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   その三

 宮廷舞踏会を明日に控え、リューブル公園も散策する貴族で賑わっていた。話題はもちろん、世紀の婚約発表となるディアスとカルロットだ。どこもかしこもその話で盛り上がっていた。

 周囲が色めき立つ中、椅子に腰掛け、ぼんやりと大木を眺めていたアリスは、お目当ての人物が通りかかるのをまんじりと待っていた。深く被った帽子のおかげで、覗き込まなければアリスであると気づく者はいないだろう。


「あの方も心配性ですね~」


 隣にいるテイトが、ちらりと背後に視線をやった。

 そこには、貴族の子息に扮したラディ一世の私兵が立って、こちらを窺っていた。


(まさか、兄様にも捜索されていたとはな)


 てっきりバルフィック公爵に一任していたと思っていた。

 ラディ一世が、自ら動くわけにはいかないからだ。それだけ状況は切迫していたのだろうか。

 嬉しいのと同時に、申し訳なくなってしまう。

 アリス救出隊は、呑気に本を読んでいるアリスを見つけて、それは目を丸くしたものだった。

 そんな彼らについていくのを拒否すると目に見えて渋い顔となったが、アリスが妹であることは知らされていたのか、ラディ一世に判断を仰ぐために戻っていった。もちろん、誘拐を企てたバルフィック公爵の甥たちは、連行されていったが。

 あのときの情けない顔は一生忘れないだろう。


(裏で手を引いていたのがカルロットだと知ったら、兄様はどうするだろうか)


 婚約を取り消す?

 それとも強行するだろうか。

 アリスもそこまで事を荒げたくないから、カルロットの真意しだいでは罪に問わないつもりであった。

 行き過ぎた嫉妬ゆえなら、同情できる。


(もしオレが兄様の妹でなかったら、婚約者は彼女だったかもしれないからな)


 アリスがため息を吐いたそのとき、歓声が起こった。


「ご主人さま、来ましたよ」


 輪の中心にいるのがカルロットなのだろう。

 祝福する声が、アリスの耳にも届いた。

 アリスがテイトに合図を送ると、小さく頷いた彼は輪の中へと飛び込んでいった。

 しばらくして、カルロットが輪の中から抜け出してこちらに向かってきた。人払いをしたのか、群がっていた取り巻きは遠目から窺っているだけで近づいては来なかった。

 カルロットが目の前で足を止めると、アリスは顔を上げ、にやりと口の端を持ち上げた。


「あなた……っ」


 強ばった顔が、ほんの少し青みを帯びる。

 けれど、すぐにふてぶてしさを取り戻したようだった。


「あたくしになんの用?」

「子爵なら捕まったぞ」

「!」

「オレを監禁させ、その間にディーの婚約者の立場を奪おうと画策するとは、いい根性だな」


 アリスがそう言うと、カルロットの顔が引きつった。


「お、脅すつもり?」

「……そんなにディーが好きか?」

「もちろん、お慕いしておりますわ。夫となる人物で、オーラント様ほど完璧な方はいらっしゃいませんもの。バルフィック公爵家に嫁げば、お母様もあたくしを見直して下さいますわ」


 カルロットの返答に、アリスは眉を寄せた。


「それは、愛か? お前の言い方ではまるで……」

「くすっ、なにをおっしゃいますの? 貴族に生まれたからには、政略結婚しかありませんでしょ。互いに愛など必要ありませんわ。重要なのは、あたくしに相応しいかどうか。お姉様方よりも身分の高いところへ嫁げば、箔がつきますわ。お母様もあたくしを褒めて下さいますわ」

「……」

「あなたには、わからないでしょうね」


 カルロットは、憎々しげにアリスを睨んだ。せっかく美しく装っているというのに、その顔は悪魔が乗り移ったかのようだった。


「お母様に望まれずに生まれたあたくしの気持ちなんか。お父様は可愛がって下さるけれど、男子を望んでいたお母様は、あたくしに触れても下さらなかった。あたくしはお母様に捨てられたのよ! 物心ついた頃から修道院に入れられ、寄宿学校で寂しく過ごしてきたあたくしの気持ちなんて、平民のあなたにはわからないわ。あたくしはお母様に認められたかった。オーラント様はね、そんなあたくしの希望なの。オーラント様と婚約したら、お母様は放っておいたあたくしの存在価値に気づいてくれるのよ。お姉様方に向けるよりもずっと優しい目を向けてくれるの。邪魔は、させないわ」


 そうまくし立てたカルロットの口が歪んだ。


「だってあなたはもう、婚約者ではないもの。覆ったりしないわ。オーラント様は、ずっとあなたを疎ましく思っていたそうよ。婚約解消できて、せいせいしたとおっしゃっていたわ」

「……!」


 アリスの双眸が微かに揺れた。

 カルロットの嘘だとは思ったが、否定できなかった。

 本当にそう思われていたとしたら?

 黙り込んだアリスを見下ろしたカルロットは、鼻を鳴らした。


「あたくしが主犯だと知らせたいのなら、知らせなさい。ただ、だれが信じるかしら? ヴァルトン子爵がお金に困っていたのは事実だし、彼が真実を告げたところで刑を免れるための狂言と捉えられるでしょうね。それに、あなたが言い張ったところで、平民の言葉なんかだれも耳を傾けないわ。あたくしは今、最も力のある父を持ち、明日にはオーラント様の婚約者となる身分なのよ。どちらが正しいかなんて、だれが見ても明白ですわ」

「……」

「だいたい、オーラント様は、あなたを捜そうともしなかったじゃないの。いいえ、公爵様も普段と変わった様子は見られなかったし……。あなたって、嫌われていたのね。このまま消えてしまいなさいよ。それが、オーラント様方のためですわ」


 嘲笑したカルロットは、みんなが待っているので、失礼しますわ、と去っていった。


「っ、ご主人さま! なんで言い返さないんですかっ」


 テイトは憤怒の形相でアリスの顔を覗き込んだ。とたん、みるみるつり上がっていた眦が下がって、困惑を深くしていった。


「ご主人、さま……?」

「なぁ、テイト。オレは、どうしたらいいんだろうな……」


 苦しげに呻いたアリスは、両手で顔を覆った。


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