それは右手から(ショートショート5)
その日の会社帰り。
行きつけの飲み屋で、学生時代からの友人――菊池と落ち合い、明け方近くまで飲み明かした。
互いに独身、しかもモテない者同士。
「カノジョが欲しいな」
「ああ。女なら、どんな女だっていい」
そんな話で、二人は大いに盛り上がった。
家に帰ると――。
それは玄関の上り口で待っていた。
はじめは右手だった。
右手一本で器用に三つ指をつき、丁重にオレを出迎えてくれた。細くて白いところからして、どうも女性の手のようである。
しかも若い。
男の手なら捨てただろう。……が、若い女の手のようだったのでそのままにしておいた。
翌日。
二本の手が三つ指をついて出迎えてくれた。
左手が増えている。
夕食の用意もなされていた。
二本の手と缶ビールで乾杯をする。
三日目。
この日、右足が現れていた。なかなか色気のあるスラリとしたきれいな足である。
おそらく明日は左足も現れるのだろう。
大いに楽しみだ。
四日目。
家に帰ったら、思ったとおり左足が現われていた。
手と足は、それぞれ独立して離れてはいるが定位置にある。自分のいるべき場所がわかっているのだ。
オレが手をなでてやると、もじもじと恥ずかしそうに引っこめた。
明日はおそらく胴体であろう。これまでの手足の姿からして、きっとグラマーなものにちがいない。
なんとも待ち遠しい。
五日目。
待っていた胴体が現われていた。
それに定位置に手と足がくっついている。これで首から下は、すべてがそろったことになる。
体形からして女にまちがいない。ただ、まことに残念ながら、それは衣服でつつまれていた。
これで残るは頭だけとなった。
これまでの成り行きからして、おそらくかなりの美人なのだろう。
カノジョに……いや、嫁にしよう。
六日目。
会社から帰宅すると、それはいつものように三つ指をついて出迎えてくれた。
長い黒髪が下に向いた顔を隠している。
「お帰りなさい、あなた」
女が顔をあげた。
「うげっ!」
オレは悲鳴とともに、おもわず三歩ほどあとずさってしまった。
女の顔には無精ヒゲが……。それになにより、それは菊池の顔そのものである。
これでは、さすがのオレもカノジョにする気になれない。
妻にはできない。
――そうだ、菊池なら……。
アイツに引き会わせ、すぐにでも引き取ってもらおう。女なら、どんな女だっていい――アイツ、女を熱望するように語っていたではないか。
オレはケイタイを手にした。
と、そのとき着信音が鳴る。
「オマエに会わせたい女がいるんだけど」
菊池の沈んだ声が聞こえた。