新たなる王 4
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秋人とエルメタインは行く先々で結婚の祝いとしてピンダルゥの実を振り撒いた。
祝いでもあるが、実を市場に流通させるためである。
なんといっても今のピンダルゥの実の価格は平時の十から二十倍である。もちろん戦争にでもなれば高くなるのは当然のことではあるが、しかし物事には限度というモノがある。この実によって命を長らえている者がいることは前に記した通りであるから、流通もきちんとしている。
自主独立権を持つ「ハザリク市」でかなりさばいたのが功を奏したらしく、遠く東王国での相場も推移しているとの情報も得ていた。
「良かったですね、姫さま」
「ええ、これで誰でも『ピンダルゥの実』が口に入れられるようになります。しかし」
とそこまで語ると、姫君は思わしげな顔をした。
首都まであと二日、というところである。ハザリク市からここまで十二日。ゆったりゆったりとした行程であるが、今のところ一切の妨害にあっていない。そして情勢の変化がつぶさに観測できていた。
秋人たちの到着よりも早くピンダルゥの実の実勢価格は下がっていっている。確かにそうなるように仕向けたのだが、あまりに速すぎる。
彼女たちが配っている数は確かに大量ではあるが、しょせん「知れたもの」である。ここまで素早く変動するとは思えない。それは、何者かが大量に実を売ったということに他ならない。大量、では効かないだろう。仲買業者がパンクしているという話すらも聞く。誰かが高値で売り抜けた。「うまいこと」をやったのだ。
「そう、そここそが」
秋人は木の匙で肉のたっぷり入ったごった煮をすすり、、硬いパンを歯でちぎった。
もぐもぐ、と咀嚼して、ワインで流し込んでから、完璧な礼儀正しさで食事をとる姫君に対して人差し指を突きつける。
姫君の後ろに控えていたリリナが、そのぶしつけな行為に眉をしかめる。
町のレストラン、というよりかはざっかけない居酒屋である。すでに総勢百名を超えた一行が食事をとるのには、人口五万のこの町でもここ一軒しかない。緊急遺体の逃避行であるのならば不平もないが、光輝ある凱旋の途中だというのにこれはない! しかも料理がイマイチを通り越してイマサンときた!
それだけでもリリナにしてみれば不満であるのに、この秋人ときたら!
憤懣やるかたない、という態度のリリナにまあまあ、と優美な笑顔で姫君は侍女をたしなめ、話の続きを促した。
「あまりに実の値が下がるのが早い。そここそが鍵ですよ」
秋人の話はこうだ。
そもそもピンダルゥの実が「降りて」来ないことが今回の騒動の始まりであった。それこそがエルメタイン姫の「禁忌魔法を扱っている」という風評に繋がったのだから。
だが、実際はもちろん違う。
違う、というのは二段階に違うのであって、もちろん姫君は禁忌魔法の研究などしていないが、それよりもピンダルゥの実が『銀の杜』から落ちるのは自然現象であり、何があろうと、妖精族が懲罰的にその「落下」を妨げることがないことは妖精王たちから言質をとってある。
すでにその台詞だけで列席する承認、貴族たちは息をのむ。『銀の杜』で「妖精王」と話したという段階で、もはや彼は伝説の中の登場人物と変わりないからだ。
とまれ、ではなぜ二年間にわたって「落ちて」来なかったのか?
答えは簡単だ。誰かが落ちてくる前に拾ったのである。
誰か?
高高度飛行が制限されている『ナストランジャの枷』がある以上、答えは限られている。
さらにあまりに高度が高ければ、そこは「竜の領域」であるから、踏み入れるのは危険すぎる。だから、「国」を越えて取りに行くことは難しいだろう。
だいたいにおいていつも、ピンダルゥの実は「落ちて」から採集に行くものであるから、誰かが見張っているわけではない。その上、国で厳しく管理されているものでもあるから、(例えばピンダルゥの実の錠剤に医療目的以外で「混ぜ物」をしたら、腕が切り落とされる)、国民はあまりかかわろうとはしない。その実が畑や家を圧し潰したりしたら、財産を保障してもらう程度だ。
ならば、誰にも気づかれずにピンダルゥの実を横取りすることは可能である。そしてそのことをなせる能力のあるものは西王国においてただ一人。
ゴーズ・ノーブ。
あの男ならば、不可能ではない。
「なるほど、わかります。それで?」
姫君も心得たもので、この相槌はテーブルを共にしている大商人や貴族たちの代弁だ。
「そう、そこでゴーズ・ノーブの雇用主は何をしたのか? 答えは単純。『価値を上げた』のさ」
供給がなく、需要が変わらなければどうなるか? 当然至極のことだ、ピンダルゥの実の価格はうなぎ登りに上がった。そうなれば少しずつ売り、価格をコントロールすればいい。
もともと「大きな金鉱山一つ分」の価値を持つ実だ。その価値が十倍になったならば、差額だけでも天文学的な数字である。
「だがそれだけではありませんな」
西王国で五本の指に入る大商人は、顎髭についた肉汁を布で拭きながら首を振った。
「ああ、そうだ。そこまでの富を持っているとなれば、そいつは西王国の経済の首根っこをひっつかんでいるも同然だ。すでにそれは『単なる大金持ち』のレベルを超えている。物価を調整できる、というのは『中央銀行』そのものだ」
居並ぶ者たちは「おお」とどよめいた。
貨幣を発行する銀行、それが中央銀行である。
誰かの肖像画の書かれた紙や、ぴかぴか光る金属片に、どんなものとでも交換可能な「普遍的価値」を与える役割をするものだ。すべての王国でそれは王家の、より正確に言えば王家の官僚組織が行っているのだが、現今存在するその実態は単なる工房集団である。魔法による偽造が難しい紙幣や、金貨、銀貨、銅貨の品質チェック係でしかない。
しかし、地上世界の中央銀行は違う。
物価の安定を目的として金融政策において政府からも独立しているのが中央銀行の役割である。その存在感は、近年になってさらに著しい。
だが、「敵の首魁」の目的はもう少し違うだろうというのが秋人の考えである。
さらにその先、というべきか。
仮説はある。
しかし秋人はそのことを話さないでおいた。そこのところは宿題としておくべきだろう。ここにいる人間がどこまで有能なのか、それでわかるというモノだ。それに自分の仮定が正しいとは限らない。間違っている可能性だって大いにある。だとしたら、彼の語ったことが予断となって、良い果実は得られないであろう。
「ま、一つだけ確実に言えることは、『そいつ』は、こんなことになる前から大金持ちだってことだけですよ。……皆さんと同じくね」
断言した秋人の言葉に、卓を囲んだ「大金持ち」たちは水を打ったように静かになった。
姫君は微笑む。
リリナは、「またそういうことをわざわざッ」という顔を皮膚の下に押し殺して、怖い目で秋人を睨みつけた。
もじゃもじゃ頭の「王になる予定の男」は、その視線を感じて苦笑する。
*
同時刻。
居酒屋の外で、虫のすだく声が聞こえる。
そして、金属が風を切る音も。
「うん、なかなか大したものだ」
金髪碧眼のノーギス・カリオン青年は片手で剣を振るう悠太の姿を見る。ルギアとラギアもビールと串焼きを手にその姿を見物していた。
門前の小僧習わぬ経を読む、という。本格的な剣術の教育を受けたわけではないが、エルメタイン姫や駿介、秋人が旅すがら剣やら体術やらを教えていた。そして今はカリオン青年が彼の師匠というわけである。
確かに、それはほんのひと月前まで素人でしかなかった少年の動きとは思われない。才能もある、そして経験もつんだ。
師も良かったのだろう。
「イトーシュンスケという方の体術も見てみたかったですね。エルメタイン姫も絶賛なさっておりましたし」
カリオンの言葉に双子もうなずく。
三人は一流の武芸者だ、だからこそのその真摯な表情に、悠太は面はゆい気分になる。駿介の技のいくつかは自分の中にある。それは本当に万分の一だろうが、それでも遺されているのだ。
繋がっている。
摸倣子という言葉がある。文化的な遺伝子のことで、進化生物学者であるリチャード・ドーキンスが提唱したものであるが、生物学的な遺伝子と対をなす、あるいは補遺的な存在である。
伊藤駿介は子を残さなかった。がしかし、摸倣子の一部は悠太へと繋がった。それはあるいは肉体的な情報が繋がるのと、本質的には違わないことなのではないだろうか?
そういう目線で見れば、世界はすべて繋がっているのだ。
誰もが彼もに影響を与えて生きている。
その影響の繋がりこそ、「生きる」ということなのだろう。
とまれ、そこまで悠太は考えなかった。「カリオン先生」の出した課題がなかなかにややこしく(ルギアは「そんなふうに細かいところを教えても意味なくない?」と妹に耳打ちした。)、それをこなすだけで精いっぱいだったからだ。
「剣を振り上げて! 腰を落とす! 足がほらお留守! ああ駄目だ駄目だ、剣筋が立ってないぞ、そんなんじゃ子犬も斬れやしないぞ!」
子犬はあまり斬りたくないなあ、と悠太が思ったその時だ。
しゃなり、とそのような典雅な足音がした。
貴族の婦人であろう。結い上げた黒髪に黒っぽい旅装を身にまとっている。
「こちらが、エルメタイン姫様の陣であるか?」
冷たい声だ。
人に命令しなれている。まあ、貴族とはそういうもので、エルメタイン姫が例外なのだが。
――そういえば、リリナも最初はこんなふうだったかもしれないな。
悠太はそう思う。
思って、あれっと気づく。
四十そこそこの美しい婦人には、何か見覚えがあった。どこがどうとは言えないが、どこかで……。
「失礼ですが、お名前を承れますか?」
ノーギス・カリオン青年は常識的な返答をする。
だが、その返答への返しは、驚くほど酷薄な目線であった。武人であるノーギス・カリオンも一瞬ひるむほどの。
それでも声を荒げないのはそれもまた貴族の嗜みであったからであろう。
美しい婦人は美しい声で己が名を宣べる。
「リリンボン・フレア・シィ・セレイネーズである。わが夫、リリンボン・カル・アインディラ・クシャーナ子爵の名代として参った。御目文字願いたい」
あ、と気づく。
四人はそれぞれがそれぞれに気づく。
苗字を言われた途端になるほどと気づいた。むしろなぜ見た目で気づかなかったのか、と思うほどにその二人は似ている。
この婦人は、リリナの母であった。
これにて本年の更新は終わりです。
読んでいただき誠にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。




