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   その三

「……あのぉ」


 息を殺し、空気のような存在になっていたテイトが、そわそわと落ち着かなそうに視線を扉へとやりながら、思い切ったように声を上げた。


「外が、騒がしいようですけど」

「! 来たっ」


 アリスもようやく気づいたようだ。

 ディアスの手を払いのけると、扉ではなく窓に駆け寄った。


「テイト、行くぞ。ディー、さらばだ」


 窓を開け放ったアリスは、人気がないのを確認するとひらりと身を躍らせた。ここが一階で助かった。


「ま、待って下さいよぉ~」


 ディアスにぺこりとお辞儀をしたテイトが、慌ててアリスの後を追いかけていった。

 その直後、扉が音を立てて開いた。


「アリス――ッ!」


 荒々しく入ってきた人物は、開かれた窓に目を留める肩を落とした。


「また、逃げられた……」

「まあまあ、そんなにしょげないで下さい。気持ち悪い」

「……ッ、貴様になにがわかる!」


 憎々しくディアスを睨みつけた青年は、悔しそうに地団駄を踏んだ。


「貴様のせいで、私のアリスが……っ」

「貴方のモノではありませんよ。アリスは、僕のモノです」


 くすりと余裕の笑みを浮かべるディアスに、青年が歯ぎしりをした。

 一方、なんとか逃げおおせたアリスは、肩で大きく息をした。


「鉢合わせなくてよかった」

「よろしいんですか? 今頃、オーラントさまに八つ当たりなさっているかも……」


 追いついたテイトが、その光景を思い浮かべてか、苦笑した。


「ディーもあれで口が上手い。(あに)様に負かせられるはずもない」


 とは言うものの、アリスも仲がいいとはいえない二人の姿を脳裏に思い描いて嘆息した。

 普段はそんなことないのだが、アリスが絡むと険悪になってしまうのだから困ったものだ。

 もっと大変なのは、巻き込まれる周囲の人間かもしれない。

 なにしろ、アリスと兄の関係は、公にされていないのだから。


「ちょっと、邪魔よ!」

「うわっ」


 考え事をしていたら突然、どんっと押された。

 すっかり気を抜いていたアリスは、踏ん張れず、たたらを踏んだ。


「ご主人さまっ」

「ん……ありがとう」


 珍しく、小間使いらしい機敏な動きを見せたテイトが、前につんのめりそうになったアリスの体をとっさに支えた。

 テイトは、道幅はこんなに広いというのに、わざとらしく手で押しのけてきた少女を睨みつけた。


「なにをなさるんですか!」

「まあ、キャンキャンとこうるさいこと。躾がなっていないわね」


 扇で口元を覆った少女は、目を細めるとつんと顎を上げた。

 動きにくそうな襞で覆われたドレスは、薔薇園を散策するにはあまりに不釣り合いであった。

 まるでドレスの中に埋もれているようにも見える。

 飾りのついた細長い帽子が、赤みがかった金髪の上に乗っかり、薄いレースが顔全体を覆っていた。

 今流行のアヴァール塔を模した格好である。

 帽子の形が決めてで、そそり立っているほどいいとされていた。

 流行を作りだすのならば、右に出る者はいないとされるヤーレン侯爵夫人が先月頃からはやらせているらしいが、アリスはどうも好きになれなかった。重い帽子のせいで重心はふらつき、魅力が半減しているように見えるのは気のせいだろうか。


「カルロット様、得体の知れない人間に近づいてはなりませんわ」

「ええ、そうですとも。身なりからして、とうてい上流階級の人間には見えませんわ。もしかしたら、どこからか侵入したのかも」


 カルロットと呼ばれた少女と同じような姿をした二人組が、かしましくわめき立てる。

 けれど、彼女たちがカルロットの様子を窺うようにちらちらと見ていたのをアリスは見逃さなかった。


(ふんっ、なるほどな。友達ではなく、取り巻きということか)


 カルロットの機嫌を損なわないよう必死なのだろう。


「それだわ!」


 カルロットが瞳を輝かせた。


「カルロット様……?」

「オーラント様に、不法侵入者を見かけたとご報告しませんと。ふふふ、怖かったと抱きついたら、きっと慰めて下さいますわ」

「ぁ、お待ち下さい!」

「カルロット様ぁぁぁ~」


 カルロットは嬉しそうに言うと、ぶつかったアリスに対して謝罪を口にすることはおろか、存在すら忘れたように歩き出した。その後を取り巻きの二人が、慌てて追いかけていく。


「なんだ、アレは……」


 まるで嵐のような集団に、残されたアリスは呆気にとられていた。


「……ったく、ディーも厄介なのに目を付けられたな」

「よろしいのですか? オーラントさまに余計な虫がたかっても」


 テイトが心配そうに訊くと、アリスは一笑に付した。


「愚問だな。ディーがオレ以外を選ぶはずがない」


 第一、ディアスのことを『オーラント』と呼んでいる時点で、仲の良さなど知れている。思いこみの激しそうな令嬢が、一方通行で想っているだけなのだろう。


「……たいそうな自信ですねぇ」

「当たり前だろ? ディーが、オレを裏切れるはずがないんだ……」

「ご主人さま……?」


 ほんの少し声を落としたアリスに、テイトが訝しげに首を傾げた。


「なんでもない」


 ゆるりと首を振ったアリスは、テイトから離れるとゆっくりと歩き出した。


(たとえディーに好きなヤツができたとしても、結婚するのはこのオレなんだ……)


 破棄することは許されない。

 アリスが拒否しない限り、ディアスから縁を切ることは認められないのだ。

 そっと右肩を押さえたアリスは、小さく唇を噛んだ。


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