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   その二

「陛下、ミルモ大河に、新しく橋を建築してはどうでしょう?」


 ラディ一世が執務室に戻ると、ロット卿がにこやかに提案をした。

 ミルモ大河というのは、トリンカ王領を縦断するように流れる川のことだ。大いなる命の川とも呼ばれ、レイウォルバーノ国の初代国王が国を興す際に、水の恵み豊かなこの地を選んだという。

 そのため周辺諸国から領土を狙われることも多かったが、国が隆盛を極めたのは初代の英断のおかげだろう。


「失礼だが、ロット卿。それには莫大な費用がかかる上、すでに主要な橋は架かっている。これ以上増やしても無駄というものだ」

「なにを言う! 市民の足場が増えるのに越したことはない。ワシの元には、民からの陳情書がいくつも届いておる。それをないがしろにしろと言うのか」

「はて、私はそのようなことを耳にしたことはないが?」


 初耳とばかりにバルフィック公爵が、ぴくりと片眉を上げる。


「ワシのほうが民からの信頼が厚いせいではありませんかな」


 くっと嘲るように口の端を持ち上げたロット卿は、ラディ一世へと視線を戻した。


「軍事の予算を削減すれば、橋の建築費に回せるはずです」

「軍事費は、国の要だぞ。それをおろそかにすれば、国が傾くことになる。よもや、指導者であるあなたがそんなこともわからないはずあるまい」

「ふんっ、戦乱の世ならいざしらず。今は、近隣の国とも争いがなく、兵士の育成にばかり力を入れていては、国が廃れる。大事なのは、陛下の民がいかにして快適に暮らせるかだ」


 騎士の指南役というよりは、まるで大臣になったような物言いにバルフィック公爵が眉を寄せた。

 本来、彼が口を挟むべき事案ではない。

 報告書としてまとめ、上司に任せるべきである。彼はあくまでも指南役であり、文官ではないのだから。

 カルロットがディアスの婚約者となってから、ロット卿は人が変わってしまったようだった。こうしてラディ一世からも目をかけられているせいか、欲が出たようだ。指南役で埋もれたくはないとばかり、ここ最近は騎士への指導もおろそかにして、ラディ一世の傍にべったりと張りついている。

 それをだれも咎めないのは、ロット卿が、今一番、国王の寵愛を受けているからだろう。

 バルフィック公爵がラディ一世に視線を移すと、彼は品のある笑みを浮かべたまま静観していた。

 腹の読めない笑みに、舌打ちしたくなった。

 いつものバルフィック公爵ならば、ラディ一世を一喝していただろう。ロット卿を偏愛し、あまつさえカルロットを婚約者に推すとは……。

 だが、今のバルフィック公爵には、そんな力さえも残されていなかった。こうして傍にいられるだけマシだろう。

 そのとき、扉が開き、侍従が入ってきた。彼は、ラディ一世の耳元に口を寄せ、何事か囁くと、彼の顔色が微かに変わった。喜び、安堵、驚きが入り交じる。


「そうか……ご苦労」


 侍従にそう告げたラディ一世は、なにかを考えるように顎に手をやると、ゆっくりと顔を上げた。そして、手を振るとバルフィック公爵たちに退室を促した。

 ロット卿は食い下がろうとしたが、ラディ一世の視線に怯んだように肩を落として出て行った。部屋に残されたのは、侍従とラディ一世、バルフィック公爵だけである。


「――なにをしている? 私は、出て行くよう命じたはすだけど?」


 温度をなくした冷たい声音が、バルフィック公爵へと向けられる。


「アリスが見つかったのですか?」


 硬い表情のバルフィック公爵がそう訊ねた。


「……なぜ?」

「貴方が動揺するのは、アリスに関することだけです」

「だとしても、答える義務はないよ。あの子の行方を掴むどころか、小間使いにまで逃げられたんだってね。お粗末すぎて笑えないよ」

「……っ、それは、」

「言い訳は聞きたくない。私がおまえに大切な子を預けたのは、危険から遠ざけるため。なのに、なんだい、これは。誘拐されただけでも許し難いのに、八日経ってもなにも進展してないなんてね」

「心当たりなら……!」

「遅い」


 ラディ一世がぴしゃりと言い放つと、バルフィック公爵が小さく体を震わせた。


「捜索隊は引き上げるといい」

「!」

「処分は追って知らせる。――下がれ」

「はっ」


 青ざめた顔で頭を下げたバルフィック公爵は、悄然としながら執務室を後にした。


「いかがなさいますか?」


 見守っていた侍従そっと声をかけた。


「困ったお姫様だね」


 くすりと笑ったラディ一世は、肘をつき、掌に頭をのせた。


「――好きにさせなさい。ただし、ヴァルトン子爵と誘拐の実行犯は捕らえ、刑に処すように」

「はっ」


 一礼した侍従が去っていくと、残されたラディ一世は嘆息した。


「私のわがままが、おまえを傷つけていたのかな……」


 哀愁を帯びた呟きは、だれにも聞かれることなく消えていった。



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