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今がその時だ、と誰かが言った 3


    5



 悠太は初めてであった。

 「戦い」を見るのが。

 格闘技の試合ではない。喧嘩けんか+-でもない。自らの意志を押し通すために暴力を行使する、命のやり取り。その表れとしての闘争。

 目まぐるしく攻守が入れ替わる。その有様を見て少年の中の何かが疼く。恐怖、それが一番多いのは確かだ。しかしそれだけでない何かが確実に少年の中に灯る。

 リリナの操る釘で出来た蛇の猛威。刀を持つ男の華麗な身ごなし。地上からラグビーボールを蹴る(第三射はリリナがひらりと身をかわし、偶然にも彼の方へ向けて飛んできた。そのもの凄い迫力!)男のパワー。

 ぞわぞわ、と何かが悠太の中をいずり回る。

 なんだ、これは?

 しかしそんなものにかかずらわっているひまは次の瞬間に消えた。

 リリナの動きがぐっと遅くなり、そのまま刀を持った男が浮かび上がってきたのだから。

 足に何かがからまっている。それが見看て取れた。

 どくん。と鼓動こどうが聞こえた。

 やけにはっきりと、食道のすぐ下で拍動はくどうする心臓の動きが手に取るように、その鼓動の一回一回で血管に流れる血の動きが、その血の中にある赤血球が細胞に酸素を供給する働きが。彼の中で鮮やかにえた。


 今がその時だ。

 誰かが言った。


 誰でもない。

 俺が、そう言った。

 俺は、俺に言う。

 今だよ、今、始めるんだ。

 少年の唇からその呪文は静かに滑り出た。


「セグ・ラヴァーヌ」


――熱ッ!

 手袋の素子が少年の手の甲と手首、それに親指と人差し指の骨が交わる部分、いわゆる合谷ごうこくの三か所に刺さる。刺さって、融合する。蜂に刺されたような灼熱しゃくねつ感、そして痛み。

 聞いてないよ!

 と思う間も有らばこそ。

 視界が光で満ちた。夜の、街灯の明かりさえ届かぬビルの屋上だというのにまばゆい光が彼の視界を埋めた。

 それがなんなのかは分からない。分からないがしかしただ明るいばかりではない。文字が、図形が、幾重いくえにも幾重いくえにも重なって視界を埋め尽くしているのだ。視界だけではない。耳にも、鼻にも、皮膚にも、味覚にさえも。光は嵐のように悠太と言う人間の内部を吹き荒れた。

 

 少年はあまりのことに前のめりに倒れる。

 倒れて、倒れ切らないことに気付いた。

 視界はいつの間にか元に戻っている。

 前に倒れている。それは事実なのだが、地面に接してはいない。まるで背中に梯子はしごでも背負っているかのように、彼は斜めにかしいだ状態で宙に浮いているのだ。

 なんだ?

 少年は右手を動かした。

 腕は動く。

 まったく軽やかに。だが視界に映るその腕には余計なものが追従していた。

 

 半透明の、ライムグリーンとペールホワイトに輝く装甲をまとった巨大な腕。

 ぎょっとして彼は慌てて立ち上がる。

 その視野の開けていることと言ったら!

 高い。脚立きゃたつに乗っているのではないかと思うばかりだ。だがしかし足の裏には確かに屋上の風雨にさらされてざらついたコンクリートの触感すら……。

 否、靴は宙に浮いていた。正確に言うと彼の実際の足は何やらクリスタルガラスのように透明なギプスにがっちりとホールドされているのだ。そのことが分かる。だというのに地面に接している「足裏」の触感もまた裸足のようにダイレクトに伝わってくる。

 あまりのことにめまいがしそうになったが、次の瞬間にはすっきりとした意識が戻ってくる。

 なるほどそうか。

 よく考えれば「俺はこれをっている」、その当然の認識に思い至った。


 こいつは「聖騎士の鎧」。

 全高3・6メートル。全福1・9メートル。重さは五〇キロ。頭部のない鎧騎士をした半透明の装甲は装着者の意思どおりに動き、その最高出力は搭乗者の魔法力に応じて無限。

 なぜ知っているのか?

その当然の疑問が胸に湧いた瞬間に答えが出てきた。先ほどの光の奔流ほんりゅうの際に脳内に刻み込まれたのだ。情報が少しずつ整理され、悠太の中で理解が進む。

 そうだ、これが。

 これこそが、リリナを救いうる俺の力だ。

 もはや猶予ゆうよはない。

 悠太は本物の腕でもってタスキ掛けにかけているボディバッグの中からゴルフボールを取り出した。取り出してそれを半透明の「鎧」の手に渡す。

 渡した方も渡された方も自分の腕だ。その様にシームレスに認識できている。腕Aから腕Bへと順繰じゅんぐりに意識が移動するのではない。そこには彼我ひがの境はない。四本の腕どれも自分なのだ。

 その不思議にも気付かず、悠太はリリナと男を見据える。夜だというのに昼と遜色そんしょくのないほど明るく、そして精細せいさいに見える。

 悠太は腕を振りかぶった。正確には「鎧」の腕が、だ。彼自身の腕も確かに挙げられているのだが、鎧によって途中で止まっているのだ。しかし委細いさいはかまわない。

遊びでキャッチボールぐらいならしたことはあるが、本格的な野球の練習をしたことはない。ましてや人に向けてゴルフボールを投げた経験などあるはずがない。なのに、絶対の自信を持って彼はボールを投じる。

 野球というよりは槍投げのフォームに似ていた。

 その速度、リリース時で音速の一・二倍!

 しかしそのゴルフボールを、刀を持った男は両断する。


――やるものだ。


 悠太は思う。

 思った悠太は果たして何者だろうか?

 大リーグの首位打者であっても不可能な絶技を見せた男の一刀に対して、悠太はしかし脅威ではなく、あくまで戦力を分析する。

――やるものだ、だが、非力で、華奢きゃしゃだ、と。


          *


 なんだ?

 なんなんだ、あれは?

 秋人の驚愕きょうがくももっともだ。夜の闇でライムグリーンにぼうっと輝く「首なし騎士(デュラハン)」など。

さらに秋人の知る語彙ごいで言えば「パワードスーツ」か「モビルスーツ」あたりが最もなじみが深いだろう。

 もちろん驚愕は刹那(せつんw)だ。戦力分析が始まる。

 

 切れるか?

 半透明の装甲は分厚い。分厚いだけでなくいかにも頑丈そうだ。。だが、頑丈なだけでは秋人の呪霊刀の敵ではない。

 その呪霊刀、材質は金属と言うよりはガラス質のてかった光を反射している。釉薬ゆうやくのかかった陶器に見える。しかしその切れ味は日本刀の比ではない。否、ありとあらゆる刃物をも超える。


 「切断」の魔法。


 その魔法は分子レベルで物質を裂く。鋼鉄だろうが、セラミックだろうが、バターのようにするりと両断できる。 

ここにこそあらゆる形を取れるこの魔法装具がそれでもなお「刀」である理由だ。魔法破壊魔法に切断魔法と言う二重の魔法が刀剣の形を取った時のみその特質をあらわにするのだ。

 では、あの装甲はどうだ?

 あのような魔法装具は初めてだ。全身くまなく覆う半透明の装甲。蕨手紋わらびでもんに似たモールドこそあるが、正面から見るとまるで存在しないかのように完全に透明な胸甲があの少年の顔をぼうっと光って浮かび上がらせている。ガラスのようにも見えるがそうではあるまい。今しがた一〇メートルほどの高さから降りてきたときにした音は予想外に軽いものだった。

 重量低減の魔法なのか?それとも素材が軽いのか、それともそもそも物質としての「装甲」なんてないのか。

 初見の魔法に対して、正面突破は厳しい。厳しいがしかし、放置することなどできないし、向こうがしてくれないであろうことも明白だった。


 やるしかないか。壁にへばりついたまま秋人が決意したその瞬間に、緑の巨人の前に一人の男が立ちはだかった。


 駿介だ。

――やるのか。

 秋人はごくりと固唾をのむ。あるいは確かに秋人よりも彼の方がこの巨人の対処には適任とも言えた。

 どちらにせよ、お嬢ちゃんを手に入れれば俺らの勝ちだ。駿介、頼んだぜ。

秋人は上空に浮遊するリリナを見上げた。



               6



 リリナは唇をかむ。

 ああ、と。

 ああ、巻き込んでしまった、と。

 聖騎士の鎧。

 なんと欺瞞ぎまんに満ちた呼び名であろうか。

 その美しく輝く緑の鎧は、数多の血を吸った。否、吸い過ぎた。

 帝国の祐筆にすぎなかったリリンボン家の祖は、エンミドラ会戦において、この鎧をまとって奮迅ふんじんの働きをし、今につながる栄華えいがを手にした。

 しかし、鎧の使い手は死んだ。

 その子も、その孫も。

 必ず使い手は死に、魔法装具のみが戻る。

 リリンボン家伝来の魔法装具。だがいまや王家に封印され、呪われし魔法装具と呼ばれている。それ故に彼女はこの魔法装具を手にして地上へと来ることが出来た。


 そして、今、ユータが着装している。

 リリナは自らの境遇も忘れて胸のつぶれそうな不安に包まれたのだった。


            *


 伊藤駿介は見上げる。

 3・6メートル。1メートル55センチの彼にしてみれば倍以上だ。これはアフリカゾウの体高とほぼ同じである。灰色羆(グリズリー)が二本足で立った時の身長が3メートル弱と言うから、それよりはるかにデカいわけだ。

 対峙たいじする距離はその身長と同じほどの4メートル。

見上げれば首が痛くなる。

 だが。

 背の高い奴を壊すのは得意なんだよね。

 駿介の顔が悪戯いたずらっぽくゆがむ。優しそうな丸まっこい顔が獰猛どうもうな笑顔を作る。まだ十代のころ、喧嘩に明け暮れていた時代のそれだ。


――その総仕上げだな。


 トン、とバネ脚は軽やかに前へと跳んだ。

 はやい。

 人間には不可能な、バネ脚の性能だけを用いた移動。対処することは不可能だ。間合いは無い。大巨人の膝下ひざした、ゼロ距離での殴り合い。

巨人は小男を蹴飛ばそうと足を上げる。

 そこを駿介は見逃さない。足払い、ぐらついた。関節を狙う。真横から蹴った。たたらを踏んだ。その瞬間駿介はさらに足をかいくぐって金的を目がけて百八十度開脚の飛び蹴り。

 人間ならば睾丸こうがんもあるだろうが、緑の巨人にそれはあるまい。だが、上下がある世界で作られたものは、下からの攻撃をあまり想定していない。それはこの巨人にしても同様だ。

 その上、バネ脚の最高出力での蹴り。

 見た目よりもはるかに軽い(悠太の体重と合わせても百キロはいかない)巨人は三メートルほども吹き飛んだ。


 駿介の魔法装具は確かに膝下だけを覆うスキー靴のように見えるが、その力場、フィールドは下半身は言うに及ばず、胴体、首。頭部の顔面以外をおおっている。そうでなければ最悪バネ脚の瞬発力で足だけが千切れて吹っ飛んでいくだろう。

 リリナが着込んでいる不可視の鎧と同じものではある。しかしリリナのそれは防御に特化しているのに対して、駿介の力場は硬い鎧というよりかは、しなやかな靭帯じんたいのように全身をサポートしているのだ。ある種の高機能なアンダーウェアに近い。さらに言えば瞬間的な移動に際しても筋肉を圧迫して脳の血流を守る、耐Gスーツに似た機能も備えている。さしずめこのフィールド込みで「バネ脚」という魔法装具は完成するのだ。

 秋人の呪霊刀にはそのような機能は無い。無いが、呪霊刀その物とリンクしている。つまり先ほどのように蜘蛛の糸状に数百メートル分繰り出しても、そのすべてを秋人は文字通り「自分の手」のようにとらえることが出来るのだ。


 そして。


 悠太が装着した「聖騎士の鎧」は、そのどれもが装備されていた。

 硬い。

 しなやか。

 鋭敏。

 自在。

 剛力に関して言えば、それら全てが無かったとしても収支決算でプラスにしてしまうほどだ。

 さらに――、

 悠太はコンクリートの床を「つかん」だ。

 まるでようかんのようにコンクリートの床にその指が滑りこむ。その手は中に確かに五本の指を隠してはいたが、中指、薬指、小指は一つの籠手こての中に(しま)われている。親指と人差し指とその他、という構成だ。ともあれその指が籠手ごとすべらかにコンクリートをわし掴みにした。力ではない、力ではどうしたってこんな芸当はできない。コンクリートだ、穴を開けたら割れて砕けてちりと消え去るだけだ。

 魔法。それもおそらく飛び切り危険な。

 ともあれ、悠太は、緑の巨人は、コンクリートを掴んで逆立ちをした。

 無傷。当然のように。

 着装している悠太にもダメージは無い。固いだけではなく、柔軟に衝撃を逃がすよう設計されている。


「あちゃ―」


 駿介は困ったように声を出す。時速一〇〇キロで迫るメルセデスベンツ・Eクラスを廃車にするほどの力を「バネ脚」は持っている。左右の足の「反発力」を同期して使った時には対戦車地雷ほどの威力があるのだ。

 なのに無傷。

 巨人は片腕で逆立ちしたまま、ひょいっと腕で跳躍する。腕立て伏せの要領だ。しかしさきほど秋人が行っていた腕立て伏せとは全くの別物だ。地上三メートルほども飛び上がって、そのまま半回転して着地した。


 示威じい行為?

 とんでもない。

 

 起き上がりを狙うのは総合格闘技でも町の喧嘩で常套じょうとう手段である。両手両足のうち最低でも三本は起き上がるのに必要で、その間は防御も攻撃も出来ない。それだけ弱い体勢だということだ。巨体であるのならばなおさらである。

 しかし今の立ち上がり方にすきはなかった。片手で床を握って立ち上がったのだ、もう片方の手が自由になっている。よく「大地を掴んでいる」というのがバランスのいいことの比喩となっているが、それを文字どおりやられたのではたまらない。

――打つ手なし、だなあ。

 駿介は計算する。今の攻撃は会心の出来だった。だったが、無効なのだ。ほんの少しでもダメージが通っていたのなら、ヒット&アウェイ、一撃離脱で勝負をかけることもできたのだが――、

戦車に拳銃で立ち向かえと言ってもそれは自殺行為だ。

 自殺はいやだよね。

 自分の「バネ脚」が目の前の巨人に勝っている物と言えば機動力程度の物だろう、いやいや、それとてどうなのかは分からない。本気を出した巨人から逃げられるのか?

 

 逃げる?


 そうだな。

 うん、そりゃあそうだ。

 勝ち目がないのに戦うバカはいない。そこまでの給料ももらっていないし、もしここで少女の意思をそのまま通したとて、別に「お前ら全員死刑!」というわけではないのだ。

 命がけのやり取りをする理由がそもそもないのである。

 駿介は両手を挙げた。


「降~参!」


 堂々と、高らかに叫んだ。

 透明な操縦席にホールドされている悠太もぽかんとした表情だ。

「降参降参!俺の負け!秋人もやめよーぜ。命あっての物種だあ!」

 駿介の宣言が闇夜に溶けていく。


 何?

 なんだと?

 悠太は面喰った。面喰ったが、握った拳を目の前の男に叩き込むのはやめておいた。

 罠である可能性は考慮に入れてある。しかし罠であったからなんだというのか?

 悠太の胸の内にこんこんと湧き上がる紅蓮の炎、自信と言う名のマグマは呆然とした表情を一変させる。唇をゆがませ、せせら笑った。この鎧とともにある限り、どうして罠など恐れる必要があるのだろか?目の前にいる太った小男(身長は悠太もどっこいでしかないが)の魔法装具のなんというせせこましい能力か。瞬発力に長けているのは分かる。ちょこまかとやかましいのも理解できる。

 しかし所詮は――所詮はノミのようなものだ。ぴょんぴょん跳ねるしかできない。


「いいだろう、投降を認める。その魔法装具を外せ」


 はいはい、と愛嬌も良く駿介はバネ脚を脱ぎ始める。片足を脱いだところまで見届けると、悠太は――本当に悠太なのか?――リリナと秋人を見た。

 秋人は――未だ戦っている。



     7


「ふん」

 岩風宏はモニターを見て鼻を鳴らした。

「さすが『流人(サーヴァドラ)』。一切の矜持に欠ける。血だろうな、あれは」

 岩風は四二歳。一八〇センチ、九〇キロ。鍛え上げられた肉体は巌のようだ。だが正直、ゴリラと言う小学生時代からのあだ名が今でも似合う。「帝国」近衛騎士の家系に生まれた彼は幼いころより「矜持プライド」と言うモノについてこんこんと教わってきていた。それは命よりも大事なものだ、と。

後退した髪を、左右、後方からの髪を集めてきれいに撫でつけ、あたかも前髪のように見せる。毎朝一時間をかけて作り上げる自慢の前髪を岩風は指でつまんだ。

 それからセットが崩れないように細心の注意を払って目出し(バラクラバ)を被る。難燃なんねん性の素材でできているそれは、今の季節には暑いし、頭皮にも悪い。が、対象の「魔法使い」が高熱の魔法を操ったという情報がもたらされている以上、着けないという選択肢はない。

 暗視ゴーグル、ヘルメットを着ける。

 そうすれば装備一式出来上がりだ。

 

 最新式のバリスティック素材ヘルメット、防弾、防刃プレートの着いたベスト。ツナギの戦闘服。ごつい編み上げ靴にナイロンと革製の手袋。全てがアメリカ海軍特殊部隊シールズと同一の装備である。

 ここまではある種のツテがあれば購入することができる。半分ぐらいなら〈アマゾン〉で買うことだってできるだろう。れっきとした合法の品だ。

 しかし次に彼が手に取った金属の塊、それはどう言い訳も出来ないほどの違法品だった。

 突撃銃。アサルトライフル。

 いやここではそんな乱暴な表現ではなく自動小銃と表現しよう。アブトマット・カラシニコバ・モデルニジロバニ。カラシニコフ氏の作り上げた現代小火器の傑作。その改良品だ。〈AKM〉、と通常そう呼ばれる。

 AKMの先には銃剣が取り付けられていた。

 腰にはすでにM1911A1、いわゆる〈コルト・ガバメント(官給品)〉がホルスターに収まっていた。

 異常である。

 防御は二十一世紀の最新式。しかし銃は二十世紀。コルトに至っては一〇〇年以上前の設計だ。手に入れやすい、という事なら中国製や北朝鮮、すたれたとはいえフィリピン製の銃を密輸するのが普通であろう。しかし岩風はこの装備にこだわった。

 自身がロシアとアメリカに出向き、質の良いものを選んで購入した。その上で「帰還社」の秘密ルートを通じて両国から日本へと密輸したのだ。

 威力が高く・壊れない。

 二つの命題を突き詰めれば、なるほどこの選択はむしろ必然と言えた。


 最新式の銃は確かに高機能で優れている。しかし高機能で優れているのは繊細という言い方もできる。一回の出撃ごとにきちんと整備のできる環境ならばそれでも問題ではないだろう。しかしそうでない状況の中、実際に動いてさえくれればそれでいい、そう言った使い方をするのであればカラシニコフ、コルト・ガバメント。二つは最適解だ。

「では諸君、魔法使いのお嬢さんだけは殺さない程度に。手足を吹っ飛ばすのは構わん。むしろ推奨すいしょうする」

 岩風は冷徹な瞳で眼前に立つ屈強な八人の男たちに最後の通達を下す。

「マル対Bの少年は?」

「かまわん。殺せ」

流人(サーヴァドラ)の二人は?」

「かまわん、死んでも生きても。アレはそういうモノだ」

 どっと笑い声が満ちた。

 流人(サーヴァドラ)は出自のわからない、あるいは表沙汰にしていない「地上堕ち」の総称だ。

 通常「地上堕ち」という特殊な刑は貴人に対してのみ行われる。「血を流すことがはばかられる」場合に、それでも死とそれ以上の苦痛を与えるために使われる、多分に見せしめの意味が強い刑罰なのだ。

 そんな刑も「帝国」が滅んだ後は滅多に行われなくなった。三〇〇年前。ちょうど地上が「そんなに悪い世界でもなくなってきた」時代にも重なるが、むしろフォーダーンが野蛮化して、「貴族の首を切り落としたって平気」になってきたというのも大きい。


 とまれ、「帰還社」には貴族の子孫が多くなる道理である。

 

 そんな中で出自が言えない、ということはイコールいやしい、賤民せんみんの出だということだ。貴族の血を流すのはおそれ多いが、賤眠の血はけがらわしい。そういうことだ。

 そして閉鎖空間が陰湿いんしつな差別の温床おんしょうになるというのは「地上に棲まう者」も、「エデバール」もこれは同じと言うことだろう。 「帰還社」内でもさげずまれ、汚れ仕事を専門に回されている存在が彼ら「流人(サーヴァドラ)」である。


 カチャリ、とノックもせずに金属製のドアが開いた。

 地下にあるこの隠し部屋は設計図にも乗っていないし、その存在を知る者も少ない。単なるNPO法人として働いている者が半数を占めているのだ。慎重の上にも慎重を期している。

 そこをノックもなし。


「室長……」

 岩風は半ば苦笑してそのぶしつけな態度をとがめようとしたが、ぞろっとした紫紺のローブを身にまとったクドイ顔に浮かんだ冷たい笑みに口を閉ざした。

 クドイ顔の男は口中で何事かを唱えると腕を複雑に動かした。リリナの優美な動きとは対照的な、情熱的な動作、まるでタンゴだ。やがてそのオールバックにした額に汗の玉が輝きだすころ、リリナに折られ、包帯で巻かれた指先にポッと蛍光が灯る。見よ、と得意げな笑顔。

 室長は、否、「至高魔術師(メイガス)」はその指先を岩風のAKM、その先に取り付けられた銃剣の切っ先に付ける。その光は、銃剣の刀身に複雑な、血管のような光の紋様を作り出す。

 すっかりかしこまった八名の隊員も銃を捧げて、その「キャンドルサービス」を待った。


 魔法破壊魔法の付与。

 

 室長は都合九名の隊員にその魔法をほどこすと、よく響くバリトンの声で命じた。



「これより『帰還社』真の任務の始まりである!『帰還作戦(ルテルン・フォ・スノイターポ)』開始せよ!」


第4章、金曜日(7月3日)より更新いたします。

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