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第五章 俺様姫の決断 その一

「ご主人さまぁ~~~っ」


 情けない声を出しながら、テイトはトリンカ王領を走り回っていた。

 アリスがいなくなったと聞かされてから、何度悔やんだかわからない。隣の部屋で寝ていたというのに、物音にも気づかなかったのだ。

 それこそ、屋敷は蜂の巣を突いたかのような騒ぎとなっていた。

 八日経ち、少しは落ち着きも見せていたが、手がかりがほとんどない状況なのだ。

 唯一わかったことは、アリスがいなくなった日の夜更けに、バルフィック公爵邸の近くから走り去る荷車を見かけたという者がいたくらいだ。藁と大きな袋が乗せてあったというが、運んでる男は大柄で、人相も悪かったという。

 アリスの失踪に関わっているかもしれないと、その男の行方を捜していたが、なかなか足取りが掴めない。


(どうか、ご無事で……っ)


 もし、これが誘拐だったのなら、アリスの命はすでにないかもしれない。

 それだけは考えたくなかったが、焦る気持ちと比例するように嫌な考えばかり膨らんでいく。

 テイトは、必死に思いを巡らせた。

 こうして闇雲に走り回っていても、アリスは見つからないだろう。


(荷車の男が、ご主人さまをさらったなら、どこに行く?)


 小柄なアリスなら、袋に入れることは簡単だ。それを担いでいても、だれも気にも留めないだろう。

 問題は、荷車だ。

 男が、王領に出入りできる通行許可証を持っている商人なら、すでに王領を離れている可能性が高い。荷車に乗せられて、地方へ連れ去られた考えも否定できない。

 現に公爵は、すでにアリスは王領にいないと考え、近隣の街や村に捜索の手を伸ばしていた。

しかし、テイトは、どうも納得できず、こうして一人でアリスを捜していた。

 ――木を隠すならば森に隠せばいい。

 育ての親にそう教えられて育ったのだ。

 もしテイトが、アリスをさらった犯人だとしたら、様子を窺うため身近な場所に身を潜めるだろう。騒ぎがおさまってから抜け出したほうがいい。


(やっぱ、情報が集まるのは、アソコしかないか)


 テイトは、丸い目に鋭利な光を宿らせると大通りの角にある酒場へと向かった。歪んだ扉を開けると、昼間だというのに、すでに多くの人で賑わい、赤ら顔の男たちが杯を傾けていた。

 素早く視線を走らせたテイトは、ある一点で留めた。


「ああ、くそっ」

「どうした、機嫌がわりぃな。いい仕事、入ったんだろ?」


 奥の隅で、がたいのいい男と細身の男が肩を並べて飲んでいた。

 大柄で強面……と、屋敷付近にいた男の特徴に近い。

 まさかと思って、気配を殺しながら距離を縮めたテイトは、耳をそばだてた。


「たまったもんじゃねぇ。そりゃ、大金に目がくらんで引き受けたさ。けどな、あのお貴族サマぁ、口ばっかで残りの金を寄越さねぇ。あんなきたねぇ女のお守りなんか、おりゃあ、ごめんだぜ」

「若い女なんだろ? いいじゃねぇか、遊んでやりゃあ」


 下卑た笑みを浮かべる細身の男に、がたいのいい男は鼻に皺を寄せた。


「ケッ。色気なんぞ、まったくねぇぞ。男みてぇな格好でな、深窓の令嬢が聞いて呆れる」

「!」


 テイトの顔色が変わった。


(男みたいなって……ご主人さまのことじゃ……?)


 口の中が乾き、ごくりと唾を呑み込んだテイトは、汗ばむ手をぎゅっと握った。

 想像通り、犯人に突き当たるとは思ってもみなかった。


「――ンでよぉ、さっさと、金受け取っておさらばしてぇってのに。かっ攫うだけだっつぅから、引き受けたのによぉ。これじゃ、わりにあわねぇ」

「そりゃぁ、シケた話だ。けどまぁ、大金入るなら、我慢しろや。なんならオレが代わってやろぅか?」

「冗談は顔だけにしろや」


 細身の男の申し出を鼻で笑った男は、ぐびっと麦酒をあおると、空になった杯を机の上に置いた。


「おりゃあ、そろそろ行くぜ。子守りの時間さ」

「金、入ったらオレにおごれよ」

「ヤなこった」


 軽口をたたき合う二人を冷めた目で観察していたテイトは、酒場を離れた男のあとをこっそりとつけた。

 弱冠、千鳥足の男は、テイトが背後にいるのにも気づかず、アルバンの森へと足を踏み入れた。

 のどかな公園も広がるアルバンの森は、昼間は貴族の社交場として賑わっていたが、ひとたび奥へと足を進めれば、どこかおどろおどろしい雰囲気があり、めったに人は近づかない。

 なるほど、とテイトは感心した。

 ここならば、アリスを隠すのにちょうどいいだろう。視線を上にずらせば、大聖堂がすぐそばにあった。神のお膝元で、よく悪巧みができたものだ。

 鬱蒼と生い茂った木々を抜けると、人為的に作られた小道が現れた。それを辿るように歩くと、古びた家が見えてきた。

 男は、家には向かわず、すぐ横にある小屋らしい戸を開いた。だが、すぐに閉じると、家へと入っていった。

 周囲に人気がないのを確認したテイトは、小屋の戸をそっと開いた。

 一瞬、腐臭が鼻をつく。

 生ごみが腐ったような臭いに、思わず眉間に皺を寄せた。が、それもすぐに明るいものへと変化する。

 わずかな光の中に目をこらせば、壁に背をもたれるようにアリスが座っていた。


「! ご主人、さま……っ」


 ようやく探り当てることができたテイトは、歓喜に目を潤ませた。

 ああ、生きていた!

 二度と会えないのではないかと不安だったのだ。


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