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新たなる王 1

第十七章 「新たなる王」



     1



 天空から落ちてきた魔人ゴーズ・ノーブはその邪視でリリナの胸を捉えた。恐るべき怪光線が少女の胸を襲う。

 かに思えた次の瞬間だ。

 黒光りする木の棒がゴーズ・ノーブの視界一杯に映った。 

 巨神の戦杵(ナティト・フォ・ドラフォマギ)

 その一撃が魔人を襲った。魔法装具の「魔法」ではない、怪光線をものともしないその堅牢さと、ゴッサーダの武人としての一撃が叩き込まれたのだ。

 常人であったなら即死。

 そして魔人であっても――

 

「ごあ!」


 放物線を描き石畳に叩き付けられたゴーズ・ノーブは声を挙げる。顔面は陥没、頸椎が砕かれていた。さしもの魔人もこれはきつい。

 

 もちろんこれで収まるはずもない、ゴッサーダは追撃の手を緩めない。「巨神の戦杵(ナティト・フォ・ドラフォマギ)」の能力を解放しようとするのを、リリナは慌てて止めた。「魔法炉の誘爆」、どれほどの被害を出すのか、そもそも真実であるのかも分からないが、可能性がある以上、単純な破壊はご法度であった。


 その隙を見逃さぬのもまた魔人。


――誰がいい?


 髑髏面の奥で光る赤い目は、獲物を探る。

 見つけた。

 あの小僧。「聖騎士の鎧」も身に着けていない。あの小僧ならばちょうどいい!


 ゴーズ・ノーブは傷口から金属の繊維を長くのばして、節足動物のような足を形成する。下半身がないのと相まって、そのシルエットは蟹に最も似ていたであろう。そしてゴキブリのような素早さをもってその異形の蟹は奔走する。


 ――さて、悠太の所持している呪霊刀、これは過去の名人上手の模倣機械(エミュレーター)である。それぞれ特殊な能力を有しているが、「呪霊刀」の道具としての「基礎」は間違いなくそこにある。

 その際、「中途半端な自己主張」はエミュレーションの邪魔になる。

実際、ラギアとルギアにとって呪霊刀は「切れ味」と「精神感応」、おまけの「人間の意識を安全に消失させられる魔法」のために用いているのであって、その刃に封じられた過去の達人の剣力はほぼ無視されている。彼女たちの二人で一組の剣技は、彼女たちのオリジナルであって、余人をもっては変えられぬものだからだ。

 『帰還社』時代の秋人は「呪霊刀」の器として、身体こそ鍛えてい吐いたものの、最低限以上には格闘や剣を練習しなかった。一年二年の鍛錬では呪霊刀の持つ模倣力に対してはノイズにしかならないからだ。

 それでも今の秋人は、平均的な達人クラスの腕前を持っている。当然だろう。文字通り達人が取り憑いているのだ、筋肉や神経からのフィードバックで彼の脳に達人の「回路」が出来上がる。その神経回路こそが「達人」の本質なのだ。

 そういう意味では、呪霊刀とは考えうる限り最良の「教材」である。あるいはそれこそがもともとは呪霊刀の存在意義だったのかもしれない。

 だとしたら、それは当然の帰結だったろう。

 ただの一度とはいえ、呪霊刀をもって死闘を制した悠太の変貌を、魔人といえど想像することなど不可能だ。


 この少年に、今や躊躇はない。


 かつてあった、子供っぽい甘さなど、こと、「殺し合い」における彼にはもはや、存在しない。「正義」だの「倫理」だの「優しさ」だのはブレーキでしかない。「恐怖」ももちろんそうだ。「怒り」もある意味においてはそうだ。


 そんなものは、そうだ、夾雑物(ゴミ)に過ぎない。


 悠太の目に、その巨大な蟹はどこまでも巨大な蟹だった。

 呪霊刀を携えていたのはいろいろな意味で幸運であったが、そこは本質ではない。単なる短剣であったとしても、結果は変わらなかったろう。むろんその際には悠太も傷を負っていただろうが、「結果」は同じだ。それは能力ではなく、資質の問題だから。

 

 ぞり。


 抜けば玉散る氷の刃は、ゴーズ・ノーブの体を、Vの字に切り裂いた。

 どうっと手も足も出ず(当然だ)地に倒れ伏す魔人。

 その眼に浮かんだのは、純粋な驚愕であった。


――しまった!


 男子三日会わざれば刮目して見よ。とは「三国志演義」の言葉であるから、もちろんゴーズ・ノーブは知らない。だが彼の胸に去来した思いはまさにそれだ。戦闘において最も邪魔になるのは「人を傷つけたくない」という人間の本質的な優しさなのだから。それが、なかった。

そうだ、人を侮る。それこそ魔人が犯してはならない禁忌であったはずだ。それは、まさに、人の犯す過ちだ。


 だが。

 

 しかし魔人は魔人だ。失敗は失敗として認めたうえで、次善策をとる。その際に失敗に絡め取られたりはしない。

 ゴーズ・ノーブは胸椎四番の骨と直結している魔法炉を最高出力で運転する。奥の手として「あれ」も「これ」もある。何より彼には「ナストランジャの枷」が通用しない。実質的な瞬間移動の能力さえも有しているのだ。ここまでやられたのはバタフリンとの実践訓練以来だが、しかしいまだ余裕はある。

 その余裕は事態を好転させる梃子(てこ)となる。なるはずだ。なるはずだったのだ、今までは。


 いつの間にだろうか?

 並の人間の百倍は死なない。

 並の人間の万倍は殺せる。

 

 その思いが、いつから当然の事、自明の理、所与の事実となったのだろうか?

 その思いが、「甘さ」になったのはいつのことだったのだろうか?


 半世紀ほどの過去、ゴーズ・バタフリンは彼の四肢を切り落とし、見下ろしてこう言った。


 『お前は、本当に人間だな』と。


 そうだ、その時すでに、ゴーズ・ノーブは何かを履き違えていたのだ。

 間違えていた。


 そう、例えば、リリナという少女の能力をも。


 魔素の濃度が急激に濃くなる。師匠と行った魔法炉暴走実験の際にもこれと同じ感覚を味わった。リリナは肌が粟立つのを感じる。何が起ころうとしているのか、それは知れない。知れないが一つだけ分かることがある。

 これは、恐ろしく危険だ!と。

 ゆえに、彼女は魔法の若枝を振るう。


――甘い!


 ゴーズ・ノーブはそう思った。いかに才能のある魔法使いとて、彼らゴーズの一族には敵し得ない。そう思っていた。


 思い上がりだ。


 リリナの魔法が発動し、人工精霊が四体、ゴーズ・ノーブの周囲を取り巻く。その人工精霊が透明に輝く黄金の光をかざす。正四面体。三角形で出来た光の牢獄がゴーズ・ノーブを取り囲んだ。


 くくく。


 いかなる生物とも似つかない石のごとき青黒い唇を振るわせて魔人は笑う。


――このような物、何の意味もない。わが反魔法の力の前では!


「そう思うなら、どうぞ、お好きにやってみなさい」


 リリナは魔人の思考を読み切って、そう宣言した。

 ゴーズ・ノーブは金属光沢をもつ肉の繊維を伸ばして、それぞれに魔法を招来する。魔素は十分、これを燃料に反魔法を行う。四神機の特殊魔法すら無化した我が反魔法、こんな小娘の縛鎖魔法など、どれほどのことがあろうか。


 しかし、だ。

 しかし、彼の「反魔法」は顕現しなかった。


「な?」


 魔人らしからぬ驚愕の顔。そこには文字通りに「剥がれかかった仮面」がかろうじて残っているだけだ。

 焦る。

 魔法が使えなければ、百人力の彼の腕力であっても、この魔法牢は破れないだろう。それは分かる。

魔法を禁じる魔法牢、それも当然存在する。かつてリリナがそうされたように、全身を拘束するよりかははるかに人道的でスマートな方法だ。

 しかし、それは結局、より高位の魔法使いには通用しないものなのだ。彼のように高位ですらなく、別の論理で走っている「反魔法」ならば、なおさらのことである。

 だというのに、この魔法はいったい?


「人工精霊によって人工精霊を統合運用する魔法」


 リリナは玲瓏たる声でぴしゃりと言い放った。


「それがあなた方の言う『魔法の裏』、あるいは『禁忌魔法』、あるいは『反魔法』の正体です」


 ゴーズ・ノーブは声もない。


「妖蚤、地上世界で運用できるけた外れの魔法量、殺戮粘菌、それにシュンスケに使ったあの拷問用の魔法装具」

 少女の目に赤い怒りの炎が爛と燃える。


「あの魔法装具はいけませんでした、毒を塗ったただの刃なら、即死の魔法がかかった魔法装具なら、わたしもここまでたどり着けなかったでしょう。しかしあなたは悦びのために無益かつ派手な方法をとった。我々を苦しませるためだけに」


 悠太は唇をかみしめる。アドレナリンが異常分泌されて体ががくがくと震えた。あの日の怒りが、あの日の無力感が、思い出されたのだ。


「しかし、あの魔法装具は異常でしたが、ある意味とても素晴らしい検体でした。あんな挙動をとる魔法装具などあり得ない。そう思ったのが始まりです」

「使い棄て、の単なる安物だったんだがな」

「そう思っていたのでしょうが、そうはいきません」


 少女の目には喜色が浮かぶ。探究者の笑顔だった。怒りだけではない、ある種の宗教的法悦にも似たものが彼女の行動を後押ししているのも間違いのない事実だろう。


「私の知るありとあらゆる魔法破壊魔法を無化したあの魔法装具から痕跡を探した私は、ある仮説にたどり着きます。人工精霊による人工精霊の統御運用。かつて行われたそれは失敗続きでした。首尾よく成功した記録もありましたが、しかしそれは実用には程遠い。――だが、実用化に成功していたとしたら?」


 魔人は無言だ


「成功していたとしたら何が起こるのか?私は夜ごと計算しました。その結果、姫様のお供ができなくなったのは計算違いでしたが……」高山病の原因がなんなのかは諸説あるが、寝不足がその一因であることは間違いない。「もちろん私自身が『反魔法』を使えるというところまではいきませんでした。そのためにはとんでもない量の研究が必要でしょう。時間も人手も足りません。しかし、『反魔法』を阻害する方法は簡単でした。さらに上位の人工精霊によって攪乱(かくらん)してやればいい。時計塔のからくりを作るのにはとてつもない知識の積み重ねが必要ですが、止めるのは簡単――充分な硬さのある一本の棒を差し込むだけでいい」


 少女は時計塔をまぶしそうに見上げる。


「そしてつい先日実は完成していたのです。あなたが人工精霊による人工精霊の統御運用をしていたとしたら、それを阻害する魔法が!」


 なんてことだ。

 と、魔人はあきれた。

 この小娘は、「将来」歴史に名を残す魔法使いになる器、などではない。すでにして歴史に名を残す能力と才覚を持ち合わせている!


 それに、と目をやる。

 なぜだ?なぜゴッサーダがこの小娘に与している?そして亡霊騎士団はどうなったのだ?まさか、ことごとくこの小娘が――そこまで考えてから、虜囚となった我とわが身を顧みた。


――そうか、すべてこの小娘が。


 甘かった、この小娘を、リリナを殺せるうちに殺しておくべきだった。その機会は何度もあったのだ。しかし彼はその機会を幾度となく(なげう)った。

 次の機会の方が楽しそうだったからだ。


 くくく、と今度は自嘲が漏れる。

 いや参った、まったく参った、自由の意味を履き違え、己の自意識に縛られ行動してきた彼は、こうやってリリナに捕らわれる遥か昔から囚人(めしうど)であったのだ。

 自分で何一つ作り出さず、自分で何一つ決定せず、ただ「依頼者」の意思を忖度(そんたく)して自律行動する殺人人形。

 快楽のみを追い求めている存在、そう自己を規定してきた。だがそれは、そんな存在に「なり下がって」いただけのことなのだ。しかし、しかししかししかし!


 知ったことかよ。


 ゴーズ・ノーブの顔から一切の念慮が消えた。

 自身の筋肉繊維が自身の頭部に巻き付く。魔法が使えなくとも、この繊維は自分の腕や指と同じだ。そしてその剛力は己自身の頭蓋をも割れるだろう。


――依頼者を口外するわけにはいかんしな。


 それは魔人の、あるいは魔人であった者の最後の「職業的矜持」であったのかもしれない。


 何とも知れない青黒い顔の皮膚が切り裂かれる、その下の表情筋はそれ専用のモノらしく自律行動はできない。ザックリと切り裂く。だが、彼の頭蓋骨は相当堅牢に作られているようだ、みしりみしりと繊維がからまってもいっかな鉢は割れようとはしない。


――しまった!


 リリナはほぞを噛む。

 今ここで、彼女に採れる手はない。目の前で大きな、そして生きた「証拠」が消え去ろうとしている。だが、相手を完全に遮蔽(しゃへい)している今この状態では彼女も手出しはできないのだ。もちろんこの「光の牢獄」を解くことなど考えもつかない。

 

 悠太を見る。ゴッサーダを見る。

 武人も少年も、同じ顔をしていた。

 だが、それはリリナの想像とは違う。

 二人は、あんぐりと目と口を見開いていたのだ。

 

 彼女は天を振り仰ぐ。


 その視界一杯に、うっすらと光り輝く白く美しい影。

 

 リリナはそれを知っている。

 ――それは、「白のアンフォルデ」。



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