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   その五

 正面扉から入ってきた人物に目を留めた人々は、自然と道を空けていた。

 正装姿のディアスは完璧なまでの美しさで、口元には笑みを称えていた。

 そんな彼の相手をしているのは、ラディ一世の異母妹と紹介された娘であった。

 黄金のドレスに身を包み、薄化粧を施した姿は、先ほどまでの小汚さが嘘のような透明感のある美しさで溢れていた。


「あれは……」

「薔薇の……」


 右肩のアザに気づいた者たちが、目を見開いていた。

 薔薇のアザを持つのは、王族だけである。

 アリスが王族の一員であることは、だれも疑うべくもなかった。

 身分の高さを示すかのように伸ばされた裾が、まるで黄金の波のように床を覆っていた。太陽の輝きに包まれても、その美貌があせることなく、さらに輝きを増しているようだった。

 上品に編み上げられた白金の髪も、薔薇色の頬も、真珠色の滑らかな肌も、すべてが輝いていた。なによりも美しいのが、緑がかった灰色の瞳であった。華奢でありながら、生命力溢れる力強い双眸が、黄金の中に埋もれるのを拒んでいるようでもあった。

 深窓の令嬢とは一線を画する太陽の化身のような王女を見て、人々の間から感嘆としたため息が漏れた。

 アリスが着替えのために退出したあと、品がないとか、小猿のようではないかと文句を言っていた者たちも、今ではすっかり魅せられてしまったようで、呆けたように口を開け、うっとりと眺めているだけだった。


「あぁ、想像以上の美しさだ。さぁ、アーリー。私の横へ」


 眩しそうに目を細めたラディ一世は、アリスを招いた。

 ディアスと別れたアリスは緊張した面持ちで階段を上がると、ラディ一世の横に並んだ。

 ラディ一世が合図を送ると、銅鑼鳴った。話し声がぴたりと止む。


「これまで、いろいろな事情により、存在を隠してきたが、今日より正式に王族の一員となる。アリスティナ王女は、前国王が気まぐれに手を出した侍女の私生児だが、王位継承権は第一位とする。なお、これは、王女自身が放棄するまで有効である」


 一瞬、どよめきが起こった。

 そうだろう。

 つまり、ラディ一世が結婚し、子を作っても、王位継承順位は王女のほうが上ということなのだから。

 この宣言に、集まった貴族たちは、王女に対するラディ一世の深い愛情を感じ取ったようだった。すべては、私生児であるアリスが宮殿内で過ごしやすくするための配慮なのだろう。


「次に、バルフィック公爵家の子息とヴァンヅェー家の子女の婚約の件は、カルロット嬢の王女誘拐を企てた首謀者により、白紙に戻す。バルフィック公爵家の子息は、アリスティナ王女たっての希望により、婚約者として正式に承認する」


 アーリー、みんなにご挨拶を、と言われ、アリスは震えそうになるのを耐えた。

 大広間にいるすべての者たちの目がアリスに注がれていた。

 圧倒される光景に、舌が縮こまってしまう。

 そのとき、階下にいるディアスと目があった。

 大丈夫、といいたげな視線に、アリスの強ばっていた筋肉がほぐれていくのを感じた。

 短い期間だったが、教師から教わった立ち居振る舞いを思い出す。

 ぴんっと背筋を伸ばしたあと、裾を摘み、ゆっくりとお辞儀をしたアリスは、にっこりと愛らしく、上品な笑みを浮かべた。


「お初にお目にかかります。アリスティナと申します。わたくしにとって今日は、第二の人生のはじまりとなる素晴らしい日です。王宮での生活は不慣れなことも多いとは存じますが、皆様方は、呆れずに見守って下さると嬉しゅうございます。――ラディ一世に、そして皆様方にもアッツゥー神の祝福を」


 言い終わると同時に、袂に隠し持っていた大量の花びらを宙に放った。赤、黄色、青、紫……と色とりどりの花びらが、きらきらと宝石の欠片のように光を放ちながら、人々の頭上に舞い降りていった。

 美しくも儚い、幻想的な光景に、みんなの目が釘付けとなった。

 実は、テイトにこっそりと用意してもらったのだ。有能な小間使いは、短時間でこれほど集めてくれた。


「アーリー……」

「良き日に、ぴったりだろ」


 いたずらっ子のように瞳を輝かせたアリスは、びっくりしている兄に向かって片目を瞑った。


「可愛いことをしてくれる」

「兄様には負けるさ。……ディーのこと、本気ではなかったんだろ?」

「さあ、それはどうかな」


 ふふっと謎めいた笑みを浮かべたラディ一世は、本音をさらりと隠してしまった。

 肩をすくめたアリスは、驚いた声と歓声で満ちる眼下を眺めた。

 知らされていなかったディアスは、苦笑していた。

 それを見て、アリスは呟いた。


「うん、良き日だ」


 本当は、このときを迎えるのが怖かった。

 なにかが変わってしまうんじゃないかと。

 けれど、今はどうだろう。

 なにも変わっていない。

 周辺はいろいろと変化するだろうが、アリスがアリスでいるかぎり、なにも変わらないのだ。

 アリスは、くすりと笑った。


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