女神の下僕
「あーあ、つまんないな。人生やめちゃいたい」
雨が降る町のなかで、少年は一人呟く。
少年は一人だった。
町を行き交う人々は、傘もささずに歩く少年を気にもとめない。
それどころか、少年の言葉は町の喧騒に飲み込まれ、少年の言葉が周囲の者の耳に入ることはなかった。
たまたま、別の世界からそこを見ている者がいた。
そして、彼の世界では誰にも届かなかった言葉を耳にする。
「ふふ。ついに見つけたよ。君は僕の下僕に選ばれたんだ」
少女は、決して別の世界には届くことが無いのに、彼に向かって語りかけた。
そして、少女はその少年をこちらの世界へと召喚する準備に取りかかる。
「ここは、どこだ?」
あの世界で退屈そうにしていた少年は目を覚ましたとき、目の前に見知らぬ景色が広がっていたことに大層驚く。
そこは彼が知らない部屋の中だった。
「おはよう。よく眠れたかい?」
輝くように美しい白くい髪に、大きくクリッとした瞳。
一点のくすみもない白くて玉のような肌。
それと正反対の、真っ黒なワンピースを着た少女は彼の顔を覗きこむ。
その、可愛らしさは思わず天使と見間違えてしまう程だ。
目の前の知らない景色と、天使のような少女。
少年は自分が死んでしまったのかと勘違いしてしまう。
「もしかして、俺いつの間にか人生やめちゃった?」
その問いかけに、少女は全く悪びれる様子もなく、少年に軽く謝る。そして、少女は経緯を説明する。
「つまり、たまたま俺の独り言を聴いて、俺が家に帰って寝ている隙に俺を異世界へと召喚したと?」
「どうせ、人世やめたいとか思っていたんだ。その人生僕に捧げても変わらないだろ?」
全く持ってはた迷惑な話である。
少年は、別に誰に聞いて貰うつもりで言ったわけではない一言が原因で、異世界へと連れてこられたのだ。
少年が怒っても無理はないだろう。
しかし、少年は怒らない。
彼にとって元居た世界などその程度の物だったから。
むしろ、この状況を彼は次第にチャンスとも捉えていた。
「あんたの望みはなんだよ?俺に魔王でも倒させるつもりか?」
「君ぃ、マンガの読みすぎだよ」
「じゃあなんだって言うんだ?」
「君には僕の下僕となって、精一杯働いて貰うよ」
その言葉を聞いた少年は怪訝そうな顔をする。
思っていたのと全然違う。
きっと彼の心の中で、この気持ちが渦巻いていたに違いない。
そもそも、元居た世界とほとんど変わらないような世界ならば、彼にとって異世界などに意味はなかった。
そこで、彼は下僕として働く内容よりも先にこの世界がどういう世界か聞くことにする。
彼的には、この世界に魔法やモンスターがいる退屈しない世界であれば、彼女の下僕になることくらい何でもないのだ。
「この世界かい?この世界には君の望んでいるような魔法や、戦いで溢れているよ。安心してくれ、僕は君を退屈になんかさせない」
その言葉を聞くと彼は満足そうな顔を見せる。
彼が、自分のおかれている状況を上手く飲み込むことができたと判断した少女はここで初めて、自己紹介を始める。
「僕の名はネマ。この世界に12人いるワールドマスター―いわゆる君たちの世界では、神様に当たる存在であり、今日から君の主人だ」
そして、ネマと名乗る少女は彼にも自己紹介するように催促する。
「俺の名前は、灰間士。ただの高校生だ。」
「そうか。では士と呼ぶようにしよう。何か私に質問はないか?」
質問…。
彼には聞きたいことが、山ほどあった。
だが、とりあずは下僕として何をするか聞いてみる。
「僕たちワールドマスターは制約がついてしまうが、世界をある程度まで自分の望む形に変える事ができる。」
そこまで、言い終わるといきなりネマは士を布団に押し倒す。
いきなりの事態に、士はそれをはね除けようとする。
けれども次の瞬間、彼が居た部屋の上半分が消し飛んでいた。
きっと、彼女が押し倒していなかったら、士は今頃本当に人生をやめていたはずだ。
「僕が、異世界から下僕を召喚したのを知ってもう襲撃とは、相変わらずいい度胸をしている」
どうやら、ネマにはこの状況に心当たりがあるのか全く動揺の色がみられない。
しかし、対照的に士は動揺していた。
いくら、魔法のある世界を望んでいるとはいえど、いきなり命の危機に瀕したのだ。動揺も無理はない。
「おい、ネマ。どういうことだか説明してくれ」
「詳しく質問している暇はなさそうだ。」
彼女が指を指した先には、右腕が山吹色に光輝いている大男が立っていた。
そして、大男の右腕の輝きが増し、一瞬大きく光った。
すると、先程部屋を消し飛ばした正体である、光線が彼らに向けて放たれる。
しかし、今度はネマが光の壁のような者を貼ってそれを遮る。
「のんびりしている暇はない。君のステイタスいじらせててもらうぞ。」
そう言って、ネマは士の胸に右腕を突っ込む。
比喩などではなく、彼女の腕は彼の中へと沈んでいく。
先程の彼女の回避行動の正しさからも、士は彼女の行動を疑いは出来ても、否定は出来なかった。
すると、彼の前に数字と文字が浮かび上がる。
【灰間士 lv3 使用可能pt50】
【VIT 100】
【STR 18】
【DEX 40】
【INT 100】
【LUK -30】
それが、どうやら彼の能力値らしい。
「使用可能50ptは君のレベルにしては運がいい。それにしても君は頭はいいが、運が悪いのだな。」
そうは言われても、彼にはさっぱりなんの事か分からない。
士は、LUK-30という数値を見て妙に納得してしまう。
寝てたら、異世界に無理矢理つれてこられ、いきなり命を狙われているのだ。
運はお世辞にも良い方とは言えないだろう。
「士、何か格闘技の経験は?」
「格闘技どころか、喧嘩すらしたことがない」
「そうか。ならば、ptはINTとDEXに振る。速さで翻弄して、魔法を叩き込むのだ」
「ネマ、俺は魔法なんて使えないぞ?」
「安心しろ。僕は世界を書き換えられるんだ。君一人のステータスを書き換えることなど造作もない。」
そう言って、彼女は何やら詠唱し始める。
その詠唱が終わったとき、なぜだか、士は自分が使ったことのない能力を使える気分になっていた。
すると、ステータスの横に新たな文字が浮かび上がる。
【特殊能力:瞬間移動 制約:使用回数制限3回】
【特殊能力:カウンター 制約:相手との痛覚共有】
「中々、癖はあるがなんとか行けそうだな」
「もうちょっと使いやすいのはなかったのか?」
「僕の能力付与はランダムなんだ。使えそうな能力なだけありがたく思え」
そう言って、またも、悪びれる様子は無かった。
すると、大男は第3射を放つ。
今度は、制約の関係かネマは防がずに、士を引っ張ってなんとか回避する。
この距離から砲撃され続けては、反撃など出来ない。
そう思い、士は3回のうちの1回を用いて彼の目の前へと瞬間移動する。
「貴様ラヲ駆除スル」
大男は、いきなり現れた士に驚きもせず、無機質な声でそう告げる。
そして、士めがけて光線を放つ。
この距離では避けられないと察した士は、カウンターを使う。
直後、光線は大男を貫く。
それと同時に、士の体にも激痛が走った。
あまりの激痛にまたしても、士は意識を失うのであった。
「ここは…」
士が目を覚ますと、またも知らない部屋だった。
1つ違うのは、彼の横で、看病していたのかネマが眠っている事だ。
「そうか、俺はなんとか勝てたのか」
ネマは召喚を関知され襲われた、という趣旨の言葉を先程の戦いで述べていた。
その言葉から、彼は下僕としてこれからそのような刺客と戦っていく事になると悟る。
「楽しくなってきた」
しかし、彼はそれを楽しそうに受け入れるのであった。
例のごとく、短編でどのような作品が受けるのかを模索しています。
受けが良い作品は書き貯めの後に、連載させていく予定です。