その二
「じゃあ、オレは、もっとがっかりさせちゃった。ちっとも女の子らしくないし」
「ふふっ、そうね。こんなにいい素材が目の前にあるのに、弄れないなんてつまらなかったわ」
アリスの美しい髪を愛おしそうに撫でた公爵夫人は、でも、と続けた。
「貴女が貴女らしくいられるのなら、わたくしは別にいいの」
「おば様……」
「だから、お母様、っよ! まあ、これからいくらでもドレスを着せる機会はあるわ。ああ、楽しみね。このときをずっと待っていたの。どんな柄にしようかしら。流行色なんてみんなと同じ見えて駄目ね。一流の生地屋と仕立屋を呼ばないと」
アリスから体を離した公爵夫人は、うきうきとした様子で思いを巡らせていた。
少女のようにきらきらと目を輝かせながら、髪型どうしましょう、装飾品も揃えないと、と愉しげに呟いていた。
「ほどほどにお願いします……」
いつになく上機嫌で、興奮している公爵夫人をたしなめるようにそっと口を挟むが、絶対に耳に入っていないだろう。
アリスは、死罪を言い渡された罪人のような気分で、がっくりと項垂れた。
アリスのためを想っていろいろ考えてくれているのは嬉しいが、彼女の場合、とんでもない方向に走る場合があるから怖い。これが一年先の出来事だったら、きっとドレスに見事な刺繍を施し、装飾具も一から作らせていただろう。
アリスの晴れ舞台のために、大金を湯水のごとく使う様が容易に想像できた。
どんな衣装が出来上がるのだろう、と戦々恐々としているところでテイトが姿を見せた。
「ご主人さまっ、大変です! 大変なんですっ」
「またか……」
アリスの小間使いは、落ち着くという言葉を母親の腹の中に忘れてきてしまったのかもしれない。
「あらあらテイトちゃん、そんなに急いでどうしたの?」
頭痛を抑えるように額に手を置いたアリスとは違い、公爵夫人は、にこにこと笑顔だった。可愛いテイトは、彼女のお気に入りなのだ。
「あっ、奥方さま……すみません。大声で……」
「いいのよ~。テイトちゃんは、騒がしくないとね」
「はははっ」
皮肉なのか嫌味なのか、さらりと明るい声音で言われたテイトは、乾いた笑い声を漏らした。
「で? どうした」
「あ、そうなんです! ご主人さまにお客さまがお見えで……」
アリスが用件を促すと、テイトが慌てて言った。
「オレに?」
アリスは、訝しげにテイトを見やった。
トリンカ王領に、アリスをわざわざ訪ねてくる知り合いなどいなかったはず。
「それが……」
テイトは、言いにくそうに語尾を濁すと、アリスの反応を窺うようにちらちらと視線をやった。
「回答は、三秒以内!」
「ふ、ふぁい! カルロット・アズ・ヴァンヅェーさまがいらっしゃいました!」
アリスがぴしゃりと言い放つと、背筋をぴんっと伸ばしたテイトが、まくし立てた。
「あらあらヴァンヅェー家のご令嬢が。アリスちゃんにもお友達ができたのね」
「ええ……まぁ……」
良かったわと破顔する公爵夫人を見て、天敵です、とは言い難い。
不承不承頷くと、一体、なにをしに来たのかと頭を悩ませたのだった。