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   その四

「オーラント様ぁぁぁぁ~~」


 媚びを含んだ甘い声音に、ディアスは小さく舌打ちした。

 カルロットに会わないよう避けていたのに、ついに見つかってしまった。

 いつものように友人を侍らせたカルロットは、顔を輝かせるとディアスの腕に絡みついた。


「お会いできて嬉しいですわ」

「悪いけど、構っている暇はないんだ」

「……あら」


 カルロットの顔が奇妙に歪んだ。嘲笑や憐れみが浮かんだのは一瞬だった。彼女は、聞き分けのない子をあやすかのような笑みを浮かべた。

 ふっくらと膨らんだ胸をディアスの腕に押しつけると、隙間もないほど密着した。そして、踵を上げて、顔を近づけた。


「あたくしを粗雑に扱わないほうがよろしいですわよ。だって、あたくしが貴方の婚約者になるんですもの」

「どういう意味だ?」

「お父様にお願いしましたの。だって、だれが見ても身分的にオーラント様の隣に、あの女は相応しくありませんわ。その点、あたくしなら申し分ありませんでしょ」

「僕は、アリス以外と結婚するつもりはない」

「あたくし、妾がいても気にしませんわよ」


 にっこりと微笑むカルロット。

 ディアスは、戯言は聞き飽きたとばかりに、カルロットに掴まれていた腕を払った。


「……ぁ」


 平衡を失ったカルロットの体が後ろへよろめく。それを駆け寄ってきた取り巻きたちが慌てて支えた。

 怪我はないかと心配そうに声をかける彼女たちに、


「離れてちょうだいっ」


 礼も言わず、邪魔そうにどんっと押しのけたカルロットだったが、冷ややかにこちらを見つめるディアスに一瞬びくりと体を震わせた。しかし、すぐに勝ち誇った笑みを浮かべる。


「陛下が、認めて下さったのですわ」

「陛下が……?」


 ディアスは眉を潜めた。

 近頃、カルロットの父であるロット卿を側近として重用しているとの風聞は、ディアスの耳にも届いていた。

 ロット卿に居場所を奪われたバルフィック公爵は、陛下に意見することなく、冷遇を甘んじて受け入れていると。そんな彼の姿に、周囲の人間は、公爵がなんらかの失態を犯して陛下の怒りを買ったんではないかと囁きあっていた。

 公爵と口論して以来、顔をつきあわせる機会のなかったディアスは、誇張だろうと気にも留めていなかったが、カルロットの口ぶりから察すると噂は真実なのだろう。


「バルフィック公爵様は、オーラント様と同じく、身分など関係ないとおっしゃって退けてしまわれたの。でも、お父様が、陛下に直訴して、取りなしていただいたのよ。公爵様だって、陛下のご命令ならば受諾なさらずにはいられないでしょ? 陛下は、今度の宮廷舞踏会で、正式に発表したら――……オーラント様? どちらへ……っ」


 カルロットの言葉を最後まで聞かず、ディアスは走り出した。

 激しい怒りが胸の内に渦巻いていた。

 険しい表情のディアスを見て、「なにがあった?」と驚いたように声をかけてくる同僚を無視し、陛下がいる執務室まで走った。


「失礼致しますっ」


 扉を壊す勢いで中に足を踏み入れると、そこには、レイウォルバーノ国ラディ一世と王室近衛兵二人がいた。

 足音に反応してか、近衛兵の二人は国王を守るように立っていたが、相手がディアスだと気づくと柄から手を離して、定位置へと戻った。


「今日は非番のはずでは?」

「陛下に入室の許可も取らず、押し入るとは……なんたる無礼!」


 近衛兵の二人が眉を潜めるのとは対照的に、ディアスを眺める国王の顔には面白そうな色が浮かんでいた。


「オーラントと二人きりで話がしたい」


 羽ペンを置いた陛下がそう告げると、近衛兵は戸惑いをみせたが、命令には逆らえないのか釈然としない顔で出て行った。二人とも、なぜ非番のディアスが執務室に訪れたのかわからなかったのだろう。

 扉が静かに閉まり、周囲に気配がなくなったのを確認してから、ディアスは、優雅に頬杖をつく国王に近づいた。

 どんなに砕けた格好でも、さすがにこの国を統べる王だけあって、品があり、堂々としていた。一つ一つの所作が流れるような美しさで、目を離せない魅力があった。


「どういうおつもりです!?」

「なにがだい?」

「とぼけないで下さい! カルロット嬢をけしかけるなんて……っ。僕に、婚約者がいるのは、陛下もご存じのはず」


 気色ばむディアスが語尾を強めても、国王は動じた素振りも見せなかった。


「しかも、宮廷舞踏会で、アリスとのことを公にするとお決めになったのは陛下ではありませんか」

「私を責めるか?」

「当たり前です」


 怒りに駆られたディアスは、眦をきつくさせた。


「――守れなかったのにか?」

「……っ」

「か弱い少女一人を守れない家に、どうして愛しいあの子をくれてやれる? 私はね、とても怒っているんだよ。あの子が無事に見つかったとしても、私は帰す気はないよ。手元に置くと決めたんだからね」

「それは……」

「最初からこうしていればよかった。バルフィック公の熱意に負けて、ディアスを婚約者にすることを承諾したけれど、早計だった。今回の件は、いいきっかけになったと思わないか? 幸いにも、君と結婚したい者はたくさんいる。あの娘でなくともいい。好きに選ぶといい」

「僕は、アリス以外など……っ」

「駄目だよ。あの子はあげないよ」


 口元は笑っているのに、目は笑っていなかった。

 ああ、彼も怒っているのだ。

 静かながらも気圧される雰囲気をまとった国王に、だれが異論を唱えることができるだろう。

 国王の本気を感じたディアスは、頬を冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。


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