新たなる王 2
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「待たせたな!」
神機は秋人の声で叫ぶと、その特徴である優美ながらも力強い二本の腕でゴーズ・ノーブをむんずとつかむ。彼女の魔法隔壁をものともせずに引き裂いた。
それはそうだろう、その機体、そして機体が操る魔法は神話の時代のそれなのだ。リリナは驚きつつも納得していた。
やがて一拍の間もなく、神機の指先はゴーズ・ノーブの脊椎を引っこ抜いた。そのセンサーは、彼の脊椎についている超小型の魔法炉、その性能と危険性を正しく認識し、判断したのだ。
魔法炉は、冷凍魔法によって急速に冷やされる。その温度は絶対零度にほんのわずか届かないだけだ。
今や、ゴーズ・ノーブには顔がない。髑髏面が割れ、皮膚が、その下の肉もすべて削ぎ落ちて、黒い金属光沢をもつ「されこうべ」となっていた。
それはある種の皮肉と言えたろう。髑髏面が破壊され、そしてその下の肉(?) が剝がされた結果、元の髑髏があらわれたわけだからだ。
だからつまり、それは見慣れた姿だった。
神機の両手に掴まれたその髑髏は、人の手との比率で見れば、ちょうどウズラの卵ぐらいの大きさであり、その程度の脆さであろうと知れた。
生殺与奪が自由ということだ。なんという事だろうか、それは今までゴーズ・ノーブが特権的に有していたモノのはずであった。
それゆえに、魔人は黙して語らない。殺すのならば殺せばいい、圧倒的な戦力差だ。どうすることもできない。ある種のあきらめにも似た感覚と、これでようやっと終われるという肩の荷が下りたような軽さがこの男の脳裏にはあった。
だが、復讐の一撃はいっかな来ない。
やがてキャノピーが跳ね上がる。
*
「姫さま!」
リリナは駆けだした。
ああ、なんと美しいお姿であろうか! リリナはよく知っているはずのエルメタイン姫の美しさにあらためて陶然とした。
『緑の丘』にあるどの衣装もなしえなかった「完璧にエルメタイン姫の美しさを引き立たせる」という役割を、その妖精族の服は果たしていたからだ。
最高級のチーズに最高級のハチミツをかけたような完璧な調和。それは今までに見たどの姿よりも神々しく輝いて見えた。
リリナははしたなくもエルメタインの豊かな胸に顔をうずめて泣き出した。もはや疑いようもない。彼女たちは勝ったのだ。
ほんの一瞬、エルメタインは甘美な苦痛に耐える顔をして、それからまさに聖母のごとくに、彼女の愛しい侍女の細い肩を抱く。彼女にできることはそれだけだ。それだけしかない。
「やりましたね」
「おう」
悠太は秋人の差し出した拳に拳を合わせた。秋人の瞳に何とも言いしれない深みを感じる。それは、初めて会った時には確かに存在しなかった光だ。
だが、それは秋人も同じように感じていた。
「いつの間にかやるようになったじゃねえか、大したもんだよ、実際」
悠太は照れたように笑う。それから、ゴッサーダ一行を紹介しようとする。
して、驚いた。ゴッサーダ子爵、ルギアとラギア、ノーギス・カリオン以下市長をはじめ、ハザリク市の要職にある者たちが押っ取り刀ではせ参じ、片膝をついて首を垂れている。
秋人は一瞬苦笑しかけて、そういう場合でもないな、と思い直した。
エルメタインも、リリナを侍らせていつのまにか彼の隣にいた。
姫君は、麗しい声で高らかに宣言する。
「我はここに帝国皇帝の正統なる後嗣、『ハニュウ・アキト』をわが夫とし、彼の者に西王国の王権をつかさどらせることを、ここに宣言する。ゴッサーダ・イン・ハルザット子爵、そなたには見届人となってもらう」
「御意」ゴッサーダはより一層こうべを深く垂れた。
エルメタインはすでにこの局面を一目見るなり、武人の本心を看破していたのだ。なるほど、わたくしごときがゴッサーダ卿を出し抜けるなど、確かに話が出来すぎていたな、とむしろ納得する思いであった。
「では、市長、婚姻係の方を呼んできてください。今ここで、行いましょう」
「!!!姫様! いくら何でも私どものような市井の役所では……」
市長の汗だくの抗弁に、姫君は傲然と胸をそらせ、
「いいえ、同じことです。わたくしも西王国の一員にすぎません。法的には一切の問題はないはずですよ」
「それはそうかもしれませんが、しかし、しかし」
「市長殿」ゴッサーダが、なんとも言いようもなくしどろもどろの市長に助け舟を出した。
「ここは私が預かるゆえ、そなたは書類をそろえていただければ結構」
「そ、そうですか、だったらよろしいのですがねえ……」
市長とその一団は這いつくばるようにしてそそくさとその場を去る。
そして、残された問題。
ぎっちりと神機の手でつまみあげられた魔人のされこうべ。
秋人はある種の黒い笑いにとらわれるのを感じた。常識で推し量ればどう考えても死んでいるはずだ、だが、今から俺はこの「頭部」と対話をしなければならない。
秋人の脳はいまだアンフォルデと繋がったままだ。腕も、熱線もミリ単位で完璧にコントロールできる。
「さて、と」そこで秋人はもじゃもじゃ頭をかいた。さて、何と言ったものか。だが、されこうべは自分から語りかける。
「どこまで知ったのです?」
「何もかも、さ。お前からの情報も有益だったよ」
「冥土の土産、のつもりだったのですがねえ」
自嘲気味にふふふと笑うされこうべに、秋人も笑いかける。もちろんその笑いに一切の情はかけられていなかった。冷え切った鉄の塊のような笑いだ。
「だが、一つ分からないことがある」
「ほう?」
「お前の依頼主の名だ」
「バタフリンですよ、南王国宰相、ゴーズ・バタフリン」
その単語に悠太以外の全員が色を成す。
だが、だ。
「違うな」
秋人はとんとん、と人差し指でおのれの額を叩くと、かぶりを振った。
「だとすると、お前のやってきた行為が意味不明すぎる。そもそも、何のために地上世界にくる必要があったんだ?」
されこうべは黙して語らない。
「……ただ、エルメタイン姫を亡き者にするのであれば、いくらでもやりようはあった。というよりも、俺たちを皆殺しにすることは簡単だったはずだ。……いやいや、言わんでも分かるよ、俺もご同業だからさ。殺し屋稼業ってやつだよ」
ゴーズ・ノーブに皮膚があったころなら、皮肉っぽく口角を上げたであろう。だが、されこうべでは何もできない。
「だからそうじゃあない、お前は『冥土の土産』などといったが、なぜあんなことをわざわざこれみよがしに言う? はっきり言えば俺がお前のセリフを真に受けたのは――」
そこで秋人は言葉を飲んだ。『フォーダーンは地上世界の機械が作ったモノである』という事実をこの場で言うわけにはいかなかったからだ。そもそも秋人がそのことを知っていなければ、ゴーズ・ノーブの言葉は妄言、というよりも譫言に聞こえただろう。
「いや、そうだな、まあ、そこのところはいい。つまり、お前は俺たちに理解してほしかったんじゃない、もちろんそんなことを望んではいやしなかった。では誰に言ったんだ? 誰に対してあのセリフを言った?
「答えはそうだ、バタフリンに対して不利になるような情報を言うことによって、お前は意趣を、ほんの少しだけ返したのさ。
「それがお前の意識か無意識かは知らないがな」
その冷たい瞳は魔人の脳髄のその裏側まで見透かしているようだった。
「あまり誇れたことでもあないが、お前の気持ちは分かるよ。つまりお前は『上司の愚痴』を俺らに言ったのさ。これから死ぬ奴らに対して。……ま、その『上司』も殺すんだけどな。だがそれはそれとして」
秋人の何気ない一言に、ようやっとされこうべの赤い眼球に感情のようなものが浮かんだ。
「オレが知りたいのはお前の『今の』依頼主のほうだ」
秋人はされこうべの目をのぞき込む。そこにはある種の感情が堆積しているのだけは見えたが、しかし何か具体的なことが分かるわけではない。
「ま、言うはずもないか」
秋人は興味を失ったかのようにくるりと踵を返す。
今度こそ、とゴーズ・ノーブは思った。次の瞬間、彼は己の頭蓋を割り砕くだろう、と。それで終わりだ。当然、彼は依頼主のことについて口を割ることはしない。それはさんざっぱら好き放題にやってきた彼の、最後に締めるべき一点だ。
神機の腕に力がこもる。
「――アキトさま!」
色々とやりようはある、と言いかけたリリナを「分かっている」と手で制すと、神機の指先から何本かの細い金属の腕が音もなく伸びてきた。
その先端は何やら高速で回転している。
歯医者のドリルが奥歯を削るのとそっくりな音だったので、悠太は思わず眉をしかめた。
神機に備えられた外科手術の道具は、堅牢この上もないゴーズ・ノーブの頭蓋骨、その眉間を易々と貫通すると、その「中」、つまり脳が鎮座ましましているはずの空間へ、小さなカプセルを差し入れた。
頭蓋骨は、所有者の意識とは全く無関係に先ほど傷つけられた穴を修復していく。そのカプセルは、頭蓋骨内部へ取り残された形になる。
「それは発信機だ。内部で展開して、脳の隅々にまで充満することになる。つまり、取り除くことは不可能って寸法だ。神機と接続している人間には、どこでどうしているのか、完璧に分かるって魔法の道具さ。ま、安心しな、神機のマニュアルによると健康被害はないってさ」
どこにいるのか分かる殺し屋、それはもはや殺し屋としての必要条件を満たしてはいない。
「まあ、死ぬのもよし、そうでないのなら、――俺を手伝え」
「!」
「な!」
リリナと悠太は仲良く声を挙げ、何を言い出すのか、という顔をした。エルメタインは唇をかんでその不快な提案を受け入れている。
彼女から言い出したことなのだ。
エルメタイン姫の心の中で最も大切な村を「殺した」相手だ、はっきり言えばこの中で一番にゴーズ・ノーブを恨みに思っているのは彼女であった。
「お前を殺すのは簡単。だが、口を割らせるのは不可能に近い。――ならば、話は簡単だ。『お前の依頼主の依頼を完遂させる』、その上で『次の依頼主になる』、どうだ? これならば」
魔人は、ひと言もない。
あきれたようにその言辞を聞いている。いや、明らかにあきれていた。
「俺を信頼するのか?」
「誰がするかよ」
そこで秋人は鋭い刃のような笑顔を作る。
「お前を使い潰す。それが目的だ。今ここで卵みたいにお前を潰しても、拷問にかけて殺しても、別に俺の溜飲は下がらない。それよりも利用しきるのが俺の流儀さ」
「……報酬は?」
「南王国宰相、バタフリンの首」
そこでゴーズ・ノーブは笑った。大きく笑った。大きく大きく笑った。
ようやっと哄笑が止み、されこうべはカタカタと歯を鳴らしながら声を出した。
「そうかそうか、なるほどその報酬ならば、その報酬こそが俺の欲しかったものだ。俺はそのためならば何でもしよう」
「アキト様! あまりにも危険です!」
リリナの言に秋人はうなずいた。むろん、そのことは百も承知だ。その上で、この劇薬を用いようとしているのだ。この程度の毒も使いこなせないようならば、この毒で死んでしまうのならば、もはや彼は何事もなすことはできないであろう。
と、その眼は語っていた。
リリナは震える。
この男は、と気づく。
この男に、何があったのだ、と。
すでにしてこの男はただの人ではない。腕利きだがぼんやりとした剣士、それだけだったはずの男、だが、今やこの男は、そうだ、
「……王よ、その御心のままに」
リリナは右手を胸において、首を垂れた。
ハザリク市の市庁舎前公園。
花が咲き乱れる市民の憩いの場だ。
今そこには、黒いされこうべと、白のアンフォルデ、そしてこの上なき高貴な姫君、そして、そう、一人の武者が立っていて、その鎧にはウライフ山の雲を割いて零れる『太陽』の霊妙な光が落ち、五色に輝いている。
新たな王が、生まれようとしていた。




