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暗黒竜 4

       *


 

「驚いている様子ですね。まあ無理もありません。彼は私のように魔法炉を埋め込まれていません。しかしほぼ不老ですし、知力体力ともに並の人間のそれをはるかに超えています。

「さて、バタフリンが多くの年長者を飛び越えてわが一族を束ねるのに二十年もかかりませんでした。そして、彼が世界の表舞台に出てから三十年、もはや南王国は彼の所有物といってもよい。そこまで来ました。――そして、あと少しですよ。『緑の丘』が全て彼の物となるのは」


 もちろんこの私めも一臂の力を貸しているという寸法です。


 魔人はそう言ってからからと笑った。

 神機の、「白のアンフォルデ」の特殊兵装を解析できるとは、このような幸運はそうない、と笑ったのだ。

 だがしかし。

 ゴーズ・ノーブは気づく。

 漆黒の竜は気づく。

 秋人の沈黙、それは茫然自失とは違っているのだ、という事実に。

 

「それがどうした」

 秋人の声は静かだ。


「バタフリンの正体が誰だろうと、どうであろうと関係あるか、俺は、お前を殺す」

   

 言うと同時だ、レーザーを一斉照射。「魔法」そのものは解析し、無化できても、魔法によって作り出された物質やエネルギーを無化するのはまた全く別の話である。だが、純粋な物理の力では漆黒竜の魔法障壁は破壊しえない。それは神機の兵装であっても同じことである。おそらく小さな都市ならば丸ごと焼き尽くせるほどの熱量を浴びて、しかし竜=ゴーズ・ノーブは無傷だ。

 もちろん、竜=ゴーズ・ノーブが何もせずにいるはずもない。口から吐き出される火炎、爪から打ち出される稲妻。目から発せられる怪光線。すべてが一軍を壊滅できる威力であった。


 神機が相手でなかったら、の話だ。


 すべての武器は魔法障壁を破壊できない。もちろん双方、魔法障壁の弱点たる「穴」を探る。当然あるのだが、その「穴」もまた幾重もの魔法機構によって守られている。そもそも神機の魔法障壁は四重であり、一枚一枚が、並の攻撃では破壊できない。その上四枚組み合わさると、その防御力は足し算ではなく複雑な方程式となり、二十倍にまで膨れ上がる。

 そのことと、竜の攻撃を勘案すれば、「竜は一撃も入れることができない」という答えにまでたどり着ける。

 だが、逆もまた真なりだ。

 竜=ゴーズ・ノーブの魔法障壁もなまなかの物ではない。現に通常兵器は無意味である。

だが、それすらも過去の魔法戦争は考慮していたのだ、だからこそ通常の戦争ではあまり意味のない「高度な特殊魔法による一撃必殺の戦い」を想定した武装が神機にはなされていた。


 だから、この男はそれを身をもって体験し、解析した。とんでもない能力である。


 最後の四体目を魔法障壁を矛とした体当たりによって倒したのも、秋人が勇猛果敢であったからではない。「特殊魔法」はもうあと一種しかないからだ。


――さて、どうすべきか。

 推論をいくつも戦術コンピューターは秋人に提案するが、可能性はおおよそ二つに絞られている。

 A案は、目の前の敵を倒せば情報は守られる、という意見だ。

 B案は当然その逆、この情報はすでにどこか(十中八九バタフリンと考えるべきだろう)へと送られていて、目の前の敵を(ほふ)ったとて、神機の特殊魔法がすべて丸裸にされる、という可能性だ。

 確率としては二対八でB案が優勢。とはいえどちらにも決め手に欠ける。A案が正解であったのなら、ここでこの男を仕留めないのは最悪の結果を生むだろう。

 特殊魔法、最後の一つを使うか?この魔法ならば確実に彼奴を仕留められる。だが、それは奥の手を失うことと同義だ。


 いや待てよ、と人機一体と化してオーバークロックした緩やかな時間の中で秋人は考える。

 俺は五体の竜、そのうちの四体を(たお)した。その順序は完全に偶然だ。偶然の産物であるのならば、なぜ最後がゴーズ・ノーブなのだ? もちろん単なる偶然の可能性もある。そしてゴーズ・ノーブ自身によって「斃し易きから先に斃す」という意味でコントロールされていたのだ、という意見も一聴の価値があろう。だが、それ以上の可能性もある。


――どれが残っても、良かった。


 という可能性だ。

 あり得ない話ではない。

 戦場において、何が起こるのか分からない。そんなことをあの魔人が考慮に入れないわけがない。可能性として残る最後は、


「無人機、か」


 秋人の思惟は即座にアンフォルデのセンサーを励起させる。可視・不可視を問わず各種の光、音波、魔素を用いた量子テレポーテーション通信。熱と光の洪水の中、竜を操る術のかぼそい痕跡を探すのはしかし――神機にとってはむしろたやすいことであった。


――あった!


 無線と有線のちょうど中間とでも呼ぼうか。魔法の「へその緒」のようなものが漆黒竜から中空へと伸びている。それはまったく不可視であり、おそらく触れることもできないだろう。だが、確かに存在しているのだ。しかもあろうことか、数百メートル離れたその先には「なにもない」。文字通りの意味でだ。神機のセンサーはその空間に、酸素も窒素も「ない」と結論付けていた。宇宙空間ではないのだ、フォーダーンの中に「真空」があるはずは(表現としては大いなる矛盾だが)ない。

となれば、その先にあるつまりは「神機でも認識できない空間」こそが!


 意識を向ける、レーザーをその空間に斉射する。

 虹色の光がはじける。ゴーズ・ノーブが用いている『天狗の隠れ蓑』が爆ぜる色彩であった。

 手ごたえは、あった。


 だが確認をする暇はない。

 漆黒竜が物も言わずにつっかけてきたからだ。それは今までにない速度だ。そして一切の余裕のない急接近だ。両手の爪からプラズマ光球、口からの火炎。神機は急旋回で避ける。避けた先に鋭い尻尾が迫る、「やばいな」獣じみた嗅覚で秋人はその一撃を避ける。

 魔法破壊魔法を付与した超硬度の剣尾は神機に傷をつける可能性のある唯一の通常武装であった。


「くっ!」


 とんでもない急制動にエルメタインの肺から空気が絞り出される。だが、それだけの成果はあった。

 白のアンフォルデは機首下部から生えたたおやかな腕でその剣尾をつかむ。つかんで、その鋭い切っ先をズシン、と竜の下腹部に突き刺した。

刺さる。

その魔法破壊魔法の作用か、それとも己の肉体は魔法障壁の例外であったのか。いずれにせよ、己の尾が漆黒竜の堅い鎧鱗を切り裂いた。


 刺す、刺す、刺す。突き刺し、ひねる。

 血なのか、オイルなのか。蛍光グリーンの体液にまみれた神機はしかし凄絶に美しい。


 やがて。

 身の毛もよだつ叫喚を上げた漆黒竜は体の各所から閃光を発する。

 傷口から、鱗の隙間から、口から、目から、青い閃光が発せられる。何なのか、何をなそうというのか。それは分からない。分からないがしかし分かることがある。


――相当やばいぞ、これは。


 秋人の総身に鳥肌が立った。

 しかしそれと同時に冷静な計算が行われる。

 黒い発射孔がアンフォルデの柔肌に生じる。そこから発射される魔法弾。


 特殊魔法、凍結弾。


 無効化されている魔法ではあったが、零距離で、しかも間隙に無理やりねじりこんだなら、果たしてどうか?


 結果はすぐに知れた。

 すさまじい勢いで蒸気が噴出し、閃光が揺らぐ。物体中心部から順に「熱」を強制的に放出するに伴って体組織表面の水が一時的に沸騰・爆散するのだ。そして一秒の後、今度は急速に凍結し、鱗の表面に霜が降りる。「魔法の吹雪によって凍り付かせる」タイプの凍結魔法とは違って、見た目には実に地味だ。だがありとあらゆる「存在」がこの極低温の魔法の前では「停まる」。それは魔法生物であっても例外ではない。


 いったいどのような魔法を用いようとしたのか。それは分からない。だが、その魔法が完成する前に凍結は完成した。


 そして、神機は手に持った剣尾をポキリと折った。

 折った尾はすでにして剣と呼びうるだろう。神機はその「剣」でもって、竜を袈裟懸けに断つ。

 その速度は、その力は、凍結した漆黒竜の肉体を軽々と両断する。


 一瞬の間。


 ぴしりと音を立てて漆黒竜の肉体は二つに分かれると、『緑の丘』へと落下していく。

「このままじゃ危ないな」

 ひとりごちると秋人は「光の箭」をひとつずつ竜の「半身」へと打ち込んだ。

 今度こそ、竜は消滅する。


 だが。


「クソ、やられたか!」


 秋人の、あるいは神機の「目」は、肉体の半ばを失いながらもしかし明確な意思をもって『緑の丘』へと急降下していく「ヤツ」を視認していた。その一瞬の間を稼ぐための竜の猛攻であったのだ。


「ヤツはどこへ?」


 だが、考える間もない。


 王女の声は震えていた。


「『亡霊騎士団』が動いているのなら、一刻の猶予もなりません。リリナの身が危ないです。早く、早くハザリク市へ!」


 その必死の物言いに、秋人は優美なる「白のアンフォルデ」を加速することで応えた。


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