろしくね」
急いで駆け上がって来たのか、ゼェゼェと息を切らしている。そこまで急がなくても、と内心考えるのだが、この後に宿を探さなければならない事を思い出す。
女性の方が落ち着いてきたところで、先程渡された書類を手渡す。
「よろしくお願いします!あ、私はセリエと申します。では、この水晶の前にどうぞ。妹さんの方は、少し離れていて下さい」
名残惜しそうに、手を離すエリスの頭を再び撫でると、水晶の前に立つ。セリエさんが、俺と同じように水晶の横に立つ。一度深呼吸して、水晶に手を翳した。
水晶に小さな光が灯り、微弱な魔力を感じる事が出来た。
「試験監、セリエ。試験対象者、ファルミアの魔力測定を開始します」
『試験担当、セリエ、確認。試験対象者、ファルミアの魔力測定を承認致します』
どこからともなく、声が聞こえた。不思議な事に、何処にも声を発した相手は見つからない。
そして、声の後に水晶の周囲、俺とセリエさんを包むように結界のような膜が張られる。
シャボン玉のようなそれは、差し込む日の光に反射し、虹色の輝きをゆらゆらと浮かべている。
「では、ファルミアさん。こちらの水晶に手を置いて下さい。それから、魔力を流して測定をします」
「わかりました」
言われた通り、水晶の上に手をそっと重ねる。どこまでの魔力を流していいのかはわからないが、とりあえず全力だ。俺は自重しない。
身体の内側にあった魔力を、水晶に重ねた手から流す。尋常ではない魔力の波動。すると、瞬く間に水晶は漆黒に染まり、水晶としての本来の輝きはそこに無かった。
「す、水晶が・・・黒く・・・?」
「ふぅ、これで大丈夫でしょうか?」
呆然と色が変わり果てた水晶を眺めていたセリエだったが、ハッとしたように正気に戻り、俺と水晶とを何度も確認する。
「えぇ、はい。これで大丈夫です。少々お待ち下さい」
再度、セリエさんが水晶に触れて、試験開始の時と同じように言葉を紡ぐ。
「試験終了、魔力測定の結果を」
試験結果については、セリエさんが自分で記入するようだ。書類の方に記入準備を始める。
妙な所でアナログな測定だ。水晶なんかを使うものだから、あの書類に文字が浮かび上がる、なんていうのを期待していたのだが。
『試験結果。試験対象者ファルミア、内包魔力、測定可能上限を突破。魔法適正、火、水、風、土、光、闇、無、時。以上、試験終了、お疲れ様です』
うむ、我ながら結果は素晴らしいものと言えるだろう。
うんうん、と頷きながら試験結果の記入と今後の説明を待つのだが、セリエの反応はない。
「あの、セリエさん?」
「ふぁ!だ、大丈夫です!では、次は模擬戦に移ります。4階ですから、階段を上がってお待ち下さい」
若干泣きそう、いや、既に泣いていそうな顔になりながらも、次の場所へと移動するよう促すセリエさん。
一緒に行けばいいのに、と思うが、何か後始末的なものがあるのだろう。水晶もまだ、黒いままだ。
「じゃあ、先に行っているわ」
エリスと階段の方に出ると、扉の向こうからは号泣しているような泣き声が聞こえる。
悪い事をしたのだろうか・・。
「何か、あったのでしょうか?」
「いや、多分・・大丈夫でしょう」
あの結界は、外に測定内容を知らせないものなのだろう。
エリスは魔術を行使できるので、感知していれば、今起こったことについて何か聞いてくる筈だ。
俺が魔力を手先にだけ発動させていたのもあるが、あの魔力に耐える水晶こそ、結構な代物だと思う。
4階の扉を開けると、そこには円形のグラウンドがあった。見物席こそないが、剣闘士が戦うあの場所を思い出した。
「よう、お前さんか、今回の試験受けに来たのは」
横から体格の良い、剣士の男が声を掛けてくる。
腰に剣を挿すのではなく、大きめの剣を背に下げている。クレイモア等と呼ばれる物だろう。完全なパワー型の剣士という印象を受けた。
「セリエから聞いたぜ。魔力測定の結果。模擬戦、今から楽しみでしょうがねぇ」
好戦的な男だ。話を聞いた限りでの、俺の感想としては、それのみ。こういう時、模擬戦の相手をするのはギルドランク上位の者だ。彼もその中の一人なのだろうか。
対人戦の経験がないのもあるが、模擬戦とはいえ、怪我程度は覚悟した方がよさそうだ。
「戦闘はあまり経験がないから、お手柔らかにお願いね」
「くくく・・まあいいさ、あぁ、俺は今回戦闘はしねぇ、お前の相手は俺じゃねぇよ。まあ、気楽にやってくれ。だが、手は抜くなよ。そこも判断材料だからな」
前言撤回。多分、根はいい奴なんだろう。言葉がそれに沿わないだけで。
再度、階段のある扉の方から駆け上がる足音が聞こえると、思っていた通り、セリエの姿が飛び込んでくる。
「お、お待たせしました!少し、準備がありますので、試験対象者、試験担当の方は模擬戦場にて待機をお願いします!」
「待機ぃ?どういうことだセリエ」
いそいそと男の方に向かい、セリエが何言か、男に耳打ちする。それを聞いて男の顔にあった笑顔が、さらに深く、悪辣なものになった。
にぃっ、と、早く戦わせろ、と言わんばかりの顔に、なんとなくだが、察しはついた。
「そうかい、わかった。あぁ、ファルミア、だったか。特例でお前の模擬戦相手は俺になった。よろしくな」
「あら、そうなの?さっきも言ったけど、お手柔らかにお願いするわ」
特例、推測するに、多分目の前のこの男は、ギルド内において結構な地位にいる人物なのだろう。そんな相手が、ランクすら持たない俺との模擬戦をするのは、やはり特例なのだろう。
察していた通りの結果に嘆息するのだが、男からの気迫のある声が、フロア全体に響く。
「お前さんがそれでいいなら!いいぞ。だが、俺は全力でやるぜ。試験担当として模擬戦に何度も立ち会ってはいるが、お前さんは底が見えねぇ。だから、俺は油断も、手加減も、一切しねぇ。いや、出来そうにねぇんだ」
途中から随分と、男から放たれる威圧が凄みを増している。纏う空気そのものが、仄かに熱を帯びた感覚すら覚える。
俺には全く効果がないが、横にいるエリスは肩を小刻みに震わせている。摘む袖からも、その怯え様が感じ取れた。
「ちょっと、妹にまで威圧しないでくれる?まだ小さい子なんだから」
「いや・・無理だ、すまねぇ。楽しみで仕方ねぇんだよ」
仕方のない奴だ。感情によって滲み出す威圧を制御出来ないのに、上位の冒険者なのだろうか。
分からないのは、彼の横にいる、セリエだ。先程までとは明らかに違う、雰囲気。そして彼女の目が、一時も俺から離れない。俺以外の誰も、存在しないかのように。
腰を少し屈めて、エリスの顔の位置に俺も顔を合わせて、少しでも彼女を安心させるように、笑みを浮かべた。
「エリス、大丈夫だよ。お姉ちゃんが一緒にいるから。心配しないで」
「ファル・・姉さん、頑張って・・」
良い子だ。こんな妹、実際に欲しかった・・・。
彼女の手を袖から離し、両手で包み込むと、彼女の周囲に魔力で展開した結界を張る。
「準備が出来ました。では、位置について下さい。妹さんは・・・一応結界もありますので、大丈夫ですね」
「じゃあ、すぐに終わらせるから、待っていてね、エリス」
実際、試験にこれ以上時間を掛けると、今夜の宿を手配出来なくなる。
それでなくとも、母さんの所へ行く為に、一人用の部屋が欲しい。これから二部屋を取らなければならないので、時間が無い。
「おいおい、俺相手にすぐ終わらせるってか・・、笑えねぇよ」
「ごめんなさいね、貴方がどの程度強いのか知らないけれど、この後、宿を取らなければいけないの」
「あぁ?宿ならギルドが手配するさ。時間なんて忘れて長く戦おうぜ?」
「嫌よ。私は武器の戦いは苦手なの。長時間なんてやっていられないわ」
「くく・・振られちまったが、俺は戦いに関してだけは、しつこいんだよ」
悪鬼の様にさらに凶悪な笑みを浮かべて、長引かせると提唱される。しつこい、というより面倒な男だ。
実際に、魔物との戦闘も無く、人型で最初の戦闘がこんな戦闘民族とは、運が無い。すぐに終わらせるとは言ったものの、どうしたものかと思案する。
そんな折
(主様、すぐに終わらせたいのですか?)
今日一日静かだった、あの声が、俺の刀から聞こえてきた。
お読み頂き、ありがとうございます。
昨日からPVが異常に増えましたが、何かあったんでしょうか?
とにかく、読んで頂けて有難い限りです。
これからも何卒、竜の子とともに、をよろしくお願いします。