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魔女と姫君の輪舞曲 4

「侯爵、あなたがすべての黒幕なのですね」


 エルメタインが静かに問いかけた。


「一杯食わせたはずが、食わされたのは私だったというわけか」老人はニヤリと笑う。「とするとあの死体も」


「まあ、そうです」

 宮廷魔法使い、ベン・ジーアルフの申し訳なさそうな声が後方から聞こえた。死体がぎこちなく起き上がって、それから土くれに変わった。

「私の最も得意な魔法、『生き人形』です。国王陛下も、ゴッサーダ子爵も、当然……」


「ここにいるってわけよ」

「無論、私も」


 秋人とゴッサーダは巨大な扉を押し広げて入ってくる。

 ゴッサーダは紺と銀の鎧を身に着けて、秋人も「神機」の付属品であるブルーの「パイロットスーツ」を身に着けている。臨戦態勢だった。

 しかしそれ以上にこの世界に不釣り合いなものを二人は持っていた。

 銃だ。それも巨大な。

 二丁の銃は長大なアンチ・マテリアル・ライフル銃。「バレットM82」であった。その射程距離は2キロ。基本的には自動車や遮蔽物「ごと」撃ち抜くための兵器であり、人間の体など真っ二つにできる。

「貴公の手の者がこの銃を使って狙撃していた、と既に判明している」

 ゴッサーダの金色の瞳が、ある種の猛禽のようにゼルエルナーサ侯爵を射抜く。

 秋人は笑った。

「ったくどこでこんなものを手に入れたんだか……いや、そうか、『こんなもの』、地上産の兵器は地上にしかない。してみると、あんたは地上世界とのコネもあるってわけか」


 老侯爵は鉄塊のように押し黙っている。


「アンチ・マテリアル・ライフルで俺を狙撃して、玉座の間では目くらましの光を発する。その上で下手人に仕立て上げたリリナ嬢ちゃんをぶっ殺し、姫さまを擁して自らは裏から糸を引く、と。……まあ大胆というか粗雑というか。フツーの肝っ玉じゃあないね」

 秋人はしゃべりながら、玉座の間を横断している絨毯の真ん中を歩く。

 歩いて、ゼルエルナーサ侯爵と対峙した。

 その距離は三メートルといったところだ。


 老侯爵に動じる様子はない。


「祭りの警護だとか言って私兵を王都中に張り巡らせたところからきな臭いとは思っていたんだが、まさかここまで大胆不敵だったとはねえ。……してみると」

 そこで秋人はたっぷりと間をとった。


「今回の件、お前さんが裏で図面を引いていたってことだな」


「図面?」


 ゼルエルナーサ侯爵の問いに秋人は答えた。


「まあ、そうだ。今回の件、ってのがどこまでを指すのか、それはややこしいんだがな。俺も最初は南王国宰相バタフリンがすべての黒幕だとも思っていた。だが、それだけじゃあおかしな点が多々ある。

「まず、そもそもの発端、『ピンダルゥの実』が落ちてこなかった、――正確には途中でゴーズ・ノーブが掠め取っていた件、そこのところまでバタフリンの考えだとしたら、おかしいんだよ」

「おかしい?」

「簡単な話さ。『ピンダルゥの実』がもっとフォーダーン中に流通していたはずなのさ」

「バタフリンとて自制心があろう。用心深くなっていて何がおかしい?」

「そう言う事じゃあないんだ」

 秋人は薄く笑う。自嘲と言ってもいい。

「先代南王国国王のご乱行は広く知られている。その王様の浪費によって南王国は財政的に瀕死の状態だった。だからこそバタフリンなる怪しげな男が宰相にもなれたんだが――」

 それ以上に「この俺」が王様になっているんだからな、と秋人の表情は語っていた。

「結局そこさ。バタフリンは、南王国は金に困っていた。闇で『ピンダルゥの実』をさばいていくばくかの金にしないわけには行かないくらいには、さ」

「ずいぶんと事情通なのだね」

「勉強したからな」

「それで?」

「『ピンダルゥの実』を退蔵することによって何が生じるのか、誰が何をしたいのか、そのことを考えていたのさ」

「ほう」

「この世界では黄金が通貨の基本だ。そして投機ってものが発達しなかった。飢饉がないし、嵐にあって難破する船も基本的にはないからだ」

 ここはよくできた「テーマパーク」だから当然だ。とは秋人は言わない。

「だが、それは人間の基本的な『射幸心』を満足させない。安っぽい闘鶏やサイコロ賭博で満足するような人間だけじゃない。人間の欲望も悪意も底なしだ。そうだろ?」


 ゼルエルナーサ侯爵はにっこりとほほ笑む。出来のいい生徒を見る老教師の笑顔だった。


「そうさ、あんたは『賭場』を開きたかったんだ。フォーダーンすべてを包む、巨大な『投資』という賭場を。そして考えた。投機の対象となる存在に。その上で自らがピンダルゥの実を退蔵し、需給のコントロールをすれば!

「……儲かるなんてもんじゃあないよなあ。世界を変える、そして世界を買えるほどのカネがあんたの懐に転がり込んでくるって寸法だ」

 そこで秋人は人差し指を老人に突き付ける。

「もちろん容疑者は何人もいるさ。今の今まであんたは容疑者の一人に過ぎなかった。だが、今はもう違うぜ。

「そもそも西王国最大の貴族であるあんたなら、この壮大というよりは誇大妄想に近いたくらみを完遂するだけのカネも人脈も地位も持っているんだからな。

「そして、俺は罠を張った。――エルメタイン姫を弾劾する、という罠をな。……結果は、見ての通り。あんたは急ぎすぎたんだ」


 くくく、と老侯爵はおかしそうに笑った。


「なるほど確かに。ワシとしたことがこの上ない好機と思ったが、まさかこのスピードで私を罠にはめようなどとは思いもしなかったよ」

「兵は神速を尊ぶ、さ」

「『魏書、郭嘉伝』、かね」

「あんたこそ物知りだ」


 ふふふ。とゼルエルナーサ侯爵が笑った。

 くくく、と秋人が笑った。


 二人の間にある「空気」が変化する。

 大地震の前、圧力をかけられた岩盤が電気を発するように、二人の「圧」によって空間が帯電するかのようであった、


「アキト殿、あなたはおおむね正しい。ただ、根本的な欲求が違うがね」

「根本的?」


「ワシはただただ圧倒的な力がほしいだけなのよ」

「力、だって?」

「そうさ、カネだよ、銭の力だ」

 老爺は笑う。その歯は一本も欠損していない。どころかまるで十代の青年のように真っ白だった。

「黄金竜イング・ラバーバはワシの体を不死身にした。だからこういう事も……出来る」

 老爺の白い髪とひげが黒くなっていく。

 顔の皺が、指の節くれだった皺も消えて、充実した肉がその中に詰まっていった。まばたきをする間に、今やその顔は秋人よりも若い。口ひげをそれば、二十歳そこそこの小僧っこのようにすら見える。

「こういう体になるとね、様々な遊びができる。直接人を殺すことはできない代わりに、私を殺すことをできる者もまたいない。その上で、私の気持ちを忖度して人を消してくれるジメルや、ゴーズ・ノーブと言った部下もいるから別に困りはしない」

 

 リリナはハッと気付く。脳の配線が繋がった。それは秋人も同様であったらしい。

「そうか、ゴーズ・ノーブは直接にはあんたの指示を受けていないってわけか。――だからあんなに人死にを出したってことかよ」

「まったくあの男には困らせられる。遊びが過ぎるとしか言いようがないな。さっさと君を殺してくれれば今ここでワシがこんな苦労をせんでもよかったのになあ」


 次の瞬間、秋人は腰の剣を抜いた。呪霊刀。

 完璧な達人の抜刀はしかし、老人(?)の首を切り落とすことはかなわない。達人の老獪さと、青年の敏活さを共に兼ね備えたゼルエルナーサの肉体は、呪霊刀のエミュレーションを越えたのだ。

 そしてゼルエルナーサ侯爵はとん、と一歩後方に跳び、懐から冠を取り出した。

「『隔絶冠』。この魔法装具は着装者の半径五十メートルを球状に『この世界』から切り離す。分かるかね? たとえば今この瞬間から、国王陛下、あなたは神機とのリンクが切れるというわけだ」

 その言葉が終わらぬうちに、秋人の着ている「パイロットスーツ」の色がくすむ。神機からの圧倒的な魔法供給が絶たれ、秋人個人の魔法量によって賄う、「スリープモード」に入ったのだ。

「これで国王陛下も簡単に殺せるというもの」

 その言葉の意味を、もっともよく理解したのはリリナであった。

「ゼルエルナーサ公、あなたは轟名竜との盟約により人が殺せぬはず。つまりこの魔法装具は……」

「その通りだ、若き魔法使いよ。この魔法装具は――ワシ個人が人を殺す際に、黄金竜に見とがめられぬために用いるものだよ。

「さて。ここにいるすべての者を殺して、『無理を通して、道理をひっこめる』こととしよう」


 その声が消えぬ間に、一人の男が動いた。

巨神之戦杵(ナティト・フォ・ドラフォマギ)

 ゴッサーダの魔法装具がゼルエルナーサを捕らえ、その超重力によって圧し潰さんとする。

 ごん、と鈍い音を発して大理石の床が五センチほど陥没した。しかし、なお、それほどの重力の下で、ゼルエルナーサは泰然と立っている。


「残念ながら、無効だ」

 ちゃり、と指輪が鳴る。指輪、腕輪、首飾り、ピアス。

 リリナは気づく。「本当にあなたは無能なのだから」という母の言葉を思い出さずにはいられない。

ほとんどの魔法装具は魔力を有していない。それが魔素を中にチャージされた「魔法の道具」との差である。だから名のある魔法装具をのぞけば、ほとんどの魔法装具は装身具と見た目に変わりはしない。だが、魔法装具は(わずかの例外はあるにせよ)人体の中に「魔法素子」を埋め込まなければならない。そしてその段階で、励起させている・いないにかかわらず魔力を開放する。


 しかし目の前のこの男。


 見ている前でおおよそ五十歳は若返ったのだ。肉体の自由な変質。しからば肉体の一部分に「魔素」を通さないことも可能なのだろう。


「わが身にまとう魔法装具は三十を超える。一つ一つ自慢したいところだが、とりあえず――死ね」

 笑う。


 笑って、両腕を高く掲げた。


「私の後ろへ! 早く!」


 ゴッサーダは叫ぶ。

 その叫び声はしかし言い終わらぬ間に轟音によって掻き消された。




          4



 かつて、地上世界においてゴーズ・ノーブが行った「攻城魔法」。それと質的に全く同じものを、ゼルエルナーサはほとんど間を置かず放った。

 通常なら術式の組み立てに数時間、リリナであっても三十分はかかる。そして人の姿を捨てたゴーズ・ノーブが一分強かかった魔法を、およそ三秒で。


 比較するのも意味がない。それほどの常識はずれな魔法であった。


 しかし。


 大広間にいた人間の九割ほどはなお無事だ。ゴッサーダが「巨神之戦杵(ナティト・フォ・ドラフォマギ)」の重力場を防御に用いたのである。たっぷり一分ほどに及ぶ殺人暴風を重力場によって防ぐ。そんなことを完璧なタイミングで行えるこの武人には舌を巻くほかない。ないが代償はあった。

 壮麗な玉座の間は一瞬のうちに瓦礫の集積場となった。エネルギーの暴風は重力の盾によって上下左右に吹きちぎれただけであるから当然だ。さらに重力の盾から外れた不運な人々はあちらこちらで細切れになっている。もはや「繋ぎ合わせて」まっとうな遺骸に戻すこともかなわない惨状であった。


 そして、ゴッサーダの膝ががくりと崩れる。

真っ白な髪と髭が深紅の血に濡れている。首の動脈が切らていた。


「さすが、ゴッサーダ・イン・ハルザット子爵。今の攻撃で首が落ちぬとは、人間の域を超えているな。しかしまあ、魔法装具の使い過ぎに、血がそれだけ出ては戦えますまい」


「うるせえ」


 秋人はぼそりと言った。

 連続した轟音。新たな衝撃波がそこにいる者たちの鼓膜を愽つ。

 秋人が腰だめに「バレットM82」を撃ったのだ。

「神機」はとうの昔にその銃に込められた弾頭が、魔法の道具であることを走査し終わっている。魔法防御を無化する弾頭。これならば。

 そして確かに魔法の12.7ミリ弾は仕事をした。


 ゼルエルナーサの胸にこぶし大の穴が二つ開く。12.7ミリ弾を食らったのにこの程度の被害であることは、もちろん標的が文字通りの「鋼の肉体」並の強度を有していることを意味する。


 だがしかし見よ! さらにその穴すら見る間に修復されていく。


「効きませんよ」


 ゼルエルナーサは破顔する。品位やら気品やらが根こそぎ喪失した、卑しい笑顔だった。

 

 ひゅおん、

 とゼルエルナーサは空を横に薙ぐ。

 やばい! と判断した秋人はどうと後ろ向きに倒れた。「バレットM82」の銃身が半ばほどで切断される。その切断面は鏡のように滑らかであった。

 そして。

 その薙がれた位置にいた文武の官僚たちもまた。十人単位で両断されている。首が落ち、胴が割かれ、手足が散らばる。

 もし全員が整列した状態で今の一撃があったなら、実に効率的に「作業」は終わっていたであろう。


「ふむ、まあこんなものかな。だけれども――」


 「よいしょ」とゼルエルナーサはさらに宙を薙ぐ。縦に、斜めに、平行に。

 秋人を狙っているのだが、しかしむしろ秋人ならば避けられるのだ。そのかわりに周りに被害が及ぶ。ひと薙ぎごとにいくつもの死が発生していた。

 血がしぶき、悲鳴が耳を聾する。


 リリナの戦闘時の魔法障壁ならば問題はない。少女は気絶している悠太と、治療中のゴッサーダ子爵の盾になっている。ベン・ジーアルフも同様だ。言うまでもなく宮廷魔法使いになれるというのは超一流の証である。彼の魔法障壁はエルメタイン姫を含む、二十名ほどの命を守る壁となっていた。

 しかし、出口はない。ゼルエルナーサの『隔絶冠』は、文字通りに空間を隔絶しているのだ。魔法で出口を作るのにも時間がかかる。できる方法はと言えば、ゼルエルナーサを殺してあの冠を奪う事だけだろう。


 不死身の存在を相手取って。


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